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Scene.12
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スタジオで弦を弾いてたら、編集室のマツヲさんが手を振り回して「NG」のサインを送ってきた。
「ダメ、ダメ! そんっなヘロヘロ音出されちゃったら、気が抜けっちまうよ!」
「え~、そんなにダメでした?」
「超ダメっ! 激ダメっ!! も~~最悪っっ!」
「そんなにダメダメ?」
マツヲさんの隣に座っていたカズヤまでが、困ったような顔で小さく肩を竦めてみせる。
マツヲさんが言ってる程じゃないにしても、やっぱりダメって意味だ。
俺は壁際の椅子に腰を降ろした。
「ハルカさぁ、なんかあったのか~?」
「いや…突然ですけど、マツヲさんはシノノメって聞き覚えあります?」
「シノノメっつったら晴海通りと湾岸道路の交差点の名前だろが!」
「いやあの、地名じゃなくて、人名で…」
「人名~~? そんなヤツ知らねェなぁ?」
「そーですか…」
「なにそれ、何のクイズ?」
「そーいうんじゃなくて。俺は知らないんですけど、そういう名前を小耳に挟んだんで。マツヲさんなら顔が広いから知ってるかナ~? って思っただけッス。カズヤ知ってる?」
「いや、知らねェなぁ。つーか、マツヲさんが知らないようなコト、俺が知ってるワケないべ」
「そっか。じゃいいや…。俺、気分転換に外の自販機まで行ってきます。ついでがあれば買ってきますけど、何かある?」
「エメラルドマウンテンブレンド」
「俺、黒豆カフェラッテ」
「りょ~かい」
立ち上がって、スタジオを出ると自販機コーナーに向かう。
先日の奴が言っていた「シノノメ某」が何者なのか?
インターネットなどで調べてみたが、コレと言ったヒットは無かった。
不確かな掲示板には実名が書かれていないから、話題になっていたとしても調べようもない。
もしも柊一の元・オーナーがプロのギタリストだった場合、モデルになっているシノノメ某も、ミュージシャンもしくはそれに連なる職業に就いてるんじゃないかと思った。
しかしこの業界で、顔も知識も(ムダなほどに)広いマツヲさんが「知らない」となると、シノノメ某も柊一の元・オーナーも、音楽関係者では無いのかもしれない。
だがギターが趣味ってだけの人間だったら、見当のつけようもないってのが本音だ。
柊一の元・オーナーが見つからなきゃイイ…と思ってる反面、柊一の元・オーナーがどんなヤツだったのか、モノスゴク知りたい気もしている俺は、そう考えると少し残念なような気がした。
俺は頼まれた缶コーヒーとペットボトルを購入し、自分の為のブラックコーヒーのプルトップを開けながらスタジオに戻る。
「思い出したわ!!」
扉を開けた途端、いきなりマツヲさんに詰め寄られて、俺は戸惑った。
「なんスか?」
「シノノメだよ、シノノメキューイチ!」
「いえ、キューじゃなくて、シュウなんですけど…」
「ん? ああ、そうだっけ?」
「で、そのシノノメシュウイチのこと、何か知ってるんですか?」
「そりゃ伝説とウワサの男だぜ!」
言いながらもマツヲさんは、俺の手元から自分の頼んだ缶コーヒーをひょいと取り上げ、プルトップを開けて口を付ける。
俺は手許に残ったもう一本をカズヤに渡して、腰を降ろした。
「伝説の男?」
「オマエ、多聞蓮太郎って知ってるか?」
「知ってますよ。ギタリストやってて、その名前知らなかったらモグリでしょ?」
「その多聞をメジャーにした陰の功労者が、そのシノノメキューだってのが伝説のウワサなんだ」
マツヲさんの説明に、俺とカズヤは顔を見合わせた。
多聞蓮太郎はいわゆるギター弾きのシンガーソングライタで、国内の音楽シーンに革命を起こしたと言われている。
俺達からみればマツヲさんは既に「大物」だが、そのマツヲさんから見ても多聞蓮太郎は「大御所」と言える存在だった。しかし多聞はまだ40代になったかならないかぐらいで、先日いきなり逝去したのだ。
「陰の功労者って何ですか? 多聞サンっつったらずっとソロだったし、プロデュースだってほとんどマイセルフでやってたって話じゃないですか」
「バカ。表面上ソロ活動ってことにして、名前出さずにバックアップしてたヤツだからこそ ”陰の” 功労者なんだろうが!」
「はぁ…。で、それって具体的にどーゆー話なんですか?」
「詳しいコトは知らねェよ。ただ当時、多聞には専属の共同ライターが居て、そのゴーストライターの名前がシノノメシュウイチって言われてた。でもそんなのただの伝説で、そんなヤツは存在しないって言う奴もいたけどな」
「ホントはどっちなんです?」
「だから俺は知らねェつーの。個人的に多聞蓮太郎と付き合いがあったワケじゃねェからな」
「でもそんなウワサが流れるってコトは、何か理由があったんでしょう?」
「そりゃあな。一人の人間が一人で作れる音楽ってのには、限界もあるし。第一クセとか趣味とか傾向が出てくるモンだからな、フツーなら」
「多聞サンの作品には、それがなかったと?」
「無いワケじゃないけど、一人でやってるにしちゃ妙だと思わせる傾向があったからこそ、そんなウワサが立ったんだろ。実際、俺も多聞の作品はソロっちゅーよりはバンドっぽいニオイを感じたぜ? だけど、一人でモノスゴイ創作力を発揮出来る人間っつーのも確かに存在するから、それだけで断定は出来ねェよ」
「じゃあ、そのゴーストライターを見たヤツとかって、いるんですか?」
「見たってヤツは見たと言い張るが、いないと言い張るヤツはデマとか見間違いとか言い張るから、それこそ全部がただのウワサでしかなかったナ」
「多聞サンって、こないだ急逝しましたよね?」
「ああ。でもここ数年は薬物所持でケーサツのお世話にもなったり、プライベートでもいざこざ続きだったから、死んでも驚かなかったけどな」
「多聞サンが亡くなったから、その功労者が表に出てくるってコトはないんですかね?」
「それはナイと思う。実はシノノメキューイチつーのは、元は多聞と一緒にバンドやってたのが事故で再起不能になったヤツだった。だから陰に引っ込んだまま、多聞のゴーストライターに徹してるんじゃねーかって話になったワケだが、そいつは事故の後遺症で数年前に死んじゃったつーんだな。多聞の私生活がメッチャクチャに乱れたのは、そのシノノメキューがいなくなったからじゃねーかってのが、ウワサの締めくくりだったぜ」
「なるほどね~、死んでちゃ出てこられるワケないっすね。つか、出てきたらおばけだわ」
三面記事的な話に、カズヤが無責任な相づちを打っている。
俺もそんな誹謗中傷に限りなく近しいウワサなんて、ほとんどマユツバだと思う…けれど。
もし本当に多聞蓮太郎とそんな関係で繋がっていた東雲柊一が存在し、多聞がシノノメ某に固執していたと仮定すると、マリオネットの柊一の存在理由が、何もかもハッキリしてくる。
「じゃあそろそろ作業を再開すっか。ハルカ、今度こそ気合い入れて演ってくれよ!」
「あ、はぁい」
とても集中出来る気分じゃなかったが、仕事は仕事だ、やらなばならない。
俺は操作室を出て、無理矢理気分を切り替えてマイクスタンドの前に立ったのだった。
「ダメ、ダメ! そんっなヘロヘロ音出されちゃったら、気が抜けっちまうよ!」
「え~、そんなにダメでした?」
「超ダメっ! 激ダメっ!! も~~最悪っっ!」
「そんなにダメダメ?」
マツヲさんの隣に座っていたカズヤまでが、困ったような顔で小さく肩を竦めてみせる。
マツヲさんが言ってる程じゃないにしても、やっぱりダメって意味だ。
俺は壁際の椅子に腰を降ろした。
「ハルカさぁ、なんかあったのか~?」
「いや…突然ですけど、マツヲさんはシノノメって聞き覚えあります?」
「シノノメっつったら晴海通りと湾岸道路の交差点の名前だろが!」
「いやあの、地名じゃなくて、人名で…」
「人名~~? そんなヤツ知らねェなぁ?」
「そーですか…」
「なにそれ、何のクイズ?」
「そーいうんじゃなくて。俺は知らないんですけど、そういう名前を小耳に挟んだんで。マツヲさんなら顔が広いから知ってるかナ~? って思っただけッス。カズヤ知ってる?」
「いや、知らねェなぁ。つーか、マツヲさんが知らないようなコト、俺が知ってるワケないべ」
「そっか。じゃいいや…。俺、気分転換に外の自販機まで行ってきます。ついでがあれば買ってきますけど、何かある?」
「エメラルドマウンテンブレンド」
「俺、黒豆カフェラッテ」
「りょ~かい」
立ち上がって、スタジオを出ると自販機コーナーに向かう。
先日の奴が言っていた「シノノメ某」が何者なのか?
インターネットなどで調べてみたが、コレと言ったヒットは無かった。
不確かな掲示板には実名が書かれていないから、話題になっていたとしても調べようもない。
もしも柊一の元・オーナーがプロのギタリストだった場合、モデルになっているシノノメ某も、ミュージシャンもしくはそれに連なる職業に就いてるんじゃないかと思った。
しかしこの業界で、顔も知識も(ムダなほどに)広いマツヲさんが「知らない」となると、シノノメ某も柊一の元・オーナーも、音楽関係者では無いのかもしれない。
だがギターが趣味ってだけの人間だったら、見当のつけようもないってのが本音だ。
柊一の元・オーナーが見つからなきゃイイ…と思ってる反面、柊一の元・オーナーがどんなヤツだったのか、モノスゴク知りたい気もしている俺は、そう考えると少し残念なような気がした。
俺は頼まれた缶コーヒーとペットボトルを購入し、自分の為のブラックコーヒーのプルトップを開けながらスタジオに戻る。
「思い出したわ!!」
扉を開けた途端、いきなりマツヲさんに詰め寄られて、俺は戸惑った。
「なんスか?」
「シノノメだよ、シノノメキューイチ!」
「いえ、キューじゃなくて、シュウなんですけど…」
「ん? ああ、そうだっけ?」
「で、そのシノノメシュウイチのこと、何か知ってるんですか?」
「そりゃ伝説とウワサの男だぜ!」
言いながらもマツヲさんは、俺の手元から自分の頼んだ缶コーヒーをひょいと取り上げ、プルトップを開けて口を付ける。
俺は手許に残ったもう一本をカズヤに渡して、腰を降ろした。
「伝説の男?」
「オマエ、多聞蓮太郎って知ってるか?」
「知ってますよ。ギタリストやってて、その名前知らなかったらモグリでしょ?」
「その多聞をメジャーにした陰の功労者が、そのシノノメキューだってのが伝説のウワサなんだ」
マツヲさんの説明に、俺とカズヤは顔を見合わせた。
多聞蓮太郎はいわゆるギター弾きのシンガーソングライタで、国内の音楽シーンに革命を起こしたと言われている。
俺達からみればマツヲさんは既に「大物」だが、そのマツヲさんから見ても多聞蓮太郎は「大御所」と言える存在だった。しかし多聞はまだ40代になったかならないかぐらいで、先日いきなり逝去したのだ。
「陰の功労者って何ですか? 多聞サンっつったらずっとソロだったし、プロデュースだってほとんどマイセルフでやってたって話じゃないですか」
「バカ。表面上ソロ活動ってことにして、名前出さずにバックアップしてたヤツだからこそ ”陰の” 功労者なんだろうが!」
「はぁ…。で、それって具体的にどーゆー話なんですか?」
「詳しいコトは知らねェよ。ただ当時、多聞には専属の共同ライターが居て、そのゴーストライターの名前がシノノメシュウイチって言われてた。でもそんなのただの伝説で、そんなヤツは存在しないって言う奴もいたけどな」
「ホントはどっちなんです?」
「だから俺は知らねェつーの。個人的に多聞蓮太郎と付き合いがあったワケじゃねェからな」
「でもそんなウワサが流れるってコトは、何か理由があったんでしょう?」
「そりゃあな。一人の人間が一人で作れる音楽ってのには、限界もあるし。第一クセとか趣味とか傾向が出てくるモンだからな、フツーなら」
「多聞サンの作品には、それがなかったと?」
「無いワケじゃないけど、一人でやってるにしちゃ妙だと思わせる傾向があったからこそ、そんなウワサが立ったんだろ。実際、俺も多聞の作品はソロっちゅーよりはバンドっぽいニオイを感じたぜ? だけど、一人でモノスゴイ創作力を発揮出来る人間っつーのも確かに存在するから、それだけで断定は出来ねェよ」
「じゃあ、そのゴーストライターを見たヤツとかって、いるんですか?」
「見たってヤツは見たと言い張るが、いないと言い張るヤツはデマとか見間違いとか言い張るから、それこそ全部がただのウワサでしかなかったナ」
「多聞サンって、こないだ急逝しましたよね?」
「ああ。でもここ数年は薬物所持でケーサツのお世話にもなったり、プライベートでもいざこざ続きだったから、死んでも驚かなかったけどな」
「多聞サンが亡くなったから、その功労者が表に出てくるってコトはないんですかね?」
「それはナイと思う。実はシノノメキューイチつーのは、元は多聞と一緒にバンドやってたのが事故で再起不能になったヤツだった。だから陰に引っ込んだまま、多聞のゴーストライターに徹してるんじゃねーかって話になったワケだが、そいつは事故の後遺症で数年前に死んじゃったつーんだな。多聞の私生活がメッチャクチャに乱れたのは、そのシノノメキューがいなくなったからじゃねーかってのが、ウワサの締めくくりだったぜ」
「なるほどね~、死んでちゃ出てこられるワケないっすね。つか、出てきたらおばけだわ」
三面記事的な話に、カズヤが無責任な相づちを打っている。
俺もそんな誹謗中傷に限りなく近しいウワサなんて、ほとんどマユツバだと思う…けれど。
もし本当に多聞蓮太郎とそんな関係で繋がっていた東雲柊一が存在し、多聞がシノノメ某に固執していたと仮定すると、マリオネットの柊一の存在理由が、何もかもハッキリしてくる。
「じゃあそろそろ作業を再開すっか。ハルカ、今度こそ気合い入れて演ってくれよ!」
「あ、はぁい」
とても集中出来る気分じゃなかったが、仕事は仕事だ、やらなばならない。
俺は操作室を出て、無理矢理気分を切り替えてマイクスタンドの前に立ったのだった。
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