オトモダチコレクション

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あなたに今世も仕えたい

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 今年はグループ全体での忘年会は見送りとなった。
 三國工務店の系列会社も含めた、グループ全体で行われる忘年会は、毎年ホテルのパーティー会場を貸し切ってた大規模なものだ。
 社員のみならず、その家族も、希望すれば参加出来る。
 一流ホテルの料理が並ぶので、割りと好評だし、会社に貢献してくれている社員を慰労する目的なので、上層部はハラスメントなどの事故を防止するために目を光らせているので、割りと好評なイベントの一つだ。
 故に見送りになってしまったのは、非常に残念だとの声も聞こえたが、近年の時勢を鑑みると、会社として当然の措置だろう。
 しかし一方で、社員を労る機会が失われた事を、オーナー社長も残念がっていた。
 だからといって、その分を換算したボーナスを配るといっても、人数分で計算すると子供の小遣い程度にしかならない。
 悩んだオーナー社長は、社会的な配慮を忘れずに、各社でこぢんまりと行う…という、方針を通達した。
 領収書を提示すれば、本社の方で処理してくれる。
 その話を聞いた賢太郎さんが、会場の手配をしましょうか? と申し出てくれたが、私はそれを断った。
 些末な業務だが、宴会の手配というのは、やはり面倒が多い。
 こんな事を賢太郎さんに任せた事が分かったら、若ボンの機嫌が悪くなる。

 若ボンこと、三國あきら氏は、サトーホームの社長だ。
 三國社長は若ボンの父上で、三國工務店グループ全体の社長なので、通称『オーナー社長』と呼んでいる。
 私は、サトーホームで部長職を拝している。
 賢太郎さんは、若ボンの公私を共にするパートナーで、あの浮名を流しまくっていた、ヘリウムガスより軽い若ボンの足を、しっかりと地につけてくれた、まさに若ボンの『人生の救世主』だ。

§

 予約した店は、個人経営だが行き届いている割烹で、料理も旨いが酒も良いのを揃えている。
 サトーホームは、三國工務店傘下の中では、規模がさほど大きくない。
 とても良い建築デザイナーや設計士を抱えているのに、経営陣が箸にも棒にもかからず、そこそこの知名度がありながら、倒産が秒読みになった。
 多少の付き合いがあり、抱えている社員の能力を惜しんだオーナー社長が、買収の形で借金の肩代わりをしたのだ。
 若ボンがこの会社を任されたのは、賢太郎さんのおかげで『生きがい』に目覚めた事もきっかけの一つなのだが。
 以前から、オーナー社長は若ボンの才能を惜しんでいて、出来れば腕利きのお嬢さんと二人で協力して、会社を発展させて欲しいと思っていたようだ。
 賢太郎さんの身の回りで少々のトラブルが発生し、若ボンがそのためにオーナー社長に頭を下げた事が直接の起因にはなったかもしれないが、それはむしろオーナー社長からしたら怪我の功名だったに違いない。

「若ボン、この半年、ご苦労様でした」

 ビールを若ボンのグラスに注ぎながら、私はねぎらいの言葉を掛けた。

「その『若ボン』って言うの、マジでバカボンみたいだから、止めてくれよ」
「つい先日まで、紙一重でバカボンだったんだから、仕方ないでしょう」
「ええ~、江川部長って、社長のコトをバカボンなんて呼んでるんすか?」

 傍に座っていた若い設計士が、私達の会話を聞きつけて言った。
 若ボンは、ますます気まずそうな顔をしている。

「私が三國工務店に入社した時、若ボンはまだ高校生だったんですよ。大学生でありながら、既に社長の傍で会社の業務に携わっていたお嬢さんに比べると、本当にもう、やる気が無いと言うか、気概が無いと言うか…」
「うそでしょ? 社長にやる気が無いなんてっ!」

 サトーホームの社長に着任してからの若ボンしか知らない設計士は、かなり驚いた顔をした。
 それは、当然だろう。
 大学卒業後、若ボンは三國工務店に入社した。
 それはなんというか、嫌々ではないが、父親に逆らうのも面倒だから、とりあえず入社した…みたいな様子で、若ボンは仕事よりも、浮名を流す事の方にばかり力を入れていた。
 元々アーティスティックな才能に溢れていたし、コミュニケーション力も高い人だから、一夜のアバンチュールを楽しむ相手を口説くなんて、お茶の子さいさいだった。
 一方で、社長の御曹司という肩書と、スポーツが好きで恵まれた体格をしており、眉目秀麗な三拍子揃っているために、配偶者として望まれる事が多い。
 そういう意味では、自分の本質を見ないで言い寄ってくる輩を退けるために、特定のセフレすら、慎重に選んでいたようだ。

「社長つったら、まるっきりワーカホリックで、仕事大好き人間じゃないっすかっ!」
「だよなぁ! 社長が仕事してるから、俺達が定時で帰りづらいったらありゃしない!」
「いやいや、あれは副社長が勤勉だから、社長はイイカッコしたくて残ってるだけって話だぞ!」

 盛り上がった設計士達と若手の営業が、酒が入った気の緩みから、若ボンを肴に盛り上がる。
 オーナー社長が若ボンにサトーホームを任せると言った時、周囲は一抹の不安を持ったようだった。
 冤罪を晴らし、親であるオーナー社長公認の仲になった賢太郎さんが、敏腕営業の実力と、生真面目な性質を持っていたから、不安の声が大きくならずに済んだきらいはある。
 なんせ若ボンは今まで、クライアントの希望を120%叶える才能があるのに、常に100%の満足度を得る仕事しかしてこなかったのだから、そう思われても仕方がない。
 だがいち早くそういう空気に気付いた若ボンは、その心許ない空気を盤石にするために、私に付いてきてくれるようにと申し出た。

「皆に認められるほど、しっかり仕事をしてくださるようになってくれて、私は本当に嬉しいです」
「うわっ、部長が泣いてる!」
他人ひとからワーカホリックとまで、褒められるようになってくださって……」
「江川! それは褒め言葉じゃないぞっ!」
「江川さんって、泣き上戸だったんですか?」

 声を掛けてもらった事は、非常に光栄だと思っている。
 ただ、たぶん私が居なかったとしても、若ボンと賢太郎さんはしっかりとサトーホームを立て直せただろう。
 なぜなら、若ボンには経営のセンスもちゃんと備わっているからだ。
 確かに企業としての経営というか、数字的な部分は、芸術家肌の若ボンは苦手分野である。
 しかし若ボンは、人心掌握術にも長けているのだ。
 半ば乗っ取られるようにして会社のトップが整理され、親会社になった会社から、しかも社長の息子などという人物が新たなトップとして派遣された事で、社内の空気は決して歓迎ムードでは無かった。
 真面目な賢太郎さんも、やる気になった若ボンに対して意気込んで付いてきた私も、最初は警戒されて、遠巻きにされていた。
 そんな彼らの頑なな心を溶かしたのは、偏に若ボンの人柄だったと言える。

「泣くなって…」
「泣きますよ! こんなに社員に好かれて、仕事ばっかりしてると思われてるなんて …。あの若ボンが、こんなに……」
「江川さん、そんなに心配だったんですか?」

 若ボンの隣に居た賢太郎さんが、綺麗な白いハンカチを貸してくれた。

「え~、じゃあ副社長には不安は無かったんですか? 江川部長が言ってるコトがホントだとしたら、むしろ心配になると思うんですけど?」
「僕は、アキ……社長がすぐに、皆さんの気持ちを掴めるって思ってましたよ?」

 賢太郎さんは『アキラさん』と言おうとしたのを、慌てて訂正しながら、尋ねてきた営業に向かってニコッと笑った。
 若ボンを立ち直らせてくれた立役者である賢太郎さんは、実を言えば若ボンと前世からの恋人同士だ。
 なぜそれを私が知っているのかというと、それは私も、前世で若ボンに仕えていた、近習の一人だったから。

 若ボンが輝宗公の生まれ変わりだと、私は最初から知っていた。
 しかしその話を、私は誰にも言った事は無い。
 同じ魂であったとしても、前世を思い出せない事の方が一般的であったし、関わる人から受ける影響や人脈によって、人生観も変化する。
 人間とは、移ろいやすいものだから、それは然るべきだろう。
 だから若ボンが、輝宗公の魂を持っていて、国主の器たる才覚を持っている事を知っていても、若ボンの人生は若ボンのものなのだから、私が口出すべき事では無い。
 それをどれほど歯がゆく感じていたとしても…だ。
 けれど、輝宗公が唯一愛した賢佑殿が、賢太郎さんとして若ボンの前に現れてくれた事で、若ボンは輝宗公の才覚を余すところ無く開花させ、発揮してくれた。
 それはもう、私にとっては至福以外の何物でもない。
 涙が出るほど嬉しいのだ。
 あなたに、今世も仕えましょう。
 輝宗公の悔いを、若ボンが繰り返さない。
 賢佑殿が、血の涙を飲んだ悲しみを繰り返さない。
 その幸せを見守る事が、私にとっての最高の至福なのですから。


終わり。

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オトモダチの羽多奈緒サン作
「あなたと今世で結ばれたい」
に送ったSS。
しっかり者で細部にこだわりを持つ羽多サンは、長編でじっくり読ませるジワジワタイプのヒトです。
本編の江川サンは、さりげなく存在感のあるバイプレーヤー!
(リンク先はフリースペース(目次ページの一番下)にあります)
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