ワーカホリックな彼の秘密

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第104話

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 市ヶ谷のシナリオを推敲しながら、柊一はディスプレイを前に座っていた。

「チーフ、帰らないんですか?」

 いつも通り、青山が身支度を調えながら声を掛ける。

「う…ん。………なぁ、タケシ。オマエこーいうのどう思う?」
「こーいうの…とは?」
「うん、この……市ヶ谷君が書いたシナリオなんだけどな」

 珍しく青山を引き止めてまで、柊一が相談を持ちかけてきた事に驚いたが。
 結局は仕事の話かと、青山は溜息混じりに鞄を降ろした。

「相談に乗るのは一向に構わないんですけど、チーフだけ残っててタクミちゃんどこ行っちゃったんですか?」
「ああ、少し残ってやっていくと言ったら、市ヶ谷君は夜食を買いに行ってくれたんだ」
「なるほどね。でもそれなら、変な部分があるなら、タクミちゃんに直に言えばいいでしょう?」
「別に、変ってワケじゃないんだが……」

 差し出されたシナリオを受け取り、青山はそれを斜め読みする。

「オマエ、そーいうのどう思う?」
「そーいう…って?」
「そのシナリオは、主人公が後輩の異性とエンディングになるプロットなんだが、オマエその主人公の態度をどう思う? と訊ねてるんだよ」
「そーですね、チーフにソックリだと思いますけど?」
「はぁ?」

 青山の答えに、柊一はポカンと口を開けた。

「オマエ、なにを言い出すんだよ? 俺のドコが、そのグチャグチャ煮え切らない思わせぶりなオンナと似てるちゅーんだよ?」
「アメばっかりやって、ムチの部分は全部他人に上手いコトやって貰ってるトコロが」
「俺がか? いつそんなコトしたよ?!」
「例えば、カンナギハルカを甘やかすのはシノさんの役目で、叱るのが俺の役目…ってところが、主人公がモテモテで、言い寄る男のいらないキャラを整理するのが主人公の親友と称するキャラの役目ってところとか」
「じゃあ、オマエは俺の親友なのか?」
「ん~、この場合は有能な部下、もしくは右腕、または懐刀でしょう?」

 ニイッと笑った青山の言葉に、柊一は呆れて返す言葉も見つからなかった。

「まぁ、それはあくまでジョーダンですけど。…よーするにチーフはこの主人公の美味しいトコ取りな設定に、なんとなく腹立たしさを感じている…ってコトでしょ?」
「…俺はそーいうゲームは全然興味が無くて、やったコト無いからな。いいか悪いか、判断がつかん」
「ぶっちゃけ、俺はOKだと思うけど?」
「どうして?」
「簡単に言えば、ゲームやってる時って主人公=自分でしょ? 映画なんかでもそーだけど、基本的にはプレーヤーなりビジターなりが感情移入しやすいかどうかだと思うから。逆の言い方をすれば、自分がちやほやされて不快に感じるヒトはそういないワケだから、そういう意味では、このキャラクターはモーレツな個性が無い分、感情移入しやすいと思うし。タクミちゃん、上手くやってるな…と思います。確かに俺も、このキャラどうよ? と思う部分はありますけど、それは多分俺が男だからじゃないかと…?」
「なるほど………。………それでホントに、この主人公は俺に似てるのか?」

 伺うように上目遣いの柊一を見やり、青山は真面目な顔をして見せたが。
 数秒後には、我慢しきれなくなって吹き出していた。

「なんなんだよ!」
「だって! そこまで本気にすると思わなかったから! シノさん、スゲーマジなんだもん!」
「な………っ! オマ……上司をからかうな!」
「からかってませ~ん。ちょこっと気分転換させてあげただけで~す。あ、もうこんな時間だ! じゃあ、お先失礼しま~っす」

 ゲラゲラ笑いながら柊一に背を向けて、青山は扉の向こうに消える。
 理不尽に感じながらも、柊一は憮然として席に座り直した。
 しかし。
 再びシナリオに目を落とした所で、青山の台詞をもう一度思い出す。
 青山は冗談だと言い、茶化した様子で話をはぐらかしてしまったが。
 神巫に対して柊一の態度が甘い…と、そう感じているからこそあの台詞が出てきたのだろう。
 不満…というほど大きな感情になっていない…というか。
 神巫の持ち前の人懐っこさ故に、青山が許容している部分もある…というだけで、青山やそして広尾にしてみれば、勤務歴の短い神巫が今回の企画に抜擢されたりしているのは、愉快な事ではないだろう。
 もちろんこの人事は、柊一の判断ではなく、多聞が指名してきた為の物ではあるが。
 道理としてそれを理解していても、感情は道理で割り切れる物でもない。
 青山にしろ広尾にしろ、それに端を発して神巫に悪意を抱く事など無いだろうし、この一件を(なにかの折りに神巫をからかう為のネタにする事はあっても)根に持って嫉妬するような人間ではないと解っている。
 だから、その事そのものは大事では無い。
 1番の問題は、青山がそう感じている事に、今この瞬間まで気付いていなかった事実の方だ。
 青山なり広尾なりが、悪意を抱いたり不満を感じたりする程ではないにしろ、愉快ではないだろう事を予想して当たり前だった。
 というか、むしろいつもの自分ならばそれを察していた筈なのに。
 そのつもりが無くても、やはり自分は神巫に対して、特別な待遇を与えており、なおかつそれが「当然」と思ってしまっているのだろうか?
 シナリオから目を離して、柊一はかなり真剣に考え込んでしまった。
 だからと言って、自分が神巫だけを贔屓しているように見えるかどうか? を誰に訊ねたら答えてくれると言うのだろう?
 そもそも、松原辺りに言わせると、自分は全く部下を叱る事が出来ない「ダメ上司」なのだ。
 今更「叱り足りないだろうか?」と相談した所で、笑い飛ばされるのがオチだろう。
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