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第97話
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閑散としたホームを見回してから、柊一はそこに掲示されているダイヤと時計を見比べた。
深夜帯の間隔は長く、次の電車が来るまでにはかなりの待ち時間がある。
溜息を吐いて、ベンチに座ろうとした途端、不意にポケットの携帯が着信を告げた。
画面を見ると、神巫からのコールである。
「今夜は行かないぞ」
「もしもしも無く、そこまでつれない返事はないでしょう?」
「もう遅いし。第一、通話してていいのか? 電車の中だろう?」
「アレ? 俺の帰った時間をご存じで?」
「帰り際に、レンと口論してただろ? オマエの声は隣の部屋に筒抜けだった」
「あっちゃ~、てっきり部屋に俺と多聞サンしか居なかったから、うっかりしてました。そうですよね、隣に柊一サンいらっしゃいましたよね」
「さっさと切って、電源切れ」
「あの~、出来れば顔を上げて向かいのホームをご覧になって頂けませんか?」
不審な言葉に柊一が顔を上げると、向かい側のホームに立っている神巫が手を振ってみせる。
「なんだよ……」
「車掌がケチで、扉開けてくれなかったんですよ。…さて、俺がそっちのホームに行きますか? それとも、柊一サンがこっちに来てくれます?」
右手をヒラヒラ振ってみせる神巫に、柊一は諦めて溜息を吐いた。
「判ったよ」
通話を切って、柊一はほんの今しがた登ってきたばかりの階段に向かった。
柊一を座らせると、神巫はミルクをたっぷり注いだコーヒーを煎れてくる。
「それで、一体なにをあんなに怒鳴ってたんだ? こっちにはオマエの声しか聞こえなかったが……」
「いや、会社を出たらもう仕事の話はナシ! の方向でお願いします」
「なんだよ? なんか行き詰まってるなら、相談に乗るぞ?」
「ダ・メです! 俺が柊一サンに手伝って貰ったって解ったら、多聞サンますます俺のコト認めませんから!」
「ますます…って、認めてなかったら抜擢しないだろう?」
「その件に関しては、俺と柊一サンの認識に著しいズレがあるから、触れないでおきたいで~す」
「なんだそりゃ?」
「だって俺、このところ柊一サンにちっとも逢えなくて、超サビシかったんですよ? なのに仕事の話とか、多聞サンの話とか、そんなの今ココでわざわざ話すようなコトじゃないですモン」
「そうなのか?」
「そうですよ! ホームで電車に置いてきぼり食わされた時はなんてツイてないんだ! って思ったけど、休前日の夜のプラットホームで偶然柊一サンと行き会えるなんて、むしろラッキーだったなぁ」
神巫は自分のカップをテーブルに置くと、いそいそとすり寄ってくる。
「ちょ……っと待てよ………」
「今日は気分じゃないって? い~えいえ、柊一サンはいっつもそうやってはぐらかそうとするだけだって、俺はちゃんと知ってますからね」
首筋に口唇を押し当てられて、柊一は身を竦めた。
その気があるとか、ないとか。
実を言えば、それとは全く関係なく、柊一は神巫との行為を避けたいと思っていた。
避けたい…というのも妙な表現だし、避ける事など出来る訳もないのだが。
避けたい理由はただひとつ、柊一は自分がウソを上手く使える人間ではないと思っているからだ。
神巫は、柊一がどう思っていようとも、自分と柊一の付き合いは特別なモノだと思っている。
実際、プライベートの付き合いとしては、究極の形を成してしまっている事は、柊一も認める所だ。
しかし、柊一は神巫の事を「恋人」とか「愛人」といった相手とは認識していないし、今後ともなる予定は今のところ無い。
青山や広尾と言った、他の部下と比べたら明らかに特別の付き合いをしている自覚はあるが、神巫が期待するような関係に成っている…とは、考えていないのだ。
だから、先日の多聞との一件が現実であろうと、無かろうと、後ろめたさややましさを感じる事は無い…のだが。
柊一がそれをどう思っていようと、神巫がその事実を知れば、たぶん良い気持ちはしないだろう…というぐらいの事は、さすがの柊一にも察する事が出来た。
先程からの様子では、多聞との間はお世辞にも円滑とは言い難いように見受けられる。
それらを踏まえて考えれば、おのずと導き出される答えは「神巫に件の事故の話を悟られないようにした方が良い」という事になる。
深夜帯の間隔は長く、次の電車が来るまでにはかなりの待ち時間がある。
溜息を吐いて、ベンチに座ろうとした途端、不意にポケットの携帯が着信を告げた。
画面を見ると、神巫からのコールである。
「今夜は行かないぞ」
「もしもしも無く、そこまでつれない返事はないでしょう?」
「もう遅いし。第一、通話してていいのか? 電車の中だろう?」
「アレ? 俺の帰った時間をご存じで?」
「帰り際に、レンと口論してただろ? オマエの声は隣の部屋に筒抜けだった」
「あっちゃ~、てっきり部屋に俺と多聞サンしか居なかったから、うっかりしてました。そうですよね、隣に柊一サンいらっしゃいましたよね」
「さっさと切って、電源切れ」
「あの~、出来れば顔を上げて向かいのホームをご覧になって頂けませんか?」
不審な言葉に柊一が顔を上げると、向かい側のホームに立っている神巫が手を振ってみせる。
「なんだよ……」
「車掌がケチで、扉開けてくれなかったんですよ。…さて、俺がそっちのホームに行きますか? それとも、柊一サンがこっちに来てくれます?」
右手をヒラヒラ振ってみせる神巫に、柊一は諦めて溜息を吐いた。
「判ったよ」
通話を切って、柊一はほんの今しがた登ってきたばかりの階段に向かった。
柊一を座らせると、神巫はミルクをたっぷり注いだコーヒーを煎れてくる。
「それで、一体なにをあんなに怒鳴ってたんだ? こっちにはオマエの声しか聞こえなかったが……」
「いや、会社を出たらもう仕事の話はナシ! の方向でお願いします」
「なんだよ? なんか行き詰まってるなら、相談に乗るぞ?」
「ダ・メです! 俺が柊一サンに手伝って貰ったって解ったら、多聞サンますます俺のコト認めませんから!」
「ますます…って、認めてなかったら抜擢しないだろう?」
「その件に関しては、俺と柊一サンの認識に著しいズレがあるから、触れないでおきたいで~す」
「なんだそりゃ?」
「だって俺、このところ柊一サンにちっとも逢えなくて、超サビシかったんですよ? なのに仕事の話とか、多聞サンの話とか、そんなの今ココでわざわざ話すようなコトじゃないですモン」
「そうなのか?」
「そうですよ! ホームで電車に置いてきぼり食わされた時はなんてツイてないんだ! って思ったけど、休前日の夜のプラットホームで偶然柊一サンと行き会えるなんて、むしろラッキーだったなぁ」
神巫は自分のカップをテーブルに置くと、いそいそとすり寄ってくる。
「ちょ……っと待てよ………」
「今日は気分じゃないって? い~えいえ、柊一サンはいっつもそうやってはぐらかそうとするだけだって、俺はちゃんと知ってますからね」
首筋に口唇を押し当てられて、柊一は身を竦めた。
その気があるとか、ないとか。
実を言えば、それとは全く関係なく、柊一は神巫との行為を避けたいと思っていた。
避けたい…というのも妙な表現だし、避ける事など出来る訳もないのだが。
避けたい理由はただひとつ、柊一は自分がウソを上手く使える人間ではないと思っているからだ。
神巫は、柊一がどう思っていようとも、自分と柊一の付き合いは特別なモノだと思っている。
実際、プライベートの付き合いとしては、究極の形を成してしまっている事は、柊一も認める所だ。
しかし、柊一は神巫の事を「恋人」とか「愛人」といった相手とは認識していないし、今後ともなる予定は今のところ無い。
青山や広尾と言った、他の部下と比べたら明らかに特別の付き合いをしている自覚はあるが、神巫が期待するような関係に成っている…とは、考えていないのだ。
だから、先日の多聞との一件が現実であろうと、無かろうと、後ろめたさややましさを感じる事は無い…のだが。
柊一がそれをどう思っていようと、神巫がその事実を知れば、たぶん良い気持ちはしないだろう…というぐらいの事は、さすがの柊一にも察する事が出来た。
先程からの様子では、多聞との間はお世辞にも円滑とは言い難いように見受けられる。
それらを踏まえて考えれば、おのずと導き出される答えは「神巫に件の事故の話を悟られないようにした方が良い」という事になる。
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