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第73話
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「あの……いいンすか?」
「良いも悪いも、今の仕事はコレがなくちゃ進まないだろうが。ご存じの通り、ウチの部署は慢性の人手不足が続いているから、オマエがクビにでもならない限りは担当を外すワケにいかないんだよ。本来なら一度無くしたオマエに渡すなんてとんでもないんだが、状況が状況だから仕方がないだろう」
「し……しかたないって………それじゃ示しがつかないじゃないですか?」
「バッカ、ちゃんと処罰はされるに決まってるだろ。むこう3ヶ月は給料の30%がカットされるし、ベースアップは当分見込めないぞ」
柊一はいつになく厳しい表情でそう告げたが、告げられた神巫はポカンとしている。
「それだけ………っすか?」
「なんだ、もっとエライ目に遭わされたいのか?」
「いえ、全然!」
「ならいいじゃねェか」
冊子を手渡して、柊一はそのまま話を終えようとしたが。
「そーじゃなくて!」
「なんだよ?」
「だって、そんな会社の存亡の危機を招くようなヘマをやらかして、それで済むなんて有りなんスか? 有り得ないでしょう」
「結果的になにもなかっただろ? オマエが危機感を持って今後取り組めればそれに越したコトはないし、人間なんて所詮は痛い目を見なきゃ成長出来ないんだから。第一オマエが言うように本当の責任の所在とか、それに見合った処罰とかって話になって見ろ。そういう甘チャンのオマエに安易に重要書類を渡した…って話になって、俺まで減俸されちゃたまんねェよ。自分の責任は自分で取れ、ヒトにまで迷惑掛けるな」
ニイッと笑って答えた柊一の様子から、神巫はようやく事態が本当に全て終わっている事に気がついた。
つまり「迷惑を掛けるな」と言った柊一は、既に神巫の為に奔走した後なのだ。
書類はあるべき場所に戻り、無くした神巫への処罰は柊一が新田や松原と言った幹部を説得して形だけはつけ、実際には内密に収拾されたのだろう。
神巫の不注意で書類が紛失した事を知る青山にさえ、真相は語られないまま「見つかった」事だけが柊一から伝えられるだけで終わる事も想像がつく。
結果から言えば、柊一が完璧なフォローをしてくれたお陰で神巫はほとんど痛手を被らずに済んでいるのだ。
もっとも、給料を3ヶ月先まで30%カットされるという現実は結構厳しい物だが、それにしても「それだけで済んだ」とすればあまりに緩い処罰と言えよう。
「………スミマセン、俺………」
「ちゃんと反省出来るなら、それで充分だろ。それでまた無くしたら、今度は知らねェぞ」
「はい、肝に銘じます」
深々と頭を下げた神巫に、柊一はいつもの調子でディスプレイに向かったが。
「あ、そうだ」
席に戻り掛けた神巫を呼び止め、柊一はまたほんの少し真面目な顔で言った。
「オマエ、後でちゃんとレンに御礼いっとけよ」
「はい?」
「スッとぼけた顔してるんじゃねェよ。言っただろ、レンの学生時代の後輩にあたる新聞記者の知り合いの刑事がこっそり返してくれたって。それがなきゃ、今頃はもっと表沙汰になってたんだからな」
「それってつまり、多聞サンとは実質無関係のお巡りさんがイイヒトだったってだけじゃないですか?」
「バッカ! 刑事の友達の新聞記者が多聞の知り合いじゃなかったら、警察は応酬した証拠品としてそれを扱っただろうし、そうなったら新聞にもテレビにもウチの会社から流出した書類として報道されたんだぞ」
「でも、結局は多聞サンの采配とか、多聞サンの尽力とかじゃなくて、偶然じゃないですか」
「レンの手元にそれが戻ってきた時に、俺のところに内密に返してくれたからオマエの処分があの程度で済んだんだ。先に新田サンに報告が行ってたら、事件は表に出なくてもオマエのクビは切られてかもしれないんだぞ」
「だって………。そりゃ、チーフは創業当時からの付き合いもあるし、多聞サンはチーフにだけはニコちゃんだから摩擦も無いかもしれませんけど。俺は意味もなくインネンつけられたりして、スッゲー嫌な目に遭わされてンですよ? あんなヒトに「ありがとう」なんて口が裂けたって言いたくありませんよ!」
我を張る神巫の顔をしばらく見つめた後に、柊一は困り果てたような様子で溜息を吐いた。
「そんなにレンに頭下げるのがイヤなのかよ?」
「イヤですよ。チーフはあの場に居合わせなかったら、ご存じないでしょうけど!」
「オマエとレンの話は、翌日に青山から聞いてるからちゃんと知ってるよ」
「それなら、判るでしょう?」
「いーや、判ンねェな。相手が無礼だからってオマエも無礼にして良い道理は無いし、それはそれでこれはこれだ。けじめをつける部分ではつけるべきだし、手落ちがあった部分を責められて腹が立ったなら、次からは相手に隙を見せなきゃいいだろう。第一、ココでオマエがちゃんと挨拶が出来なきゃ、あっちにますますダメなヤツの烙印押されるだけなんだぞ?」
「押したきゃ押させておけばいいじゃないですか!」
「冗談じゃない! オマエにダメオの烙印押されたら、それを統括してる俺はダメチーフだぞ」
「なんでそこで、チーフがダメになるんですか? それは俺個人のコトでしょう?」
「部下の躾が行き届かないのは、チーフの責だろ。元々製作部は社の方針とは裏腹に残業時間もやたら多いし、どっちかっつーとダメチーフだったからな、俺は。オマエがレンに一言の挨拶もなかったら、その話がまた広まるだろ。決定的だ」
「そんなぁ!」
神巫は酷く恨みがましい顔をして見せたが、柊一は素知らぬ顔で目線を逸らす。
「良いも悪いも、今の仕事はコレがなくちゃ進まないだろうが。ご存じの通り、ウチの部署は慢性の人手不足が続いているから、オマエがクビにでもならない限りは担当を外すワケにいかないんだよ。本来なら一度無くしたオマエに渡すなんてとんでもないんだが、状況が状況だから仕方がないだろう」
「し……しかたないって………それじゃ示しがつかないじゃないですか?」
「バッカ、ちゃんと処罰はされるに決まってるだろ。むこう3ヶ月は給料の30%がカットされるし、ベースアップは当分見込めないぞ」
柊一はいつになく厳しい表情でそう告げたが、告げられた神巫はポカンとしている。
「それだけ………っすか?」
「なんだ、もっとエライ目に遭わされたいのか?」
「いえ、全然!」
「ならいいじゃねェか」
冊子を手渡して、柊一はそのまま話を終えようとしたが。
「そーじゃなくて!」
「なんだよ?」
「だって、そんな会社の存亡の危機を招くようなヘマをやらかして、それで済むなんて有りなんスか? 有り得ないでしょう」
「結果的になにもなかっただろ? オマエが危機感を持って今後取り組めればそれに越したコトはないし、人間なんて所詮は痛い目を見なきゃ成長出来ないんだから。第一オマエが言うように本当の責任の所在とか、それに見合った処罰とかって話になって見ろ。そういう甘チャンのオマエに安易に重要書類を渡した…って話になって、俺まで減俸されちゃたまんねェよ。自分の責任は自分で取れ、ヒトにまで迷惑掛けるな」
ニイッと笑って答えた柊一の様子から、神巫はようやく事態が本当に全て終わっている事に気がついた。
つまり「迷惑を掛けるな」と言った柊一は、既に神巫の為に奔走した後なのだ。
書類はあるべき場所に戻り、無くした神巫への処罰は柊一が新田や松原と言った幹部を説得して形だけはつけ、実際には内密に収拾されたのだろう。
神巫の不注意で書類が紛失した事を知る青山にさえ、真相は語られないまま「見つかった」事だけが柊一から伝えられるだけで終わる事も想像がつく。
結果から言えば、柊一が完璧なフォローをしてくれたお陰で神巫はほとんど痛手を被らずに済んでいるのだ。
もっとも、給料を3ヶ月先まで30%カットされるという現実は結構厳しい物だが、それにしても「それだけで済んだ」とすればあまりに緩い処罰と言えよう。
「………スミマセン、俺………」
「ちゃんと反省出来るなら、それで充分だろ。それでまた無くしたら、今度は知らねェぞ」
「はい、肝に銘じます」
深々と頭を下げた神巫に、柊一はいつもの調子でディスプレイに向かったが。
「あ、そうだ」
席に戻り掛けた神巫を呼び止め、柊一はまたほんの少し真面目な顔で言った。
「オマエ、後でちゃんとレンに御礼いっとけよ」
「はい?」
「スッとぼけた顔してるんじゃねェよ。言っただろ、レンの学生時代の後輩にあたる新聞記者の知り合いの刑事がこっそり返してくれたって。それがなきゃ、今頃はもっと表沙汰になってたんだからな」
「それってつまり、多聞サンとは実質無関係のお巡りさんがイイヒトだったってだけじゃないですか?」
「バッカ! 刑事の友達の新聞記者が多聞の知り合いじゃなかったら、警察は応酬した証拠品としてそれを扱っただろうし、そうなったら新聞にもテレビにもウチの会社から流出した書類として報道されたんだぞ」
「でも、結局は多聞サンの采配とか、多聞サンの尽力とかじゃなくて、偶然じゃないですか」
「レンの手元にそれが戻ってきた時に、俺のところに内密に返してくれたからオマエの処分があの程度で済んだんだ。先に新田サンに報告が行ってたら、事件は表に出なくてもオマエのクビは切られてかもしれないんだぞ」
「だって………。そりゃ、チーフは創業当時からの付き合いもあるし、多聞サンはチーフにだけはニコちゃんだから摩擦も無いかもしれませんけど。俺は意味もなくインネンつけられたりして、スッゲー嫌な目に遭わされてンですよ? あんなヒトに「ありがとう」なんて口が裂けたって言いたくありませんよ!」
我を張る神巫の顔をしばらく見つめた後に、柊一は困り果てたような様子で溜息を吐いた。
「そんなにレンに頭下げるのがイヤなのかよ?」
「イヤですよ。チーフはあの場に居合わせなかったら、ご存じないでしょうけど!」
「オマエとレンの話は、翌日に青山から聞いてるからちゃんと知ってるよ」
「それなら、判るでしょう?」
「いーや、判ンねェな。相手が無礼だからってオマエも無礼にして良い道理は無いし、それはそれでこれはこれだ。けじめをつける部分ではつけるべきだし、手落ちがあった部分を責められて腹が立ったなら、次からは相手に隙を見せなきゃいいだろう。第一、ココでオマエがちゃんと挨拶が出来なきゃ、あっちにますますダメなヤツの烙印押されるだけなんだぞ?」
「押したきゃ押させておけばいいじゃないですか!」
「冗談じゃない! オマエにダメオの烙印押されたら、それを統括してる俺はダメチーフだぞ」
「なんでそこで、チーフがダメになるんですか? それは俺個人のコトでしょう?」
「部下の躾が行き届かないのは、チーフの責だろ。元々製作部は社の方針とは裏腹に残業時間もやたら多いし、どっちかっつーとダメチーフだったからな、俺は。オマエがレンに一言の挨拶もなかったら、その話がまた広まるだろ。決定的だ」
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