ワーカホリックな彼の秘密

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第71話

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「シノさん」
「なんだよ?」
「とりあえず、まずコレを渡しておくね」

 多聞が差し出した封筒を受け取り、柊一はその中身を改めた。

「オマエ、これっ!」
「シノさん、白王華に恐喝されてたんでしょ? 俺、昨日は白王華をターゲッティングしてたジャーナリストに頼まれて、アイツにつっかかったンだよ」
「じゃあ、アレはワザとかよっ?」
「コレはそのジャーナリスト…って言っても、俺の学生時代の後輩なんだけどさ。ソイツが刑事と知り合いで、昨夜押収した証拠品の中から秘密に返してくれたんだ」

 多聞は片岡と弥勒寺の名前こそ出さなかったが、大方の事情を全て柊一に説明する。

「事前になんのお知らせも出来なくてゴメン。でも、知らせられるような状況じゃなかったから」
「そりゃ………そうだろうよ」

 一瞬、柊一の脳裏には無数の苦情が思い浮かんだが。
 結局それは一言も発せられる事なく、たった1言返した言葉はそれだけだった。

「あのさ、シノさん。俺、シノさんが神巫と付き合ってるって判ってて、敢えてシノさんに伝えておきたいコトがあるんだけど」
「だからその、付き合うとか付き合わないとかいう表現ヤメロっつーんだよ」
「だって、それじゃあどう言えばいいのさ?」

 改めてそう訊ねられて、咄嗟に柊一も返事に詰まる。

「シノさん?」
「オマエが口にしてる「付き合う」って単語に含まれる意味が、間違ってるからそういう表現をされたくないんだよ」
「じゃあ、何がどう間違ってるのか、先に説明してよ」
「つまり……恋人同士とか、好きとか嫌いとか、そういうレベルの話じゃねェっちゅーの。確かに俺は、神巫と………まぁ、その、なんだ。……付き合ってるって言うか、個人的な接点があるけど。それは成り行きって言うか、色々他人に話しづらいような事情があってだな………」
「それってつまり、シノさんは神巫のコトを恋人と見なしてないってコトなの? でも、そんな相手とフツーはセックスなんて出来ないでしょ」
「バカ! そ……そんなあからさまな言葉使うな!」

 半ば叫んだ柊一は、羞恥のあまりに死にそうな顔をする。

「やっぱり、良くワカンナイよ。シノさんの言いたいコト」
「判っても判らなくても良いから、もうその話ヤメロ」
「ダメだよ! まだ俺の話終わってないモン!」
「なんだよ、俺の話って?」
「だから俺、シノさんが好きなんだってば」

 なんだかすっかり脱力しそうな会話に油断しきっていた柊一は、突然の多聞の告白に一瞬言われた事の意味が理解出来なかった。

「だ………って、オマエ今、もう2度とあんなコトしないって………っ!」
「もう2度と、シノさんに無理矢理セクハラなんてしない……って、言ったんだ。だから改めて、シノさんに俺を許容して欲しい」
「出来るか、バカヤロウ!」
「だって神巫のコトは許容してるじゃないかっ!」
「同じ話を、何度もさせるな!」
「俺はっ!」

 ガタンッと椅子から立ち上がった多聞は、鼻が触れ合うほどの側まで顔を寄せて、ジイッと柊一の瞳を覗き込んでくる。

「シノさんが男でも女でも、宇宙人でも地底人でも構わない。どんなとびっきりの美女よりも、シノさんの方が俺には魅力的なんだもん。シノさんを守る為なら、白王華にボコにされるのだって引き受けちゃえる。本当はシノさんの秘密を、こんな書類なんかで知りたくなんかなかったよ」

 その一言で、柊一はハッとなった。

「俺は、女じゃない!」
「解ってるよ。…だから今、そう言ったでしょ? 性別も、外見も、俺には意味なんて無いって。俺はシノさんの魂に惚れてるんだもん。だから、シノさんが許容してくれないウチは、もう触れない。本当は、神巫如きが触れているのに俺はダメなんて、ちょっと不本意だけど。でも俺、絶対シノさんに俺のコト認めて貰うから!」
「ゲームデザイナーとしてのオマエの能力は、ちゃんと認めてるから……」
「それ以外だよ!」
「だから、俺は男と付き合う趣味もないし、男を恋人呼ばわりする予定もないっつーんだよ!」
「だって神巫とは……」
「その話はもーえーっちゅーの!」

 多聞の真っ直ぐな視線を振り切るようにして、柊一は立ち上がった。

「製作は今、殺人的に忙しいんだ! 俺はもう、仕事に戻るから!」

 慌てて扉に向かいかけ、一歩手前で柊一は足を止める。

「………コレは、済まなかった。感謝してる」
「いーえ。お安いご用で」

 手に持った封筒を持ち上げただけで、振り向きもしなかった柊一に多聞はのんびりとした声で答えた。
 そのまま慌ただしく扉の向こうに消えた柊一の、チラッとだけ見えたうなじと耳たぶが赤く染まっているのに気付いたから。
 深夜の一件からぎこちなくなっていた関係が修復されて、己の気持ちも伝えられた。
 口頭ではきっぱりと拒絶してきたけれど、しかし本当のところ柊一は完全に自分を拒絶した訳ではない。
 それだけで、今は由としておくべきだろう。
 多聞は、結局受け取って貰えなかった缶コーヒーを持って、自分も企画室に戻っていった。
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