ワーカホリックな彼の秘密

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第70話

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 あんな騒ぎのあった翌日に、多聞は午後にならねば出勤しないと聞いて、柊一は落ち着かなかった。
 もしかしてあのまま、警察に勾留でもされてしまったのだろうか?
 本人から「半休」の届けを述べる電話があった…という話は、今朝松原に聞かされたのだが。
 それ以上の情報は、誰も持っていなかった。
 柊一自身、昨夜から多聞と連絡を取ろうと色々手を打ってみたが、病院に運ばれた所為かいくら携帯に掛けても応答はなかったし、メールを入れても返事がないままだったのである。
 事態の急激な変化に記憶も曖昧だが、それでも多聞が白王華に暴力を振るったような事は一度もなかったように思うが、あれだけの罵詈雑言を相手に投げつけたとあっては法的に絶対訴えられない保証はどこにもない。

「チーフ!」
「えっ? ああ、なんだ青山」
「なんだじゃないですよ。内線鳴ってるの全然気付いてないんです?」
「ええ?」
「全くもう、自分世界に入っちゃうとなんっにも聞こえなくなっちゃうんだから……。市ヶ谷サンが、多聞サン出社してきましたって知らせてくれましたよ。今朝から何度も企画に内線して、多聞サンまだかってずっと訊ねてたでしょ?」

 青山が全てを言い終わらないうちに、柊一は席を立つと慌ただしく部屋を出て行く。

「どうしちゃったの、チーフ?」

 その、あまりの様子に広尾がポカンと口を開ける。

「そりゃ、こっちの台詞だよ……」

 呆れたように青山は溜息を吐いて、肩を竦めて見せた。

 製作室の扉を開け、慌ただしく企画室に向かった柊一だが。
 扉の手前でハッとなって、思わず中に入るのを躊躇してしまう。
 一体、自分はこのまま多聞の前に飛び出していって、何を言おうというのだろうか?
 昨夜から今日の午前中の事を多聞に問いただせば、逆にそれでは昨夜なぜ自分があそこにいたのかを問われる事になる。
 となれば、返せる答えは持ち合わせていない。
 迷った柊一は、そのまま引き返そうとしたのだが。

「シノさん」

 ふいに扉が開き、多聞が姿を現した。
 息を呑んで棒立ちになっている柊一を余所に、多聞は後ろ手に扉を閉めるとチラッと目で促してから給湯室の方へと歩き出す。
 多聞が数歩離れた所で我に返った柊一は、慌ててその後を追った。
 給湯室には湯沸かし器の他に自販機が置かれていて、簡易な椅子とテーブルが設置されている。
 テーブルの上には灰皿が置かれ、給湯器の上の換気扇は常に稼働させてあった。
 つまり、この部屋は給湯以外に喫煙室としての役割も果たしているのだ。
 多聞は自販機で缶コーヒーを2本購入すると、それをテーブルの上に置いて自分は手近な椅子に腰を降ろす。
 その様子から向かい側に座らざるをえず、柊一は黙って腰を降ろした。

「今、時間平気なの?」
「平気も何も、こんな状態じゃ仕事が手につかないだろう?」
「へえ? シノさんってば、俺のコト心配してくれちゃうんだ?」

 揶揄するような多聞の台詞に、思わず言葉に詰まる。

「イヤだな、そんな顔しないでよ。俺また、シノさんに不埒なコトがしたくなっちゃうぜ?」
「そんなくだらないコトを言う為に、わざわざ呼んだのかよっ! 俺は忙しいんだ、戻るっ!」

 立ち上がり掛けたところで腕を取られて、柊一は硬直した。

「待ってよ、シノさん。……ゴメン。………俺、ホントにシノさんを怒らせたいワケじゃないんだ」

 まるで名残惜しむようにゆっくりと多聞の手から力が抜けて、腕を解放される。
 息を吐いて、柊一が顔を上げると、多聞は酷くぎこちない感じで笑って見せた。

「この間のコトも、ごめんなさい。もう2度とあんなコトはしないから………」

 立ち上がって頭を下げられ、柊一は戸惑ってしまう。

「………オマエが反省してるなら、もういいよ。……確かに俺は、神巫とプライベートでの接点があるし、社内であんなコトをしていた方が悪いンだから、一方的にオマエを責めるワケにもいかな……」
「やめてよ、シノさん!」

 大きな声を出されて、柊一は思わず口を噤んだ。

「シノさん、俺は確かにシノさんに悪いコトしたなって思ったから謝ったよ。でもそれは、シノさんを不快な気分にさせたコトを謝ってるだけであって、あの行為そのものは悪かったなんて思ってないからね」
「なんだって?」
「だって俺、シノさんのコトが好きだから」
「ふざけるな! 俺は……」
「同性だから、ダメ? でもシノさん、ちゃんと神巫と付き合ってるじゃないか」
「俺は神巫と付き合ってるワケじゃない!」

 咄嗟に思わず日頃から思っている事を口に出してしまい、柊一はハッとなった。
 もちろん、多聞もかなり驚いた顔でポカンと柊一の顔を眺めている。

「……いや、つまり色々事情があって………」
「まさか、神巫に恐喝されてあんなコトを強要されたりしてるの?」
「ちが………っ、神巫はそんな卑怯なヤツじゃないし、むしろアレは俺が一方的に神巫に迷惑を掛けているようなモンで………」
「シノさん、自分から申し出て抱かれたいほど神巫が好きなのっ?」
「違うッ! いいからとにかく付き合うとか付き合わないとか、好きとか嫌いとかそーいう次元から離れろっ!」

 一気にまくし立てて怒鳴った所為か、柊一は目の前が真っ暗になってきてしまった。

「シノさん、なんかスゴク顔色悪いよ。とにかく、座ったら?」
「ああ………」

 蹌踉めくようにして椅子に座り、テーブルに肘をついて柊一は頭を抱える。
 どうやったらこの奇妙な誤解を解く事が出来るのか、説明の糸口すら全くなにも思いつかなかったからだ。
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