ワーカホリックな彼の秘密

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第53話

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「オマエ、本気にしてないな」
「だって……スパイなんて!」
「バッカ。確かにウチは規模もちっせェし資本金もショボショボの零細企業だけど、シノとオマエはヒットメーカーなんだぞ? その辺ちゃんと自覚しろよ?」
「だ………って、それにしたって………さぁ! 第一、シノさんは絶対に産業スパイに情報を売ったりなんかしないし、ヘッドハンティングだって………」

 言いかけて、多聞はハッとなった。
 もしも、自分の過ちに柊一が愛想を尽かしてしまったとしたら?
 同業者にとって柊一のようなプログラマーは、垂涎の的だ。

「なに泣きそうな顔してるんだよ? シノがヘッドハンティングなんぞになびくワケないだろが! つーか、そーいうシノの性格は、オマエだってよっく解ってンだろ?」
「でも、俺………」
「だからオマエはガキだっつーんだよ。そんな心配するぐらいなら、シノとケンカなんかしてんじゃねェっちゅーの」
「………でもショーゴさん、そこまで言うならなんでシノさんの後なんか追けてるのさ?」
「シノは怒らせるとおっかねェタイプの人間だけど、自分が打ち解けた相手に対しては限りなく鷹揚っちゅーか、バカだから。例えば常識じゃ考えられないような金額の借金の連帯保証人を頼まれても、それが俺やオマエだったら引き受けちゃうし。挙げ句にソイツがそのままトンズラこいても、他の連中がソイツを非難してると1番ワリを食わされている筈のシノが必死になって庇ったりするワケだ」
「つまり?」
「つまり、産業スパイが金をちらつかせて情報をねだって来た場合は、完璧に突っぱねる事は出来る。そういう意味では強情っつーか、強いからな。でも、コトが一旦恐喝紛いの方向に変わったら、状況が全然変わるだろ? シノ自身はああいうヤツだから、誰かに強請られるような部分は無いだろうが。自分以外の誰かの弱みをネタにされたら、ソイツを守る為に自分を犠牲にしかねないバカなんだよ」
「だって、例えばそれでシノさんがウチの会社から抜けたら、会社自体がエライコトになるよ?」
「会社が傾くのは確かに大問題さ。俺達にしてみれば、オマエとシノのどっちが抜けても困窮すると思ってる。でもあのバカは、つまりオマエが残ってれば後はどうにかなるとか、思ってるんだよ。実際、今ほどのヒットは出ないだろうが、シノが抜けた後に会社が潰れるような事態にはならんだろ?」
「ああ、そーいうコトか………」

 松原の説明に、多聞はようやく合点がいった。
 さすがは長年の付き合いがあると、ひたすら感心する。
 繁華街に近い駅で柊一が下車すると、2人も後に続く。
 そうして柊一の背中を見つめながら歩いていて、多聞はふと奇妙な事を思った。
 もしも一緒に松原が居なかったら、まるでこれは、嫉妬に駆られた挙げ句の果てに柊一をストーキングしているようだな…と。
 実際、松原だとて多聞にキッパリと「確信がある訳ではない」と言っている。
 自分達はただ数回かかってきただけの私用電話を、変に意識しすぎているだけなのかもしれない。
 松原は、幼なじみ故の気遣いで。
 多聞は、断ち切れない恋慕故の執着で。
 後になって説明されれば、なんて事もない擦れ違いで生じた誤解かもしれない。
 それでも。
 やはり、確かめずにはいられなかった。
 乗り越し料金を精算し、改札を出て辺りを見回すと、柊一は繁華街の方に向かって歩いている。
 それなりに人の波があるメインストリートは、どんなに多聞の姿が目立つと言っても後を追うのはさほどの苦労もない。
 しばらく歩いた所で、柊一はルノアールに入った。

「どうしようか? 中に入ったらシノさんに見えるよね?」
「でも、入らなかったらココまで追けてきた意味なくなるだろ?」
「それはそうなんだけど………」

 未練がましく店名の入ったウィンドウの向こうを透かし見ると、柊一が奥の席へと案内されるのが見えた。

「どうしようか?」
「どうしようか、つったってなぁ……。オマエが目立ち過ぎなんだよ」
「ショーゴさんだけだって、見りゃシノさん気付くでしょ………」
「う~ん」

 電信柱越しに首を伸ばして、多聞と松原は人目も憚らずに店内をのぞき見る。

「あの、失礼ですが」

 不意に後ろから声を掛けられ、2人はあたふたと振り返った。

「なにをなさってるんですか?」

 ニッコリ…と笑ったその人物に、2人とも面識はない。
 もう夕暮れも過ぎて夜になると言うのに茶色のサングラスをかけていて、背丈は多聞と同じぐらいある。
 その身長とサングラスの所為でかなりの威圧感を感じるが、それ以上に口許に優しげな微笑みを浮かべつつ目が全く笑っていないのがひどく恐かった。
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