ワーカホリックな彼の秘密

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第47話

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 階下に降りた多聞は、総務を横切って営業のエリアに入った。

「赤坂君」

 夕刻も間近い時刻だったが、営業のデスクにはまだほとんど人影がない。
 多聞は入り口に近い席で、己のパソコンを見つめている小太りの男に声を掛ける。

「あ、多聞さん。どうも」

 赤坂はどちらかというと「営業」と言うよりは、秋葉原辺りに出現しそうないわゆる「オタクっぽい」外見をしている男だったが。
 しかし、その外見とは裏腹に人懐こい性格をした、気の置けない男であったりする。
 多聞に向かって振り返った赤坂は、年齢よりも遙かに老けた顔に無邪気な笑みを浮かべて見せた。

「これ、企画に回ってきてたぞ」
「はい?」

 差し出された書類を見て、赤坂は右手で己の額をペチンと叩く。

「あちゃー! また市ヶ谷嬢にご迷惑を!」
「市ヶ谷君、自分じゃもう言っても効果が無いから、俺に一喝してきてくれってさ」
「えええ、それはご勘弁を! 今日は先刻松原主任からカミナリくらったばっかりなんですよ~」

 一歩まかり間違うと、松原や多聞よりも「先輩」格に見えてしまう風貌をしているが、実は赤坂は神巫と同期の「若手」なのだ。

「ショーゴさんにはナイショにしておいてやるから、90円寄越せ」
「は? なんですかそのハンパなカツアゲは?」
「バカ、カツアゲじゃねェよ。市ヶ谷君が黒豆ココアを奢って欲しいとさ」
「ええ~? いつもはコソッと持ってきてくれるから口止め料払ってましたけど、今日は多聞サンに告げ口したのに~?」
「俺と市ヶ谷君に口止め料を払わなきゃならないのに、市ヶ谷君の分だけにしてやってんだぜ?」
「ふえ~、ありがたいのかありがたくないのか………」

 ぶつくさと不平を垂れながら、それでも赤坂がポケットから財布を取り出した時、デスクの上の電話にランプが点いた。

「ちょっと、スミマセン」

 多聞に断りを入れてから、赤坂は外線の応対に出る。
 その間に、多聞はなにげなく窓口の方へ顔を向けた。
 ありがちではあるが、窓口の向こうの玄関はガラス製の自動ドアになっている。
 表通りに面した社屋は、ドアの向こうに歩道とガードレールがあり、その向こうは国道の2車線道路が見えた。
 夕暮れのオレンジに染まった外を見るともなしに眺めた多聞は、ふと車道を越えたあちら側の歩道に立つ人物に目をとめた。
 2車線の双方向道路が横たわる国道の向こう側にある歩道など、自動ドアの厚いガラス越しでは人間の形となんとなくの動きだけしか判らなかったが。
 どうやらその人物は、こちらに顔を向けて携帯電話で通話をしているように見えた。

「……はい、東雲ですか? 少々お待ち下さい」

 赤坂の声に、多聞はハッと振り返った。

「赤坂君、シノさんに誰から?」
「えっ?」

 内線に繋ごうとした手を制されてまで訊ねられ、赤坂はやや狼狽えた顔になる。

「…えっと……、なんだっけな? なんかヘビみたいな名前のヒトですけど?」
「ヘビ??」
「ひゃっぽだとか、しっぽだとかいうヒトです」
「百歩蛇じゃ、完全にヘビだっつーの。んで、それ誰なんだよ?」
「え? 誰って………。東雲サンになんか用事みたいですよ?」

 多聞は少し考えてから、頷いてみせる。

「いいよ、繋いで」
「あ、ハイ」

 赤坂は改めて受話器を取ると、製作室の内線をプッシュした。
 そちらから目を離し、多聞は再び窓の外に目をやる。
 先程の人物は、やはり同じ場所に立ったままだった。

「え~と、多聞サンとなんの話でしたっけ?」
「もういいよ。90円は俺が払っといてやるから、今度からもうちょっと気をつけて書類回せよ」
「はい。肝に銘じておきます」

 しおらしく頭を垂れた赤坂から目を離すと、外線を示すランプが消えるのに気付いた。
 なにげなく外を見やると、あの人物もまた通話を終えたらしく腕を降ろしている。
 多聞は、それが酷く気になった。
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