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第46話
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回されてきた書類に目を通し、多聞は溜息を吐いた。
先の一件以来、仕事に対する熱意を失っている事には自覚がある。
本来なら次回作へのベースになる企画を立てなければならない時期に来ているにも関わらず、コレと言ったアイディアも浮かばない。
自分でも愚かしいとは思うが、気付けばずっと柊一の事を考えている。
気持ちを打ち明けようかと思った事は、これまでに何度もあった。
神巫如きに掠め取られるような事態を招いたのは、偏に己の意気地のなさ故なのだ。
それでも。
例えそれが無様な未練以外の何物でもないとしても。
後悔せずにはいられない。
「主任」
声を掛けられ、多聞はハッとなる。
「どうかしましたか?」
「別に。…なんか用?」
ぶっきらぼうに答える多聞を気にする風でもなく、サーモンピンクのスーツから伸びる白い手が数枚の用紙を閉じた書類を差し出してくる。
「コレ、営業から回ってきた書類の中に混ざっていたんですけど、こっちに来ちゃイケナイ書類っぽいんです」
しかめっ面の多聞に向かって、怯む様子すら見せずに市ヶ谷は微笑んでいる。
「それなら俺ンとこになんか持ってこないで、営業に戻してやれば?」
「そうですか? …でも、赤坂サンがポカッたのこれでもう5度目なんですよね」
ニッコリ笑った彼女の顔には、悪意の影も見えないが。
「つまり、俺に営業に怒鳴りこめ………と?」
「まさか! お忙しい主任にそんな雑用をお願いするなんて、とんでもありません。…ただ、やっぱり女の私が言っても説得力が足りないって言うか、またやらかしても市ヶ谷サンがなんとかフォローしてくれるだろう…なぁんて思われてたりしたら、困りません?」
市ヶ谷は座っている多聞をようやく見下ろす事が出来る程度の小柄な女性だが、クリッとした瞳はまるで悪戯者のような光を帯びている。
彼女は、つまり多聞の不機嫌と落ち着かない様子を感じ取り、席を立つ「言い訳」を提供しに来た……と言う事なのだ。
市ヶ谷巧実は青山と同期に入社して、企画に配属されたいわば「古参」の社員だった。
柊一にとって青山が右腕ならば、多聞にとっての右腕は市ヶ谷である。
青山はプログラマーとしての腕もさることながら、製作内の人間関係を円滑に運ぶべくチームワークを図る「優秀なアシスタント」だが、自称「人見知り」の柊一は言っているほど周囲の人間とのコミュニケーションがとれない訳ではない。
どちらかと言えば、スリッパの左右を間違えて履いていても気付かないような「天然」素質のあるキャラクター故に、柊一の周りはなにかと柊一のフォローに回ろうとする人間が残っていくので、結果として全体のチームワークを統率する能力を持った青山のような人間が、アシスタントとして必要となるのだ。
しかし、自分は他人と充分に信用関係を築きあげる事が出来ると自負している多聞は、実は天才肌の少しムラっけのあるタイプで、多聞のそれに振り回された人間がヘトヘトに疲れてしまい結局チームが多聞に付いていけなくなってしまう。
市ヶ谷は、チームを取りまとめる事よりもチームと多聞とのパイプ役として、気分に上下のある多聞をコントロールする術を知っていた。
つまり、青山は完全に柊一の「アシスタント」だったが、市ヶ谷は多聞の「ブレイン」的なカラーを持つ。
強面な外見で既に周りを無駄に威嚇して、あげくに少し意固地な性格が災いして場合によっては他人の意見を聞こうとしなくなる多聞に対して、全く臆する事もなく苦言を口に出来る貴重な人材なのだ。
「コレ、本当にその……赤坂の書類なの?」
「間違いなく」
「判った。俺からちゃんと言っておこう」
書類を預かって立ち上がると、市ヶ谷は「はい」と頷いてみせる。
「主任、帰りに給湯室の脇にある自販機で黒豆ココアお願いします!」
「俺の奢り?」
「まさかっ! 赤坂サンのペナルティですよ」
茶目っ気たっぷりにウィンクして見せた市ヶ谷に対して、さすがの多聞も思わず笑みを返してしまった。
先の一件以来、仕事に対する熱意を失っている事には自覚がある。
本来なら次回作へのベースになる企画を立てなければならない時期に来ているにも関わらず、コレと言ったアイディアも浮かばない。
自分でも愚かしいとは思うが、気付けばずっと柊一の事を考えている。
気持ちを打ち明けようかと思った事は、これまでに何度もあった。
神巫如きに掠め取られるような事態を招いたのは、偏に己の意気地のなさ故なのだ。
それでも。
例えそれが無様な未練以外の何物でもないとしても。
後悔せずにはいられない。
「主任」
声を掛けられ、多聞はハッとなる。
「どうかしましたか?」
「別に。…なんか用?」
ぶっきらぼうに答える多聞を気にする風でもなく、サーモンピンクのスーツから伸びる白い手が数枚の用紙を閉じた書類を差し出してくる。
「コレ、営業から回ってきた書類の中に混ざっていたんですけど、こっちに来ちゃイケナイ書類っぽいんです」
しかめっ面の多聞に向かって、怯む様子すら見せずに市ヶ谷は微笑んでいる。
「それなら俺ンとこになんか持ってこないで、営業に戻してやれば?」
「そうですか? …でも、赤坂サンがポカッたのこれでもう5度目なんですよね」
ニッコリ笑った彼女の顔には、悪意の影も見えないが。
「つまり、俺に営業に怒鳴りこめ………と?」
「まさか! お忙しい主任にそんな雑用をお願いするなんて、とんでもありません。…ただ、やっぱり女の私が言っても説得力が足りないって言うか、またやらかしても市ヶ谷サンがなんとかフォローしてくれるだろう…なぁんて思われてたりしたら、困りません?」
市ヶ谷は座っている多聞をようやく見下ろす事が出来る程度の小柄な女性だが、クリッとした瞳はまるで悪戯者のような光を帯びている。
彼女は、つまり多聞の不機嫌と落ち着かない様子を感じ取り、席を立つ「言い訳」を提供しに来た……と言う事なのだ。
市ヶ谷巧実は青山と同期に入社して、企画に配属されたいわば「古参」の社員だった。
柊一にとって青山が右腕ならば、多聞にとっての右腕は市ヶ谷である。
青山はプログラマーとしての腕もさることながら、製作内の人間関係を円滑に運ぶべくチームワークを図る「優秀なアシスタント」だが、自称「人見知り」の柊一は言っているほど周囲の人間とのコミュニケーションがとれない訳ではない。
どちらかと言えば、スリッパの左右を間違えて履いていても気付かないような「天然」素質のあるキャラクター故に、柊一の周りはなにかと柊一のフォローに回ろうとする人間が残っていくので、結果として全体のチームワークを統率する能力を持った青山のような人間が、アシスタントとして必要となるのだ。
しかし、自分は他人と充分に信用関係を築きあげる事が出来ると自負している多聞は、実は天才肌の少しムラっけのあるタイプで、多聞のそれに振り回された人間がヘトヘトに疲れてしまい結局チームが多聞に付いていけなくなってしまう。
市ヶ谷は、チームを取りまとめる事よりもチームと多聞とのパイプ役として、気分に上下のある多聞をコントロールする術を知っていた。
つまり、青山は完全に柊一の「アシスタント」だったが、市ヶ谷は多聞の「ブレイン」的なカラーを持つ。
強面な外見で既に周りを無駄に威嚇して、あげくに少し意固地な性格が災いして場合によっては他人の意見を聞こうとしなくなる多聞に対して、全く臆する事もなく苦言を口に出来る貴重な人材なのだ。
「コレ、本当にその……赤坂の書類なの?」
「間違いなく」
「判った。俺からちゃんと言っておこう」
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「主任、帰りに給湯室の脇にある自販機で黒豆ココアお願いします!」
「俺の奢り?」
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