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第37話
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中師は柊一の父親とは旧知の友で、柊一の出産にも立ち会った医師である。
身体の弱かった柊一の母親は産後の肥立ちが悪く、柊一を出産して間もなく亡くなった。
柊一の父親は幼い我が子をこよなく愛して、最愛の妻を失ったショックからは立ち直ったが。
突然の事故で、呆気ない最期を遂げてしまった。
柊一の両親はどちらも親を早くに亡くしており、遠戚の者がいたらしいが結局葬儀にも顔を出さなかった事と、柊一の特異な体質の事などを考え、中師は柊一を手元に引き取ったのだった。
故に、柊一は自分の親の顔を写真でしか知らない。
柊一にとって、身内は親代わりの中師だけであったし、己の事を己以上に理解してくれる相手…でもあった。
「それで? カンナギ君との間は問題なく続いている………と理解して良いのかな?」
「問題なく………と言われると、ちょっと………」
「ほう。どこら辺に問題が?」
「……だから、つまり……その………神巫はイイヤツで、俺の…発作に付き合ってくれているというか……」
「カンナギ君は、キミとそんな付き合いをするのは本望じゃないのに、無理に付き合ってくれている……とか?」
「いえ………いや、どうかな? 俺には……神巫のコトは良く解らないから…」
「なるほど。……だが、カンナギ君の都合はこの際棚上げにして、現状のキミの身体的な都合から言えばそれは望ましいかもしれないね」
あからさまに嫌な顔をする柊一に、中師は口元を意識的に引き締めて頷いてみせる。
「医師として、キミの性別を現状のまま維持させておくのはあまり望ましい事じゃない。だが、外科的な手術を施して性別を統一させるには、キミの身体はあまりにも微妙でね」
「判ってますよ。…その話は、もう耳にタコが出来るほど聞かされましたから」
己の身体を疎ましく思っている柊一にしてみれば、外科的な治療を受ける事によって体内にある「不要な」器官を取り除ける物なら取り除いてしまいたいと切望している。
が、しかし。
柊一の体内にあるそれぞれの器官は、どちらも非常に未発達でありながら、同時にどちらも柊一の身体に同じくらいの影響を与えている。
その事を熟知している中師の結論は、どちらを取り除くにしても生命の危険がある…という物だった。
「これもまたキミ自身よく判っている事と思うが、キミの身体のホルモンバランスは実に微妙で繊細だ。身体に無理を強いるとすぐに体調が崩れてくるのは、それが原因になっている」
「ええ、それは良く解ってます」
「しかし、ここのところ調子は良い筈だよ。自覚はないみたいだが、駅で困窮したりした記憶は最近少ないんじゃないかな?」
「………どうでしょう? 数えているワケじゃないですから、はっきりしたコトは言えませんけど。……言われてみると、あまりなかったように思いますね」
「他人との性的接触がキミの身体にどういう影響を与えているのか……を、論理的に説明出来る訳じゃないが…。でも、今回の検査結果を見る限りではキミの身体のバランスを保つのに望ましい影響を与えている…と言えるんじゃないかな?」
「つまり………中師さんは医者として俺にセックスしてまわれ……と勧めている訳ですか?」
やや潔癖症とも言える柊一にしてみれば、中師の言葉は不快極まりない助言だと言える。
「不特定多数の相手とそうした交渉を持つ事は、あまり望ましい事ではないね。最近は悪い病気も流行っているようだし、第一そんな事をしてはキミの社会的信用にも関わってくるだろう。…まぁ、簡単に言うなら特定の誰か……つまり「恋人」と呼ぶべき相手を持って、結婚もしくは婚姻の誓約に等しい約束を交わす事だろうねぇ」
「バカバカしい! 本気で言ってるんですか?」
「非常に真面目な話をしているつもりだけどね」
「だって………俺はオスでもメスでもないんですよ? 伴侶を持てと言われても、一体どっちと付き合えって言うんですか?」
「少なくとも、今は男と付き合っているみたいだねぇ?」
「そりゃ、そうですけど! でも………俺は………、俺の身体は子供を産む事も産ませる事も出来ないって言ったの、中師さんじゃないですかっ!」
「だから?」
「だから………って、そんなヤツを相手に伴侶も何も………」
「キミは、ずいぶん変な事を言うねぇ?」
カルテをテーブルの上に置き、中師は深々と溜息を吐いた。
「キミの論理からすると、ガンに冒され外科手術で子宮を摘出されてしまった女性や、成年になった後に風疹にかかり無精子症になってしまった男性は、全て結婚の資格も恋愛の権利もなくなってしまう事になるよ?」
「だ………って………」
「全く本当に、キミは昔から頑固だったから、私が何回言った所でそう簡単に心情が変わるとは思ってないがね」
中師は言い負かされそうになっている子供のような顔で自分を睨みつけている柊一に向かって、半ば諦めの混じった諭すような声音で続けた。
「世の中の全ての人間は一人として同じじゃない。キミが自分のハンデだと思っている部分も、言葉を換えれば個性になる。キミがその個性を気に入るか気に入らないかは別にして、それとは一生付き合わなければならないんだ。いいかい? 棺桶に入って埋葬されるまで、必ずつきまとう事なんだよ? それをただ嫌っていては、己のマイナス要素にしか成り得ない。あるがままを受け入れる必要もないし、自慢して回れとも言ってない。ただ、もう少し割り切って考えたらいかがかな?」
「………………………」
黙り込んでしまった柊一に、中師は表情を崩してみせる。
「とりあえず、しばらくはそのカンナギ君との付き合いを続けてみるんだね。……まぁ、気が向いたら連れてきなさい。私も「花嫁の父」の心情が判るかもしれないからね」
「な……中師さん! やめてくださいよっ!」
顔を赤らめて困惑する柊一を、中師は先程と同じように愛しげな眼差しで見つめて微笑んだ。
身体の弱かった柊一の母親は産後の肥立ちが悪く、柊一を出産して間もなく亡くなった。
柊一の父親は幼い我が子をこよなく愛して、最愛の妻を失ったショックからは立ち直ったが。
突然の事故で、呆気ない最期を遂げてしまった。
柊一の両親はどちらも親を早くに亡くしており、遠戚の者がいたらしいが結局葬儀にも顔を出さなかった事と、柊一の特異な体質の事などを考え、中師は柊一を手元に引き取ったのだった。
故に、柊一は自分の親の顔を写真でしか知らない。
柊一にとって、身内は親代わりの中師だけであったし、己の事を己以上に理解してくれる相手…でもあった。
「それで? カンナギ君との間は問題なく続いている………と理解して良いのかな?」
「問題なく………と言われると、ちょっと………」
「ほう。どこら辺に問題が?」
「……だから、つまり……その………神巫はイイヤツで、俺の…発作に付き合ってくれているというか……」
「カンナギ君は、キミとそんな付き合いをするのは本望じゃないのに、無理に付き合ってくれている……とか?」
「いえ………いや、どうかな? 俺には……神巫のコトは良く解らないから…」
「なるほど。……だが、カンナギ君の都合はこの際棚上げにして、現状のキミの身体的な都合から言えばそれは望ましいかもしれないね」
あからさまに嫌な顔をする柊一に、中師は口元を意識的に引き締めて頷いてみせる。
「医師として、キミの性別を現状のまま維持させておくのはあまり望ましい事じゃない。だが、外科的な手術を施して性別を統一させるには、キミの身体はあまりにも微妙でね」
「判ってますよ。…その話は、もう耳にタコが出来るほど聞かされましたから」
己の身体を疎ましく思っている柊一にしてみれば、外科的な治療を受ける事によって体内にある「不要な」器官を取り除ける物なら取り除いてしまいたいと切望している。
が、しかし。
柊一の体内にあるそれぞれの器官は、どちらも非常に未発達でありながら、同時にどちらも柊一の身体に同じくらいの影響を与えている。
その事を熟知している中師の結論は、どちらを取り除くにしても生命の危険がある…という物だった。
「これもまたキミ自身よく判っている事と思うが、キミの身体のホルモンバランスは実に微妙で繊細だ。身体に無理を強いるとすぐに体調が崩れてくるのは、それが原因になっている」
「ええ、それは良く解ってます」
「しかし、ここのところ調子は良い筈だよ。自覚はないみたいだが、駅で困窮したりした記憶は最近少ないんじゃないかな?」
「………どうでしょう? 数えているワケじゃないですから、はっきりしたコトは言えませんけど。……言われてみると、あまりなかったように思いますね」
「他人との性的接触がキミの身体にどういう影響を与えているのか……を、論理的に説明出来る訳じゃないが…。でも、今回の検査結果を見る限りではキミの身体のバランスを保つのに望ましい影響を与えている…と言えるんじゃないかな?」
「つまり………中師さんは医者として俺にセックスしてまわれ……と勧めている訳ですか?」
やや潔癖症とも言える柊一にしてみれば、中師の言葉は不快極まりない助言だと言える。
「不特定多数の相手とそうした交渉を持つ事は、あまり望ましい事ではないね。最近は悪い病気も流行っているようだし、第一そんな事をしてはキミの社会的信用にも関わってくるだろう。…まぁ、簡単に言うなら特定の誰か……つまり「恋人」と呼ぶべき相手を持って、結婚もしくは婚姻の誓約に等しい約束を交わす事だろうねぇ」
「バカバカしい! 本気で言ってるんですか?」
「非常に真面目な話をしているつもりだけどね」
「だって………俺はオスでもメスでもないんですよ? 伴侶を持てと言われても、一体どっちと付き合えって言うんですか?」
「少なくとも、今は男と付き合っているみたいだねぇ?」
「そりゃ、そうですけど! でも………俺は………、俺の身体は子供を産む事も産ませる事も出来ないって言ったの、中師さんじゃないですかっ!」
「だから?」
「だから………って、そんなヤツを相手に伴侶も何も………」
「キミは、ずいぶん変な事を言うねぇ?」
カルテをテーブルの上に置き、中師は深々と溜息を吐いた。
「キミの論理からすると、ガンに冒され外科手術で子宮を摘出されてしまった女性や、成年になった後に風疹にかかり無精子症になってしまった男性は、全て結婚の資格も恋愛の権利もなくなってしまう事になるよ?」
「だ………って………」
「全く本当に、キミは昔から頑固だったから、私が何回言った所でそう簡単に心情が変わるとは思ってないがね」
中師は言い負かされそうになっている子供のような顔で自分を睨みつけている柊一に向かって、半ば諦めの混じった諭すような声音で続けた。
「世の中の全ての人間は一人として同じじゃない。キミが自分のハンデだと思っている部分も、言葉を換えれば個性になる。キミがその個性を気に入るか気に入らないかは別にして、それとは一生付き合わなければならないんだ。いいかい? 棺桶に入って埋葬されるまで、必ずつきまとう事なんだよ? それをただ嫌っていては、己のマイナス要素にしか成り得ない。あるがままを受け入れる必要もないし、自慢して回れとも言ってない。ただ、もう少し割り切って考えたらいかがかな?」
「………………………」
黙り込んでしまった柊一に、中師は表情を崩してみせる。
「とりあえず、しばらくはそのカンナギ君との付き合いを続けてみるんだね。……まぁ、気が向いたら連れてきなさい。私も「花嫁の父」の心情が判るかもしれないからね」
「な……中師さん! やめてくださいよっ!」
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