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第27話
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突き飛ばされた多聞は、そのまま後ろにあった椅子もろともに倒れた。
加えられた力も、倒れた衝撃も、大した物ではなかったが。
しかし多聞は、しばらく起きあがりもせずに天井を眺めていた。
柊一の走り去っていく足音が消えた後は、ただ静寂だけが残っている。
長い溜息を吐くと、多聞はよろよろと身体を起こした。
自分と一緒にひっくり返った椅子を元の形に戻して、服に付いた埃を払う。
ディスプレイに表示されたままの柊一のプログラムに目をやり、多聞は起こした椅子に再び腰を降ろした。
繊細なプログラミングは、多聞の想像した世界を見事にビジュアル化している。
柊一のセンスは、まさに称賛に値する物だった。
マウスを手から離して、なにげなく自分の掌に目線を落とす。
柊一の体温が残っているような気がして、多聞はそっと己の手に口唇を寄せた。
自分の持っている感情を、柊一に告げようと思った事は無い。
それは、こんな感情を打ち明けられても、柊一にはひたすら迷惑にしかならないだろうと思っていたからだ。
しかし、オフィスで睦み合う柊一と神巫の姿を見かけたあの時から、多聞は酷い後悔に責め苛まれていた。
もし最初にこの感情を自覚した時、柊一に想いを告げる事が出来ていたら?
状況は全く変わって、今この腕に柊一を抱いていたのかもしれないのにと思うと、気も狂わんばかりだった。
別に出会った時から、柊一を異性同様の目つきで見ていた訳では無い。
夕刻、退社時間を調整しあい待ち合わせて食事をしに行ったあの頃は、まるで10代の学生同士がじゃれ合うような付き合いに過ぎなかった。。
いつから柊一を、こんなにも意識し始めたのか。
多聞自身にも、それは全く思い出せなかったが。
平素の落ち着いた所作と、不意に見せる少年のような表情とのギャップに、戸惑いながらも好感を抱き。
ちょっとした折りに見せる、匂い立つような色香に気付いた時から目が離せなくなった。
1人、夢想する中で睦みあい、柊一の身体を組み敷くような事も度々あったように思う。
だが、本当にこの気持ちを柊一に告白しなかったのは、なにより今のこのバランスを崩してしまう事を恐れたから。
全ては、己の意気地のなさが招いた事態だと、痛いほど自覚している。
そしてその弱さがますます余裕を失わせ、柊一に対する気遣いまでも失ってしまった。
もし本当に心底柊一のコトを思いやれるならば、どれほど狼狽えようと、今更柊一に心情を吐露するような馬鹿げた振る舞いに出たりはしなかった筈だ。
ましてや、あんな卑怯で最悪な方法で…。
しかし、柊一が自分以外の男の腕の中で悶え狂う様を、偶然とはいえ目の前で見せつけられ。
あまりのショックと動揺で、とにかく自分の平常心を保つだけでも必死だった。
誰にも知られずに終わった想いを自身の中で葬り去るまでは、出来るだけ柊一を避けておこうと思っていた。
だがそうした努力にも関わらず、柊一と2人きりの状況で。
あまつさえ柊一の口から、相手の男を賛美する言葉を聞かされた瞬間。
目の前が真っ赤に染まるほどの嫉妬に、理性は木っ端みじんに吹き飛んだ。
しかもそのきっかけが、唯一自分と柊一を結びつける「仕事であって仕事ではない」やりとりだったはずのプログラミングだった事も、感情が暴走する理由の一つになった。
駆け出しの若造が無遠慮に、自分と柊一との唯一の聖域に土足で踏みこんで来るような感覚。
そして柊一が相手を擁護するような台詞を口にするほど、その若造の所行を許しているように思えて。
激情した頭では、なに一つ冷静に考えられなくなり…。
そして柊一は走り去り、自分は全てを失ったのだ。
掌には、残り香さえ留まらず。
多聞は手を伸ばすと、溜息と共にシステムを終了させたのだった。
加えられた力も、倒れた衝撃も、大した物ではなかったが。
しかし多聞は、しばらく起きあがりもせずに天井を眺めていた。
柊一の走り去っていく足音が消えた後は、ただ静寂だけが残っている。
長い溜息を吐くと、多聞はよろよろと身体を起こした。
自分と一緒にひっくり返った椅子を元の形に戻して、服に付いた埃を払う。
ディスプレイに表示されたままの柊一のプログラムに目をやり、多聞は起こした椅子に再び腰を降ろした。
繊細なプログラミングは、多聞の想像した世界を見事にビジュアル化している。
柊一のセンスは、まさに称賛に値する物だった。
マウスを手から離して、なにげなく自分の掌に目線を落とす。
柊一の体温が残っているような気がして、多聞はそっと己の手に口唇を寄せた。
自分の持っている感情を、柊一に告げようと思った事は無い。
それは、こんな感情を打ち明けられても、柊一にはひたすら迷惑にしかならないだろうと思っていたからだ。
しかし、オフィスで睦み合う柊一と神巫の姿を見かけたあの時から、多聞は酷い後悔に責め苛まれていた。
もし最初にこの感情を自覚した時、柊一に想いを告げる事が出来ていたら?
状況は全く変わって、今この腕に柊一を抱いていたのかもしれないのにと思うと、気も狂わんばかりだった。
別に出会った時から、柊一を異性同様の目つきで見ていた訳では無い。
夕刻、退社時間を調整しあい待ち合わせて食事をしに行ったあの頃は、まるで10代の学生同士がじゃれ合うような付き合いに過ぎなかった。。
いつから柊一を、こんなにも意識し始めたのか。
多聞自身にも、それは全く思い出せなかったが。
平素の落ち着いた所作と、不意に見せる少年のような表情とのギャップに、戸惑いながらも好感を抱き。
ちょっとした折りに見せる、匂い立つような色香に気付いた時から目が離せなくなった。
1人、夢想する中で睦みあい、柊一の身体を組み敷くような事も度々あったように思う。
だが、本当にこの気持ちを柊一に告白しなかったのは、なにより今のこのバランスを崩してしまう事を恐れたから。
全ては、己の意気地のなさが招いた事態だと、痛いほど自覚している。
そしてその弱さがますます余裕を失わせ、柊一に対する気遣いまでも失ってしまった。
もし本当に心底柊一のコトを思いやれるならば、どれほど狼狽えようと、今更柊一に心情を吐露するような馬鹿げた振る舞いに出たりはしなかった筈だ。
ましてや、あんな卑怯で最悪な方法で…。
しかし、柊一が自分以外の男の腕の中で悶え狂う様を、偶然とはいえ目の前で見せつけられ。
あまりのショックと動揺で、とにかく自分の平常心を保つだけでも必死だった。
誰にも知られずに終わった想いを自身の中で葬り去るまでは、出来るだけ柊一を避けておこうと思っていた。
だがそうした努力にも関わらず、柊一と2人きりの状況で。
あまつさえ柊一の口から、相手の男を賛美する言葉を聞かされた瞬間。
目の前が真っ赤に染まるほどの嫉妬に、理性は木っ端みじんに吹き飛んだ。
しかもそのきっかけが、唯一自分と柊一を結びつける「仕事であって仕事ではない」やりとりだったはずのプログラミングだった事も、感情が暴走する理由の一つになった。
駆け出しの若造が無遠慮に、自分と柊一との唯一の聖域に土足で踏みこんで来るような感覚。
そして柊一が相手を擁護するような台詞を口にするほど、その若造の所行を許しているように思えて。
激情した頭では、なに一つ冷静に考えられなくなり…。
そして柊一は走り去り、自分は全てを失ったのだ。
掌には、残り香さえ留まらず。
多聞は手を伸ばすと、溜息と共にシステムを終了させたのだった。
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