ワーカホリックな彼の秘密

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第18話

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「チーフ、上がりますよ?」

 すっかり身支度を調えた青山が、柊一の傍に立った。

「お疲れ」

 一言返しただけで、柊一はディスプレイから目を離す事すらしない。
 仕事が逃避になってしまっているだけでなく、元々柊一は「ヒトに仕事を頼むぐらいなら、自分で片付けた方が納得がいく」性質をしているので、実のところ部下達がいなくなった後の時間が1番充実していたりする。
 その分「これから本腰」を入れようとしている矢先である為に、集中力もそちらに傾きがちになるから、返事もおざなりになってしまうのだ。
 青山と広尾は元々「中途採用」の転職組で、勤続年数は広尾の方が長いが歳はほぼ同じ程度である。
 対照的な性格ではあるが結構馬が合うらしく、プライベートでもそれなりの付き合いをしているらしい。
 どちらも現在の製作室にはなくてはならない人材であったし、柊一にとっては頼りになる部下達でもある。
 猪突猛進型の広尾に対して、青山は八方美人の機転が利くタイプで、どちらも柊一のプログラムセンスに畏敬の念を抱き、わざわざ柊一の元でプログラムをしたくてこの会社に転職してきている。
 反面、柊一の性格や行動パターンなども把握していて、場合によっては今朝のように少しふざけた忠告や揶揄などを仕掛けて来る事もあるし、今もまた呆れ顔で溜息を吐きつつどうしたものかと思案していた。

「チーフ」
「ん?」
「帰らないンですか?」
「あぁ、うん。帰るよ?」

 それでもなおこちらを振り返ろうとしない柊一に、青山は諦めたように肩に掛けていたバッグを降ろした。

「昨日も、そう言って深夜近くまで残ってたンでしょ?」
「ちょっとキリが悪くて、仕方なかったんだ」
「今もですか?」
「もう少しで目処が付くんだよ」
「シノさん……」

 敢えて「チーフ」と呼ばなかった青山の意図を感じて、柊一はようやくディスプレイから目を離して振り返る。

「残業時間を減らすように、取締役から注意を受けてるって言ってましたよね~? そー言ってるそばから、チーフが残業してたらしめしなんてつかないんじゃないんですか~?」
「解ってるって」

 ばつの悪い笑みを浮かべて、適当に青山のお小言をかわそうとするが。

「解ってないから言ってるんでしょ!」

 忠告を通り越して、青山の顔は完全に怒っていた。
 こうなってくると、もうどちらが上司かも判らない。
 実を言えば、柊一は部下に年中怒られる上司…なのである。
 仕事に関して言えば、良い意味で頑固だし、動物並みと松原にからかわれる程の勘の鋭さも持ち合わせていて、いざとなれば非常に頼りになるが。
 それが日常生活になると、途端にボロボロの穴だらけになる。
 仕事を逃避の材料にしてはいるが、元々「一旦没頭してしまうと周りはなにも見えなくなる」タイプなので、食事もしないで作業に従事ている事もしばしばだった。
 他人に頼るよりも自力でなんとかしてしまう傾向があるから、部下に無茶は言わない。
 日常では、時に靴の左右を間違えて気付かないようなポカを平気でやってみせる。
 1番問題なのは、柊一自身にそうした「天然素質」があるという自覚が全く無い事なのだった。
 その辺りのギャップの激しさに大概の人間は最初面食らうが、親しくなると好意的に思われる事の方が多い。
 もちろん青山もそういう柊一の人間的な魅力に好意を抱き、オーバーワークをしてしまいがちな柊一の身体を気遣ってくれているのだ。

「……ご……ごめんなさい」

 今もまた、そこのところでしょんぼりと頭を垂れつつ、嵐が過ぎ去るのを待つかのように上目遣いの柊一を前に、青山は笑いそうになってしまっている。

「んも~、しょーがないなぁ! 今日はどこまで仕上げてくつもりなんですか?」
「んん? ……広尾が仕上げたパズルゲームの動作確認と、レンに頼まれたテストシステムのプログラムを少しやって行こうかと……」
「プログラム! この時間から?」
「だって、昼間は集中してらんねェし、レンのテストシステムは半ばアイツの趣味みたいなモンだから俺以外のヤツにやらせるワケにいかないし……」

 相変わらず上目遣いのまま、ボソボソと言い訳がましい言葉を口にする柊一に、青山は思いっきり特大の溜息を吐く。

「もー2度と、俺はワーカホリックじゃないなんて言わせない!」
「だから~、俺は仕事中毒なんかじゃねェちゅーの!」
「そんな議論してるヒマがモッタイナイから! チーフは多聞サンに頼まれたつーのに取り掛かって下さい。ヒロの動作確認は俺がやりますから」
「えっ! バッカ帰れって!」
「チーフが徹夜するって解ってるのに、残して帰れと?」
「しねェちゅーの! 終電前には俺だって帰るつもりだよ!」
「ウソばっかり」
「なっ、テメェそこまで俺を信用しないかっ?」
「出~来~ま~せ~ん~!」
「動作確認もレンのテストシステムも、俺の仕事なんだから! タケシには関係ねェっつーの!」
「手伝わなかったら、終わらないでしょ!」

 ビシッと決めつけられて、柊一は思わず返す言葉もない。
 恨みがましい顔で上目遣いに青山の顔を見つめたまま、なんとか次の言い訳を見つけ出そうと必死になって考える。
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