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第9話
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「すっかり遅くなっちまったな」
戸締まりやら電源やらの始末をして社屋から外に出ると、人通りの絶えた様子がいかにもな時刻になっている事を示している。
「この時間だと、終電ギリギリですかねェ?」
「いや、まだ大丈夫だろう」
セキュリティと施錠を確認してから、2人は駅への道を辿る。
「こんな時間まで付き合わせるようなコトになって、悪かったな。……あんまり無理はするなよ?」
「な~にを仰いますか。俺は東雲サンと一緒なら残業もまた楽しデス」
「俺みたいな現場のチーフにおべっか使っても、ちっとも出世には繋がらないぞ」
「え~、本気なのに」
「それにしても、オマエ貧乏クジを引いたモンだなぁ? リメイクの仕事は手間を食うから、後で泣きを見なきゃいいけどな」
「まっさか! 俺はこの仕事を任せて貰えたコトを光栄に思ってますよ!」
「今だけだって」
「ひっどいなぁ~。俺は東雲サンの作ったプログラムを隅々までしっかり見られるヨロコビで、気分もテンションも最高なのに! 俺よりチーフの方が心配ですよ。結局あの後、俺の方をちょこちょこ面倒見てくれちゃたから、東雲サンの仕事ちっとも進んでなかったみたいだし。明日はちゃんと休んでくださいね?」
「あはは、神巫にそんなコト言われちゃなぁ。まぁ、オマエもゆっくり休んでくれ。…彼女とデートの約束とか、してないのか?」
「俺、彼女なんていませんよ?」
「昼に総務のオンナノコ達と食事に出ていたじゃないか? 付き合ってないにしろ、どっちかが目当てのコなんじゃないのか?」
「ああ、イブちゃんとキムちゃん? 彼女らはランチフレンドで、ガールフレンドじゃ無いッスよ?」
柊一の問いに、神巫はケロリとした顔で答えた。
「なんだそりゃ?」
「総務のオンナノコって社内の情報にスッゲー詳しいし、ランチの店とかも彼女らの方がツウだから。一緒に飯食うとそう言った情報のオコボレに預かれる…ってワケです。恋愛とか全く抜きの、ただの友達ッスよ」
サラッと返されて、柊一は自分と神巫の間に思わずジェネレーションギャップを感じてしまった。
ニックネームの件でかなり思う所があった後だけに、この神巫の発言はトドメになったと言っていいだろう。
社会人にとって10年の年齢差など「大したモノじゃない」と思っていたし、職種が職種なだけに同じ世代の人間と比較すると物の考え方などは子供っぽいと自覚していたつもりだったが。
こうなってくると、やはり自分も年齢を重ねてきているだけ、頭が固くなっているのかもしれないと思わざるをえない。
他愛のない会話を交わすうちに、2人は駅の改札に辿り着いた。
「じゃあ、良い週末を」
改札を抜けたところで、神巫は軽く会釈する。
「ああ、良い週末を」
それに応えを返して、柊一は神巫とは逆方向のホームに向かった。
階段を登り切り、時刻表を見上げる。
しばらく待たされる事を確認して、柊一は閑散としているベンチに腰を降ろした。
向かい側のホームに立つ、神巫の姿が見える。
こちらには気付いていないらしく、列車の来る方角に顔を向けていた。
その様子をぼんやりと眺めていると、不意に背筋にゾクリとした悪寒が走る。
『まずい』
それがいつもの「発作」の前触れである事を感じ取り、柊一は焦った。
疲労が溜まったり、過度のストレスに晒される事が原因だ…と、主治医には言われているのだが。
『そんなにキツいつもり、なかったんだけどな』
思っているよりも、身体は限界を超えていたらしい。
しかし今はそんな事よりも、1分1秒も早くここから移動しなければ。
前触れの後にやってくる「発作」の事を考えると、人目のある場所に居る訳にいかない。
ましてや、前触れの症状が酷くなれば身体の自由が利かなくなる。
ベンチから立ち上がり、柊一はとにかく駅の外に出て車を拾う事にした。
だが、立ち上がった瞬間に立ちくらみに似た貧血のような状態に陥り、再び同じ場所にへたり込んでしまう。
駅員に不審に思われて、救急車などを呼ばれてはますます事態は悪くなるだろう。
気が焦るばかりで、視界はどんどん狭まってくる。
自力で立ち上がる事もままならない状況に狼狽えて、それでも最後の気力を振り絞って柊一はもう1度立ち上がった。
狭まった視界のままどうにか階段までは歩んだが、降りる為の一歩を踏み出した瞬間にまるで奈落に堕ちるような感覚に襲われる。
遠ざかる意識の最後に、柊一は名を呼ばれたような気がした。
戸締まりやら電源やらの始末をして社屋から外に出ると、人通りの絶えた様子がいかにもな時刻になっている事を示している。
「この時間だと、終電ギリギリですかねェ?」
「いや、まだ大丈夫だろう」
セキュリティと施錠を確認してから、2人は駅への道を辿る。
「こんな時間まで付き合わせるようなコトになって、悪かったな。……あんまり無理はするなよ?」
「な~にを仰いますか。俺は東雲サンと一緒なら残業もまた楽しデス」
「俺みたいな現場のチーフにおべっか使っても、ちっとも出世には繋がらないぞ」
「え~、本気なのに」
「それにしても、オマエ貧乏クジを引いたモンだなぁ? リメイクの仕事は手間を食うから、後で泣きを見なきゃいいけどな」
「まっさか! 俺はこの仕事を任せて貰えたコトを光栄に思ってますよ!」
「今だけだって」
「ひっどいなぁ~。俺は東雲サンの作ったプログラムを隅々までしっかり見られるヨロコビで、気分もテンションも最高なのに! 俺よりチーフの方が心配ですよ。結局あの後、俺の方をちょこちょこ面倒見てくれちゃたから、東雲サンの仕事ちっとも進んでなかったみたいだし。明日はちゃんと休んでくださいね?」
「あはは、神巫にそんなコト言われちゃなぁ。まぁ、オマエもゆっくり休んでくれ。…彼女とデートの約束とか、してないのか?」
「俺、彼女なんていませんよ?」
「昼に総務のオンナノコ達と食事に出ていたじゃないか? 付き合ってないにしろ、どっちかが目当てのコなんじゃないのか?」
「ああ、イブちゃんとキムちゃん? 彼女らはランチフレンドで、ガールフレンドじゃ無いッスよ?」
柊一の問いに、神巫はケロリとした顔で答えた。
「なんだそりゃ?」
「総務のオンナノコって社内の情報にスッゲー詳しいし、ランチの店とかも彼女らの方がツウだから。一緒に飯食うとそう言った情報のオコボレに預かれる…ってワケです。恋愛とか全く抜きの、ただの友達ッスよ」
サラッと返されて、柊一は自分と神巫の間に思わずジェネレーションギャップを感じてしまった。
ニックネームの件でかなり思う所があった後だけに、この神巫の発言はトドメになったと言っていいだろう。
社会人にとって10年の年齢差など「大したモノじゃない」と思っていたし、職種が職種なだけに同じ世代の人間と比較すると物の考え方などは子供っぽいと自覚していたつもりだったが。
こうなってくると、やはり自分も年齢を重ねてきているだけ、頭が固くなっているのかもしれないと思わざるをえない。
他愛のない会話を交わすうちに、2人は駅の改札に辿り着いた。
「じゃあ、良い週末を」
改札を抜けたところで、神巫は軽く会釈する。
「ああ、良い週末を」
それに応えを返して、柊一は神巫とは逆方向のホームに向かった。
階段を登り切り、時刻表を見上げる。
しばらく待たされる事を確認して、柊一は閑散としているベンチに腰を降ろした。
向かい側のホームに立つ、神巫の姿が見える。
こちらには気付いていないらしく、列車の来る方角に顔を向けていた。
その様子をぼんやりと眺めていると、不意に背筋にゾクリとした悪寒が走る。
『まずい』
それがいつもの「発作」の前触れである事を感じ取り、柊一は焦った。
疲労が溜まったり、過度のストレスに晒される事が原因だ…と、主治医には言われているのだが。
『そんなにキツいつもり、なかったんだけどな』
思っているよりも、身体は限界を超えていたらしい。
しかし今はそんな事よりも、1分1秒も早くここから移動しなければ。
前触れの後にやってくる「発作」の事を考えると、人目のある場所に居る訳にいかない。
ましてや、前触れの症状が酷くなれば身体の自由が利かなくなる。
ベンチから立ち上がり、柊一はとにかく駅の外に出て車を拾う事にした。
だが、立ち上がった瞬間に立ちくらみに似た貧血のような状態に陥り、再び同じ場所にへたり込んでしまう。
駅員に不審に思われて、救急車などを呼ばれてはますます事態は悪くなるだろう。
気が焦るばかりで、視界はどんどん狭まってくる。
自力で立ち上がる事もままならない状況に狼狽えて、それでも最後の気力を振り絞って柊一はもう1度立ち上がった。
狭まった視界のままどうにか階段までは歩んだが、降りる為の一歩を踏み出した瞬間にまるで奈落に堕ちるような感覚に襲われる。
遠ざかる意識の最後に、柊一は名を呼ばれたような気がした。
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