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第8話
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忙しい1日は、気付けばもう定刻も過ぎている。
「チーフ、まだ続けます?」
声を掛けられ、柊一は顔を上げた。
気付けば、オフィスの中には自分と目の前に立つ神巫の2人きりになっている。
「え? あ、うん。ちょっとまだ切りが悪くて…な。先に上がって良いぞ」
「ええ~? 東雲サンってば一人残って、なんかヒミツのワザとか使うんですか?」
「なんだそりゃ?」
「あ~、誤魔化して! それとも新人なんかには、見せられない裏技とか?」
「無い、無い。地味に作業するだけだよ。ホントの仕事はゲームと違って、ショートカットも裏技もありゃしないって」
「ホントかな~? だってチーフってばいっつも一人で残って仕事して、朝になると昨日あんなに行き詰まってた仕事がケロッと解決してたりするじゃないッスか。俺は「東雲マジック」って銘々したんですけど」
「バッカ! そんなモンがあったら、昼間に使って夜は帰るよ」
笑いながら答えて、柊一は大きく伸びをした。
「ホントかなぁ~? でも、俺ももうちょっと煮詰めたいんでコーヒーでも煎れようかと思ってるんですけど、チーフも飲みます?」
「ああ、うん。…そうだな、頼むよ」
柊一の返事に神巫は人懐こい笑みを浮かべると、給湯室へ向かう。
その後ろ姿を見送って、柊一は一つ息を吐いた。
人が少ないので残業が多いのか、残業が多いから人が残らないのか。
製作室は社内でも「激務」と言われている部署である。
もっとも残業が多い理由の一つは、チーフである柊一の「ワーカホリック」の所為なのであるが、それに関しては柊一自身に自覚が無いので「手に負えない」というのが実情だった。
実際の所、柊一は部下が遅くまで残る事を好まず、20時を過ぎた辺りから積極的に帰宅を促してはいる。
しかしその反面、柊一は「部下の信頼が厚い」上司であった。
辛辣な物言いをしている青山はもちろん、広尾は柊一を「崇拝」しているから、チーフの「無茶な時間外労働」を気にかけている。
結果としてチーフと古参の2人が残る形になり、そうなると新しく配属された者が帰りにくくなるのは必定だったから、精神的にせよ物理的にせよ持たなくなって辞めていってしまうのだ。
慢性的に人数が足りないので、締め切り前になれば「徹夜も覚悟」の部署になり、現在では新しい人間を確保する事が難しくなっている傾向ある。
そうなれば、元々「処理しなければならない仕事はいくらでもある」現場であるから、好む好まざるに関わらず残業をせざるをえない……という、悪循環の繰り返しに填っていた。
「東雲サン、コーヒー入りましたよ」
「サンキュー」
柊一が紙コップを受け取ると、神巫は傍らの椅子を引いてきて背もたれに両腕を乗せるような格好で腰を降ろす。
「すまないな。こんな時間まで残らせるような事にしちまって」
「なにを仰いますか。俺自身がお願いして任せて貰った仕事ですから、やる気は満々ですよ! でも、チーフっていっつもこんな時間までやってるんですか? 俺、てっきり青山サンは大袈裟に言ってるだけだって思ったけど、あながちデマじゃなかったのかなぁ?」
「なんのコトだ?」
「チーフが超! 働き者だって話です」
神巫の指摘に、柊一は少し子供っぽい顔でムッと口唇を尖らせる。
「俺は、もう少しでこのプログラムが終わりそうだから残ってるだけだ」
「ホントかなぁ? 先輩達の話聞いてると、東雲サンはイザとなると自分でみんな引き受けちゃって、部下に仕事をさせないヒトだって言ってますよ?」
「バッカ、ホントにそんなコトしてたら、過労死してるって」
「ですよねェ?」
柊一の答えに、神巫が屈託なく笑う。
「終了予定時刻は、どの辺ですか?」
「うん? ああ………そうだな。まぁ、今日中には終わらない……かな」
チラリと見上げた時計は、既に11時を回っていた。
「解りました。じゃあ、俺の方もそのつもりで馬力かけて目処をつけたいと思います!」
「いいのか? せっかくの週末なのに」
「週末だからこそ利く無理もあるでしょう。それにやっぱりチーフのプログラムを見てると、こうなるにはまだまだ修行が足りないな~って痛感しますしね。あ、それに俺やっぱり自分の目でチーフが裏技使ってないかも確かめたいから」
「なんだそりゃ?」
呆れ顔で笑いながら、柊一はディスプレイに向かう。
「では、俺は隣に座らせて貰いま~す」
神巫は椅子にキチンと座り直すと、隣のマシンを起動した。
「チーフ、まだ続けます?」
声を掛けられ、柊一は顔を上げた。
気付けば、オフィスの中には自分と目の前に立つ神巫の2人きりになっている。
「え? あ、うん。ちょっとまだ切りが悪くて…な。先に上がって良いぞ」
「ええ~? 東雲サンってば一人残って、なんかヒミツのワザとか使うんですか?」
「なんだそりゃ?」
「あ~、誤魔化して! それとも新人なんかには、見せられない裏技とか?」
「無い、無い。地味に作業するだけだよ。ホントの仕事はゲームと違って、ショートカットも裏技もありゃしないって」
「ホントかな~? だってチーフってばいっつも一人で残って仕事して、朝になると昨日あんなに行き詰まってた仕事がケロッと解決してたりするじゃないッスか。俺は「東雲マジック」って銘々したんですけど」
「バッカ! そんなモンがあったら、昼間に使って夜は帰るよ」
笑いながら答えて、柊一は大きく伸びをした。
「ホントかなぁ~? でも、俺ももうちょっと煮詰めたいんでコーヒーでも煎れようかと思ってるんですけど、チーフも飲みます?」
「ああ、うん。…そうだな、頼むよ」
柊一の返事に神巫は人懐こい笑みを浮かべると、給湯室へ向かう。
その後ろ姿を見送って、柊一は一つ息を吐いた。
人が少ないので残業が多いのか、残業が多いから人が残らないのか。
製作室は社内でも「激務」と言われている部署である。
もっとも残業が多い理由の一つは、チーフである柊一の「ワーカホリック」の所為なのであるが、それに関しては柊一自身に自覚が無いので「手に負えない」というのが実情だった。
実際の所、柊一は部下が遅くまで残る事を好まず、20時を過ぎた辺りから積極的に帰宅を促してはいる。
しかしその反面、柊一は「部下の信頼が厚い」上司であった。
辛辣な物言いをしている青山はもちろん、広尾は柊一を「崇拝」しているから、チーフの「無茶な時間外労働」を気にかけている。
結果としてチーフと古参の2人が残る形になり、そうなると新しく配属された者が帰りにくくなるのは必定だったから、精神的にせよ物理的にせよ持たなくなって辞めていってしまうのだ。
慢性的に人数が足りないので、締め切り前になれば「徹夜も覚悟」の部署になり、現在では新しい人間を確保する事が難しくなっている傾向ある。
そうなれば、元々「処理しなければならない仕事はいくらでもある」現場であるから、好む好まざるに関わらず残業をせざるをえない……という、悪循環の繰り返しに填っていた。
「東雲サン、コーヒー入りましたよ」
「サンキュー」
柊一が紙コップを受け取ると、神巫は傍らの椅子を引いてきて背もたれに両腕を乗せるような格好で腰を降ろす。
「すまないな。こんな時間まで残らせるような事にしちまって」
「なにを仰いますか。俺自身がお願いして任せて貰った仕事ですから、やる気は満々ですよ! でも、チーフっていっつもこんな時間までやってるんですか? 俺、てっきり青山サンは大袈裟に言ってるだけだって思ったけど、あながちデマじゃなかったのかなぁ?」
「なんのコトだ?」
「チーフが超! 働き者だって話です」
神巫の指摘に、柊一は少し子供っぽい顔でムッと口唇を尖らせる。
「俺は、もう少しでこのプログラムが終わりそうだから残ってるだけだ」
「ホントかなぁ? 先輩達の話聞いてると、東雲サンはイザとなると自分でみんな引き受けちゃって、部下に仕事をさせないヒトだって言ってますよ?」
「バッカ、ホントにそんなコトしてたら、過労死してるって」
「ですよねェ?」
柊一の答えに、神巫が屈託なく笑う。
「終了予定時刻は、どの辺ですか?」
「うん? ああ………そうだな。まぁ、今日中には終わらない……かな」
チラリと見上げた時計は、既に11時を回っていた。
「解りました。じゃあ、俺の方もそのつもりで馬力かけて目処をつけたいと思います!」
「いいのか? せっかくの週末なのに」
「週末だからこそ利く無理もあるでしょう。それにやっぱりチーフのプログラムを見てると、こうなるにはまだまだ修行が足りないな~って痛感しますしね。あ、それに俺やっぱり自分の目でチーフが裏技使ってないかも確かめたいから」
「なんだそりゃ?」
呆れ顔で笑いながら、柊一はディスプレイに向かう。
「では、俺は隣に座らせて貰いま~す」
神巫は椅子にキチンと座り直すと、隣のマシンを起動した。
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