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第3話
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ほぼ必ず朝1番に出社する柊一は、製作室の機器類に電源を入れる事が最初の仕事だった。
部下のマシンも己もマシンも滞りなく立ち上がるか、ネットワークがいつも通りに繋がっているか、種々雑多な周辺機器のチェックをして全てが正常に動いているかを確かめる。
現場のチーフである柊一は、本来こういった下準備のような作業は「してはいけない」と新田や松原から言われているのだが。
しかし、実際の作業効率を考えると、それぞれの立場など棚上げにして出来る人間がやっておくに越した事はない…と柊一は考えている。
柊一にとって、他人から煩わされる時間が1分でも減る事の方がまず優先されるのだ。
部屋の1番奥にある柊一の席の袖机の上には、常に書類が山積みになっている。
企画室から回ってきた新規の書類。
営業から戻ってきたクレーム関係の書類。
現在進行中の指示書。
昨夜終了した時点での進行状況と予定表とのズレを確認し、今日これから出勤してくる部下達に渡す仕事の割り振りを決め、それから柊一はおもむろに自分のマシンの前に座った。
これから部下が出勤してくるまでの1時間程が、柊一がプログラミングだけに専念出来る貴重な時間なのだ。
他者の管理は上に立つ者の義務であると、柊一自身も考えているが、その反面やはり柊一が1番やり甲斐を感じるのはプログラミングそのものだし、柊一の理想とするゲームを造れるのは柊一以外には無いとも思っていた。
だから営業時間中とは別の、この朝のひとときが、自分にとって1番大事な時間なのだ。
「シノ、相変わらず早いな」
扉が開いて、営業の松原が顔を出す。
「なんだ、今朝はショーゴも随分早いな。先刻入り口ン所でレンにも会ったぞ」
「今日は午後から会議があるから、早めに飛び出て早めに帰って来なきゃならないんでな」
「あ……そうか、今日は定例会議の日か」
書類の山に埋もれている卓上カレンダーを手に取り、柊一は顔をしかめた。
「やっぱりな。どうせシノの事だから、忘れてンじゃねェかと思ったんだよ」
松原は少し意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「………もしかして、その為だけに顔出したのかよ?」
「他に用事があるとしたら、おはようの挨拶じゃん?」
幼なじみという間柄では、相手に対する気取りのようなものはほとんど無い。
「ちぇっ。どうもご苦労様! もう行っていいですよ!」
ふて腐れたように口唇を尖らせる柊一に、松原もまた子供っぽく、してやったりな顔をして見せた。
「松原サン、申し訳ありません。部屋に入らせて頂けますか?」
「お、スマン。じゃあなシノ、また後で」
松原が顔を引っ込めると、それに代わるように部下の一人である青山が部屋に入ってきた。
「おはようございます、チーフ」
「ああ、うん。おはよう」
上着を自分の椅子に置き、袖机の引き出しにカバンを納めてから、青山は柊一に歩み寄ってくる。
「相変わらず、毎朝早いッスねェ~」
それはどちらかというと「褒めている」とか「敬っている」と言うよりは、やや冷ややかに「呆れている」ような感情を含んだ声音だった。
「俺の代わりに青山が全部やってくれりゃ、俺もこんな時間に来なくて済むんだけどな」
答える柊一に、青山は肩を竦めて見せた。
「ご冗談を! 俺如きが伝説のプログラマーを使えるワケ無いでしょう?」
「なんじゃそりゃ?」
「だって、業界じゃ伝説になってるじゃないですか。チーフと企画の多聞サンが初めてリリースしたゲームは、無名の会社が発売したRPGとしてだけじゃなくて、当時の家庭向けゲームソフトでは考えられない売り上げを果たしたって。俺だってあのゲームをプレイした時は、ロールプレイングってこんなに奥が深いのかと感銘を受けましたからねェ」
「褒めてもなんにも出ないぞ」
「いーえ、褒めてません。ゲームには感銘を受けましたし、あの機種であの当時あそこまでプログラムを作り込んだチーフの手腕には感服しますけど、ワーカホリックには全然共鳴出来ませんから」
「誰がワーカホリックだよ?」
「先刻から、我が製作室のスーパーバイザーであるチーフのシノさんの話以外してませんけど?」
「オマエなぁ、俺はワーカホリックなんかじゃねェっちゅーの!」
「あ~あ、朝からまたやってる!」
扉が開き、製作室の最年少である神巫と古参の広尾が出勤してきた。
「タケシも朝からチーフに絡むの、やめとけって」
「フミアキこそ、神巫と一緒に出勤してくるなんて弛んでるよ~」
「もう、いいから。全員揃ったンなら今日の進行を説明するぞ」
わらわらと柊一のデスク周りに集まった部下を前に、柊一は仕事の説明を始めた。
部下のマシンも己もマシンも滞りなく立ち上がるか、ネットワークがいつも通りに繋がっているか、種々雑多な周辺機器のチェックをして全てが正常に動いているかを確かめる。
現場のチーフである柊一は、本来こういった下準備のような作業は「してはいけない」と新田や松原から言われているのだが。
しかし、実際の作業効率を考えると、それぞれの立場など棚上げにして出来る人間がやっておくに越した事はない…と柊一は考えている。
柊一にとって、他人から煩わされる時間が1分でも減る事の方がまず優先されるのだ。
部屋の1番奥にある柊一の席の袖机の上には、常に書類が山積みになっている。
企画室から回ってきた新規の書類。
営業から戻ってきたクレーム関係の書類。
現在進行中の指示書。
昨夜終了した時点での進行状況と予定表とのズレを確認し、今日これから出勤してくる部下達に渡す仕事の割り振りを決め、それから柊一はおもむろに自分のマシンの前に座った。
これから部下が出勤してくるまでの1時間程が、柊一がプログラミングだけに専念出来る貴重な時間なのだ。
他者の管理は上に立つ者の義務であると、柊一自身も考えているが、その反面やはり柊一が1番やり甲斐を感じるのはプログラミングそのものだし、柊一の理想とするゲームを造れるのは柊一以外には無いとも思っていた。
だから営業時間中とは別の、この朝のひとときが、自分にとって1番大事な時間なのだ。
「シノ、相変わらず早いな」
扉が開いて、営業の松原が顔を出す。
「なんだ、今朝はショーゴも随分早いな。先刻入り口ン所でレンにも会ったぞ」
「今日は午後から会議があるから、早めに飛び出て早めに帰って来なきゃならないんでな」
「あ……そうか、今日は定例会議の日か」
書類の山に埋もれている卓上カレンダーを手に取り、柊一は顔をしかめた。
「やっぱりな。どうせシノの事だから、忘れてンじゃねェかと思ったんだよ」
松原は少し意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「………もしかして、その為だけに顔出したのかよ?」
「他に用事があるとしたら、おはようの挨拶じゃん?」
幼なじみという間柄では、相手に対する気取りのようなものはほとんど無い。
「ちぇっ。どうもご苦労様! もう行っていいですよ!」
ふて腐れたように口唇を尖らせる柊一に、松原もまた子供っぽく、してやったりな顔をして見せた。
「松原サン、申し訳ありません。部屋に入らせて頂けますか?」
「お、スマン。じゃあなシノ、また後で」
松原が顔を引っ込めると、それに代わるように部下の一人である青山が部屋に入ってきた。
「おはようございます、チーフ」
「ああ、うん。おはよう」
上着を自分の椅子に置き、袖机の引き出しにカバンを納めてから、青山は柊一に歩み寄ってくる。
「相変わらず、毎朝早いッスねェ~」
それはどちらかというと「褒めている」とか「敬っている」と言うよりは、やや冷ややかに「呆れている」ような感情を含んだ声音だった。
「俺の代わりに青山が全部やってくれりゃ、俺もこんな時間に来なくて済むんだけどな」
答える柊一に、青山は肩を竦めて見せた。
「ご冗談を! 俺如きが伝説のプログラマーを使えるワケ無いでしょう?」
「なんじゃそりゃ?」
「だって、業界じゃ伝説になってるじゃないですか。チーフと企画の多聞サンが初めてリリースしたゲームは、無名の会社が発売したRPGとしてだけじゃなくて、当時の家庭向けゲームソフトでは考えられない売り上げを果たしたって。俺だってあのゲームをプレイした時は、ロールプレイングってこんなに奥が深いのかと感銘を受けましたからねェ」
「褒めてもなんにも出ないぞ」
「いーえ、褒めてません。ゲームには感銘を受けましたし、あの機種であの当時あそこまでプログラムを作り込んだチーフの手腕には感服しますけど、ワーカホリックには全然共鳴出来ませんから」
「誰がワーカホリックだよ?」
「先刻から、我が製作室のスーパーバイザーであるチーフのシノさんの話以外してませんけど?」
「オマエなぁ、俺はワーカホリックなんかじゃねェっちゅーの!」
「あ~あ、朝からまたやってる!」
扉が開き、製作室の最年少である神巫と古参の広尾が出勤してきた。
「タケシも朝からチーフに絡むの、やめとけって」
「フミアキこそ、神巫と一緒に出勤してくるなんて弛んでるよ~」
「もう、いいから。全員揃ったンなら今日の進行を説明するぞ」
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