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第2話
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連れだって歩いていた2人は、タイムカードをレコーダーに通してエレベーターに乗り込んだ。
「ヒッデェの。コレでも一応企画課のスーパーバイザーなんですけど? まぁ、鬼の営業に年中叱り飛ばされてたコトは認めますが」
「3日連続で重役出勤してりゃ、鬼じゃなくても怒るだろ」
「ええ~? だって俺ってば会社創設の重役だったよ~?」
「バッカ! 全員重役なんだから、立場は同じだろうが」
「あ~あ、せっかく肩書きが付いててもこう給料が上がらないんじゃ責任ばっかりおっ被さってきてちっともありがたみないよね~」
「そんなコトは、新田サンに言ってくれ」
起業後、多聞が温めていたゲームを柊一がプログラムして初のオリジナルゲームを発売したところ、松原の熱心な営業活動とインターネットなどの口コミ情報で予想以上の売り上げを記録して、会社は一気に急成長を遂げた。
結局、経理を担当している新田を名目上の「総取締役」に据え、それぞれが各部の責任者となって、賄い手弁当的なカラーを残しながらも「株式会社」となった。
「ショーゴさんに聞いた? この間の新作の売れ行き、結構良いらしいよ」
「アレはプログラムに手を焼いたからな。売れてくれなきゃ納得出来ねェよ」
「ええ~? あのシナリオは、自分で言うのもなんだけどかなりの自信作だったんだよ~? そんな渋い顔されちゃったら寂しいで~す」
「バッカ。レンが自信作だって言ってるヤツの方が、プログラムには手を焼くんだよ! まぁ、あの仕上がりはそんなに悪くない形になったと思うけどな」
「シノさんが悪くないっていうなら、それは上出来ってコトでしょ」
目があっただけで、電車で向かい側に座っていた子供を泣かすような多聞だが、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべると意外なほど好感度が上がる。
「褒めても、なんにも出ねェよ」
「お世辞じゃないのに」
実は柊一より1つ年下の多聞は、なにかにつけこうして鼻を鳴らして甘えてみせる。
既に30代の大の男がと思うが、しかし実のところ多聞がうち解けた態度を見せるのは会社の創立メンバーのみに限られていたし、甘えて鼻を鳴らす相手など唯一柊一に対してだけだ。
それが解っているから、多聞のそれを柊一は余計に好意的に受け取ってしまう。
「まぁ、自信作かどうかは別にして、レンの企画はウチの目玉だからな。こっちも手が抜けないぜ?」
「ん~、1つだけ不満があるとしたら、旧機種でのリリースってのがアレなんだけど」
「そりゃお互い様さ。処理速度もデータ積載量も古い方が誓約多いに決まってンだから」
ニイッと笑う柊一に、多聞もまた嬉しそうな顔をする。
現在ではそれぞれが「企画課」「製造課」のスーパーバイザーになってはいるし、この数年で増えた部下達もそれなりに磨かれてきてはいるが、結局のところ元は「己の理想を形にしたい」という志で独立を計った多聞と柊一は、こんな時間から出社してまでも、部下に煩わされずに仕事に没頭する時間を確保したいのだ。
特に日常生活を疎ましく感じている柊一にとって、他の全てを忘れていられる「プログラミング」という作業は、なににも代え難い魅力があった。
「あ、そうだ。ちょっと思いついたコトがあってさぁ! コレってプログラム出来そう?」
多聞は持っていたブリーフケースから数枚の絵コンテと説明書きの付いた書類を取り出し、差し出してくる。
受け取った柊一は歩きながらザッと目を通し、チラリと多聞の顔を見やった。
「相変わらず、発想力だけはとんでもねェなぁ。あんまり時間無いから、早々すぐには返事出来ないぞ?」
「半分は個人的な実験だから、そんなに急かしたりはしないよ~。ホントは自分でプログラミングすればいいんだけど、絶対シノさんがやった方が良くなるからさ」
「褒めてもなんにも出ねェっつってんだろ」
口先では素っ気なく答えながらも、内心では多聞の言葉が何より嬉しい柊一だった。
柊一は、多聞の才能を信じているし、称賛に値するものと思っている。
だからこそリスクを承知で多聞の誘いを受け、一緒に仕事を始めたのだ。
それほどに評価している相手からの賛美なのだから、嬉しくない訳はない。
柊一の心中を知ってか知らずか、多聞が言った。
「ところでシノさん、しばらくぶりに夕食一緒にどう?」
「何言ってんだよ。自称天才ゲームデザイナーさんの企画チームからバンバン仕事回ってくるんで、製作室は帰る時間も惜しいぐらいの状況なんだぞ? 悠長に飯なんか食ってられっか」
「いいじゃん、ちょっと抜け出すくらい。まがりなりにもチーフなんだしさ~」
「こ~んな面倒くさい画期的な新システムを手渡しておいて、抜け出して来いって言うかフツー?」
「チェ~、つれないの~。じゃあさ、一段落ついた時の製作の打ち上げに招待してよ。それならイイでしょ?」
「天才ゲームデザイナーさんは無茶ばっかり言うンで、製作じゃ嫌われ者だからな。来ていじめられても知らねェぞ」
「全く! シノさんはホンット意地が悪いよ。じゃあ嫌われ者は更に嫌われるべく、新たな企画を立てますよ~」
企画室の扉を開けて、多聞は不満そうに舌をベッと出して見せた。
「是非、名案をひねり出してくれよ。天才ゲームデザイナーさん」
「はぁい。じゃあ、熱血プログラマーさんも1日頑張って下さいませ」
「あいよ」
ややふざけた柊一の返事に多聞は嬉しそう笑い、扉の向こうに消える。
柊一はそのまま廊下を進んで、社屋の最深層にある「製作室」の扉を開けた。
「ヒッデェの。コレでも一応企画課のスーパーバイザーなんですけど? まぁ、鬼の営業に年中叱り飛ばされてたコトは認めますが」
「3日連続で重役出勤してりゃ、鬼じゃなくても怒るだろ」
「ええ~? だって俺ってば会社創設の重役だったよ~?」
「バッカ! 全員重役なんだから、立場は同じだろうが」
「あ~あ、せっかく肩書きが付いててもこう給料が上がらないんじゃ責任ばっかりおっ被さってきてちっともありがたみないよね~」
「そんなコトは、新田サンに言ってくれ」
起業後、多聞が温めていたゲームを柊一がプログラムして初のオリジナルゲームを発売したところ、松原の熱心な営業活動とインターネットなどの口コミ情報で予想以上の売り上げを記録して、会社は一気に急成長を遂げた。
結局、経理を担当している新田を名目上の「総取締役」に据え、それぞれが各部の責任者となって、賄い手弁当的なカラーを残しながらも「株式会社」となった。
「ショーゴさんに聞いた? この間の新作の売れ行き、結構良いらしいよ」
「アレはプログラムに手を焼いたからな。売れてくれなきゃ納得出来ねェよ」
「ええ~? あのシナリオは、自分で言うのもなんだけどかなりの自信作だったんだよ~? そんな渋い顔されちゃったら寂しいで~す」
「バッカ。レンが自信作だって言ってるヤツの方が、プログラムには手を焼くんだよ! まぁ、あの仕上がりはそんなに悪くない形になったと思うけどな」
「シノさんが悪くないっていうなら、それは上出来ってコトでしょ」
目があっただけで、電車で向かい側に座っていた子供を泣かすような多聞だが、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべると意外なほど好感度が上がる。
「褒めても、なんにも出ねェよ」
「お世辞じゃないのに」
実は柊一より1つ年下の多聞は、なにかにつけこうして鼻を鳴らして甘えてみせる。
既に30代の大の男がと思うが、しかし実のところ多聞がうち解けた態度を見せるのは会社の創立メンバーのみに限られていたし、甘えて鼻を鳴らす相手など唯一柊一に対してだけだ。
それが解っているから、多聞のそれを柊一は余計に好意的に受け取ってしまう。
「まぁ、自信作かどうかは別にして、レンの企画はウチの目玉だからな。こっちも手が抜けないぜ?」
「ん~、1つだけ不満があるとしたら、旧機種でのリリースってのがアレなんだけど」
「そりゃお互い様さ。処理速度もデータ積載量も古い方が誓約多いに決まってンだから」
ニイッと笑う柊一に、多聞もまた嬉しそうな顔をする。
現在ではそれぞれが「企画課」「製造課」のスーパーバイザーになってはいるし、この数年で増えた部下達もそれなりに磨かれてきてはいるが、結局のところ元は「己の理想を形にしたい」という志で独立を計った多聞と柊一は、こんな時間から出社してまでも、部下に煩わされずに仕事に没頭する時間を確保したいのだ。
特に日常生活を疎ましく感じている柊一にとって、他の全てを忘れていられる「プログラミング」という作業は、なににも代え難い魅力があった。
「あ、そうだ。ちょっと思いついたコトがあってさぁ! コレってプログラム出来そう?」
多聞は持っていたブリーフケースから数枚の絵コンテと説明書きの付いた書類を取り出し、差し出してくる。
受け取った柊一は歩きながらザッと目を通し、チラリと多聞の顔を見やった。
「相変わらず、発想力だけはとんでもねェなぁ。あんまり時間無いから、早々すぐには返事出来ないぞ?」
「半分は個人的な実験だから、そんなに急かしたりはしないよ~。ホントは自分でプログラミングすればいいんだけど、絶対シノさんがやった方が良くなるからさ」
「褒めてもなんにも出ねェっつってんだろ」
口先では素っ気なく答えながらも、内心では多聞の言葉が何より嬉しい柊一だった。
柊一は、多聞の才能を信じているし、称賛に値するものと思っている。
だからこそリスクを承知で多聞の誘いを受け、一緒に仕事を始めたのだ。
それほどに評価している相手からの賛美なのだから、嬉しくない訳はない。
柊一の心中を知ってか知らずか、多聞が言った。
「ところでシノさん、しばらくぶりに夕食一緒にどう?」
「何言ってんだよ。自称天才ゲームデザイナーさんの企画チームからバンバン仕事回ってくるんで、製作室は帰る時間も惜しいぐらいの状況なんだぞ? 悠長に飯なんか食ってられっか」
「いいじゃん、ちょっと抜け出すくらい。まがりなりにもチーフなんだしさ~」
「こ~んな面倒くさい画期的な新システムを手渡しておいて、抜け出して来いって言うかフツー?」
「チェ~、つれないの~。じゃあさ、一段落ついた時の製作の打ち上げに招待してよ。それならイイでしょ?」
「天才ゲームデザイナーさんは無茶ばっかり言うンで、製作じゃ嫌われ者だからな。来ていじめられても知らねェぞ」
「全く! シノさんはホンット意地が悪いよ。じゃあ嫌われ者は更に嫌われるべく、新たな企画を立てますよ~」
企画室の扉を開けて、多聞は不満そうに舌をベッと出して見せた。
「是非、名案をひねり出してくれよ。天才ゲームデザイナーさん」
「はぁい。じゃあ、熱血プログラマーさんも1日頑張って下さいませ」
「あいよ」
ややふざけた柊一の返事に多聞は嬉しそう笑い、扉の向こうに消える。
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