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宇宙の端、みたいな
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「……あっつい」
もはや何度言ったかわからない。午後七時を過ぎても気温は下がりきらず、湿気を蓄えた空気が息苦しい。駅から家へと歩いているだけなのに、ただでさえ少ない部活後のエネルギーはもう消えそうだ。
何か補給しないと、と顔を上げたタイミングで耳慣れた音がする。家まであと五分の距離だったが、吸い込まれるようにコンビニへと向かった。
耳慣れた音を聞きながら、帰路へと戻る。冷房でチャージされた体のまま、買ったばかりの水色の袋を開ければ、冷気が夜に溶けていく。冷やされすぎたアイスからは香りなんてしない。けれど蓄積された記憶が甘さを口内に蘇らせる。
ごくん、と唾を飲み、齧りつこうとした瞬間だった。
「いま帰り?」
振り返れば、別の高校に行った幼馴染がいた。
「そっちも?」
「俺は寄り道だけどな」
ああ、もうサッカーやってないんだっけ。ほんの数ヶ月前に聞いたことを思い出し、僅かに胸が軋む。
「部活帰りのアイスか」
いいな、と続けられた言葉に滲むのは懐かしさだった。
本当にもう別々の道にいるのだと実感する。
「ソーダ味? だよな」
答える前に勝手に確信して、「ひとくちちょーだい」と言ってくる。
「やらねーよ」
お前は部活帰りじゃないだろ、とアイスを庇うように背中を向けた。早く食べないと溶けてしまう。
「ひとくちだけ、だって」
肩に乗せられた手の熱さに、思わず振り向く。
一瞬で近づいた距離。濃くなった香り。あれ、と戸惑う間もなく
「ひとくちだけ」
と繰り返された言葉が残される。視界を落ちていく顔。アイスの棒を握った手に伝わる振動が、齧られたことを教える。
失ったカケラはもう戻らない。
こんなにも近いのに。手が届かないほど遠い。
ふ、と夏の風ではない空気の揺れが肌を撫でる。
「……溶けるよ」
さっきとは違う、小さな、けれど意識せずにはいられない声。たった数秒で変わってしまった音。引き寄せられるように視線を結べば、黒く丸い瞳の奥に知らない場所がある。宇宙の端、みたいな。
遠く、深く、どこまでも吸い込まれていく。
ああ、今日七夕だっけ。
視線ひとつ離せないのに、そんなことを思って。目の前の顔に心細さと期待を見つけて。天の川を挟んだあいつらもこんな顔してんのかな、なんて考えて。それなら今の俺もきっと同じなのだろうと気づいてしまう。
アイスではない、何かを求め、待っている。
「あのさ」
見たことのない世界、触れたことのない場所。
知らないから知りたくて、知らないから怖い。
それでも同時に踏み出せば、とんでもなく遠いところに行ってしまうのだとしても、戻れないほど深く沈んでしまうのだとしても、一緒にいられるはずで。
それなら、と踏み出したのは現実の足ではない。だってもう距離なんてない。ほんの少し顔を傾けただけで、きっと触れてしまう。
どくどくと脈打つ鼓動で耳を塞がれながら、言葉を紡ぐ。
「俺……」
続きを口にするより早く、耐えかねたアイスが、ボタッと落ちる。二人同時に下を向けば、近づき過ぎた額がぶつかった。
痛っ、と重なった声とは反対、体は反動で離れる。痛みと距離と、地面に落ちたカケラと呼ぶには大きすぎる塊が現実感を塗りたくる。
宇宙にはもう、いけないかもしれない。
「あー……」
二重に響く声が、ゆっくりと揺れ、弾み、いつもの馴染んだ空気を連れてくる。
「アイス、買い直してくるよ」
「え、でも」
「そしたら――さっきの続き、聞かせて」
またしても間近で囁かれ、ぶわりと体内で風が生まれる。熱くて熱くて苦しいのに、ちっとも嫌じゃない。宇宙の端もこんな感じなのだろうか、と思った。
ソーダ味ひとくちだけ、と噛りつく
宇宙の端で待ってるあなた
もはや何度言ったかわからない。午後七時を過ぎても気温は下がりきらず、湿気を蓄えた空気が息苦しい。駅から家へと歩いているだけなのに、ただでさえ少ない部活後のエネルギーはもう消えそうだ。
何か補給しないと、と顔を上げたタイミングで耳慣れた音がする。家まであと五分の距離だったが、吸い込まれるようにコンビニへと向かった。
耳慣れた音を聞きながら、帰路へと戻る。冷房でチャージされた体のまま、買ったばかりの水色の袋を開ければ、冷気が夜に溶けていく。冷やされすぎたアイスからは香りなんてしない。けれど蓄積された記憶が甘さを口内に蘇らせる。
ごくん、と唾を飲み、齧りつこうとした瞬間だった。
「いま帰り?」
振り返れば、別の高校に行った幼馴染がいた。
「そっちも?」
「俺は寄り道だけどな」
ああ、もうサッカーやってないんだっけ。ほんの数ヶ月前に聞いたことを思い出し、僅かに胸が軋む。
「部活帰りのアイスか」
いいな、と続けられた言葉に滲むのは懐かしさだった。
本当にもう別々の道にいるのだと実感する。
「ソーダ味? だよな」
答える前に勝手に確信して、「ひとくちちょーだい」と言ってくる。
「やらねーよ」
お前は部活帰りじゃないだろ、とアイスを庇うように背中を向けた。早く食べないと溶けてしまう。
「ひとくちだけ、だって」
肩に乗せられた手の熱さに、思わず振り向く。
一瞬で近づいた距離。濃くなった香り。あれ、と戸惑う間もなく
「ひとくちだけ」
と繰り返された言葉が残される。視界を落ちていく顔。アイスの棒を握った手に伝わる振動が、齧られたことを教える。
失ったカケラはもう戻らない。
こんなにも近いのに。手が届かないほど遠い。
ふ、と夏の風ではない空気の揺れが肌を撫でる。
「……溶けるよ」
さっきとは違う、小さな、けれど意識せずにはいられない声。たった数秒で変わってしまった音。引き寄せられるように視線を結べば、黒く丸い瞳の奥に知らない場所がある。宇宙の端、みたいな。
遠く、深く、どこまでも吸い込まれていく。
ああ、今日七夕だっけ。
視線ひとつ離せないのに、そんなことを思って。目の前の顔に心細さと期待を見つけて。天の川を挟んだあいつらもこんな顔してんのかな、なんて考えて。それなら今の俺もきっと同じなのだろうと気づいてしまう。
アイスではない、何かを求め、待っている。
「あのさ」
見たことのない世界、触れたことのない場所。
知らないから知りたくて、知らないから怖い。
それでも同時に踏み出せば、とんでもなく遠いところに行ってしまうのだとしても、戻れないほど深く沈んでしまうのだとしても、一緒にいられるはずで。
それなら、と踏み出したのは現実の足ではない。だってもう距離なんてない。ほんの少し顔を傾けただけで、きっと触れてしまう。
どくどくと脈打つ鼓動で耳を塞がれながら、言葉を紡ぐ。
「俺……」
続きを口にするより早く、耐えかねたアイスが、ボタッと落ちる。二人同時に下を向けば、近づき過ぎた額がぶつかった。
痛っ、と重なった声とは反対、体は反動で離れる。痛みと距離と、地面に落ちたカケラと呼ぶには大きすぎる塊が現実感を塗りたくる。
宇宙にはもう、いけないかもしれない。
「あー……」
二重に響く声が、ゆっくりと揺れ、弾み、いつもの馴染んだ空気を連れてくる。
「アイス、買い直してくるよ」
「え、でも」
「そしたら――さっきの続き、聞かせて」
またしても間近で囁かれ、ぶわりと体内で風が生まれる。熱くて熱くて苦しいのに、ちっとも嫌じゃない。宇宙の端もこんな感じなのだろうか、と思った。
ソーダ味ひとくちだけ、と噛りつく
宇宙の端で待ってるあなた
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