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しおりを挟む——それはいつからか、身についてしまった感覚。クセのようなもの。
何かに失敗した時、何かを間違えてしまった時、それは自分のせいなのだと、自分に責任があるのだと、いつも私は真っ先に自分を疑い、自分を責めた。他人のせいなのだとしても、他に原因があるのだとしても、私は頑なに自分が原因だと思い込んできた。そうする事で受ける叱責も痛みも私自身をひどく傷つけはしたけれど、同時に確かな『自分自身』を感じさせてくれ、それが嬉しくもあった。
——『これ』こそが、『私』なのだ、と。
だから、何かを成し遂げた時、何かを正しく導き出した時、『コレ』は自分ではない、と思ってしまう。『コレ』は私の姿を借りているだけで、中身は別人なのだから、私が喜ぶべきものでも、私が表彰されるべきものでもない、そう思ってしまうのだ。
そして、それは私だけが思っていることでは決してなく、私の周りにいる人もきっと、同じなのだ。
——失敗をする出来の悪い私が本当の私であり、誰もが認めるような出来のいい私は本当の私ではない。
——不幸になるのが私で、幸せになるのは私ではない誰か。
どんなに努力をしても、その結果が報われなければ私の努力不足。努力の結果、いい成績が得られたなら、それは私の努力以外のものが働いたから。
——何が正しくて、何が間違いであるのか。その全てを私は私自身とそれ以外でしか測る事ができない。誰にも正解などわからないのに。私の中の境界線など誰も知らないはずなのに。
それでも、私も、私以外の他人も言うのだ。「だって、それは——でしょう?」と。
通り過ぎていく風景に頭を乗せると、電車の振動が体の奥まで震わせるように伝わってきた。ガタガタと響くのに合わせてわずかに作り出される頭痛は決して心地よいものではなかったが、それでも私はそこから動けなかった。
逃げるように飛び出してきたからだろうか、拳を当てて押さえ込んでも、私の心臓は激しく音を響かせている。行き先も確かめずに飛び込んだ車内にかかる暖房が走り続けて頬を赤くした私にさらに熱を加えようとする。けれど、ジワリと浮かんだ額の汗が、走ってきたからでも、暖房が熱いからでもなく、身体中から発せられる警報によるものであることを私は知っている。握りしめた指先は体温が感じられないほど冷え切っている。
「……っ、」
土曜日の早朝、飛び込んだ車両は空っぽだった。私は唇の先を噛み締めながらも漏れてしまう嗚咽を静かな車内に少しだけ解き放つ。かけることさえしていなかったコートのボタンを握りしめ、口を寄せる。ふわりと舞うのは自分の家とは違う匂い。その優しい匂いに、簡単に蘇ってしまう記憶に、私の視界は一気にぼやけ始める。両目から発せられる熱にそのまま溶け出すような感覚だった。
「……う、うぅ」
幸せだった。幸せだったのだ。他に何も考えられなくなるくらい、幸せで、幸せで……離したくなかった。離れたくなかった。あの大きな腕に包まれて、このまま永遠に朝なんか来なくてもいい、あの部屋を出られなくても、雨が止まなくても、そんなこともうどうでもいい、そう思えるくらいに私は幸せだったのだ。
受け入れてもらえたのだと、そのままの私ごと認めてもらえたのだと、そう思えて、触れる熱が、肌をなぞる体温が、その全部が愛しくてたまらなかった。
——生まれてきてよかったのだと、これは間違いではなかったのだと、そう思えたのに。
「!」
「急停車します」
突然流れた機械的なアナウンスとともに一瞬体が傾くほどの強い揺れを残して、景色が止まった。
「……?」
捕まっていた手すりを頼りにバランスを取り戻した私は、ぐるりと車内を見渡す。そんな私の動きについていけなかったのか、収まりきれていなかったスマホがコートのポケットから滑り落ちた。とっさに伸ばした手の上、一度だけ弾ませながらもどうにか大きな画面を両手で受け止めた私は、真っ暗だった長方形がわずかに光を放っていることに気づいた。
「!」
急いで手の中でスマホをひっくり返す。明るくなった画面の中央に表示されたのはドラッグストアのクーポンメールの通知だった。
「……」
思わずため息が漏れる。
——一体、何を期待したのだろうか。
扉が閉じる、その一瞬、自分から飛び出したくせに私は振り返っていた。この匂いの先、雨の音が遠くに聞こえる部屋の奥、まだ夢の中にいるであろう、その姿を想像していた。もう二度と戻ることはできないとわかりながらも、それでも自分の意識が引っ張られてしまうのを止めることはできなかった。
——だけど、そうだった。
期待なんてするまでもなかった。
だって、私は常盤さんの連絡先なんて知らない。
常盤さんだって私の連絡先なんて知るわけがないのだ。
「……そんな、程度だったのに」
私の小さな声は再び車内に流れた「電車が動きます。ご注意ください」という静かな声にかき消された。
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