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8.誰かではない
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アラームではなく、着信音で目が覚めた。枕元へと手を伸ばすが、明るくなった画面に着信を示すものは何もない。
「百瀬、ケータイ、鳴ってる」
ベッドの上から声をかければ、丸まっていた背中が一瞬で伸びる。「すみません!」と床に転がっていたスマートフォンを手に取り、その場で正座する。あまりにも素早い動きに驚いていると、
「お世話になっております」
百瀬が仕事の表情になった。取引先だろうか。土曜日なのに? 訝しんでいると、今度は百瀬のカバンから振動音が響く。
百瀬が口パクで「社用です」と伝えてくる。外ポケットに入っていたそれを取り出せば、画面には木崎の名前が出ていた。
「……おはようございます。津島です。すみません、百瀬はべつの電話に出ていて」
「――今から会社に来るよう伝えて」
「何かトラブルですか」
「来ればわかる」
そう言うと木崎は一方的に通話を終了させた。こちらの都合など確かめもせず。
「来ればわかるって……」
自分も行くべきだろうか。内容がわからないので判断できない。
「津島さん」
通話を終えた百瀬が、声に緊張を滲ませる。
「ファンゲームの中村さんからだったんですけど」
半分以上ライトが落とされたフロアを歩く。新入社員研修や株主総会の準備などが重なるこの時期、休日出勤するのは人事部と総務部がほとんどだ。その奥に三課の島がある。百瀬と二人で木崎の席へと向かえば、挨拶もなく簡潔に状況を説明される。
「配送中にグッズの一部が破損した」
「配送トラブルですか」
「そうだ。使った業者が悪かった。うちの指定業者じゃない。案内はどうなってる?」
搬入には指定業者を使ってもらい、営業所から一括で運び入れることになっている。
「案内には記載してありますが」
「確認は入れなかったのか」
被せるように尋ねられ、言葉に詰まる。ほかの企業を含め、そこまでの確認はしていない。だが、ファンゲームはイベント自体が初参加だ。それを踏まえた上でのフォローが必要だったということだろう。
「――す」
「すみません。自分が言うべきでした」
俺が頭を下げるより早く、百瀬が大きな体を勢いよく曲げた。確かに百瀬なら言う機会はあっただろう。ファンゲームからの連絡は常に百瀬宛てだった。でも、きっとそれは俺のせいでもある。
「すみません。俺が確認するべきでした」
求められていなくても、担当者であることに変わりはない。それなのに俺は、相手の都合に合わせるだけで自分からは動かず、必要なフォローを見逃した。
「起きたことは仕方ない。大事なのは明日のイベントをどうするか。破損は三分の一程度らしい」
「無事なのは三分の二……。と言っても、ファンゲームさんはもともとの数量が少ないですよね。いっそゲームの景品として使うのは……無理ですよね。物販情報出てますし」
「物販として見込んだ利益もゼロになるしな」
「破損したものは使えないですよね。品質にはこだわっているでしょうし」
「そうだな」
目の前を過ぎていく会話。聞くことしかできない自分。このトラブルをどうすべきか考えなくてはならないのに、言葉は何も出てこない。
中村さんが相談したのは木崎と百瀬で、木崎が呼んだのは百瀬で。俺は初めから頼りにされてすらいない。俺がここにいることを望むひとなんて誰もいないし、俺の意見なんて必要ないのかもしれない。
でも、だからといって投げ出していいわけじゃない。与えられるのを、誰かの答えを待っているからダメなんだ。ここにいる意味は自分で作るしかない。
そっと息を吸い込み、考えを組み立てる。品質へのこだわり。リアリティの追及。明日までに取れる手段。うちだからできること。うちにしかできないこと……。
「――うちで補修しましょう」
「補修?」
「破損を活かした補修にするんです。修理スペースで行うのは可能ですよね。それに」
「津島」
説明を遮った木崎が電話へと視線を向ける。
「中村さん、説得しろ。責任は俺が取る」
デザインから販売まで全工程を自社で行っているところだ。誰かの手が入ることをよくは思わないだろう。でも、それだけこだわる意味は百瀬が教えてくれた。
「――やってみます」
信頼には届かなくても。誰かの意見ではない、自分の言葉で今度こそ伝えたい。それが今の俺にできる『津島にしかできないこと』だと思うから。
呼び出し音は二回で途切れる。名前を告げれば、中村さんの声がわずかに強張った。期待していた相手ではないというのが伝わってくる。それでも、もう逃げたくない。
「破損した商材ですが、弊社で補修させていただけないでしょうか」
「補修程度でどうにかなる問題では」
「補修はあくまでケガなどの事故を防ぐためのものです」
「それではうちの商品として出せません」
「ええ、『ファンゲームのグッズを弊社が補修したもの』になります。ですが、今回のグッズであれば、リアリティの追及という方向になるのではないでしょうか」
「今回の……」
「はい、今回のゲームの特性です。それと、補修分についてはこちらですべて買い取り致します。修理スペースの宣伝になりますので」
「――なるほど」
表情は見えない。吹き出しを確かめることはできない。それでも伝わってくる。中村さんがこちらの言葉を真剣に受け止めてくれているのが。見えるかどうかじゃない。大事なのは、相手をわかりたいと思うかどうかだ。
「どうでしょうか」
「わかりました。……本物のゾンビらしく仕上げてくださいね」
通話が切れると同時、肩から力が抜ける。早く報告しなくては、と顔を上げれば、二人とも電話中だった。ちょうど受話器を置いた百瀬と目が合う。
「お疲れ様です。担当者にはもう連絡済みです」
「え?」
「津島さんが話し始めたタイミングで『関係各所に連絡しろ』って課長が。津島さんなら説得できるって、確信していたみたいです」
木崎へと視線を向ければ、業務中にしては珍しく口元が笑ったように見えた。
押し慣れた自動販売機のボタンに触れる。木崎に「コーヒー買ってきて」と言われ、百瀬と休憩室に来た。二人で、とわざわざ付け足したのは「休憩しろ」という意味だろう。
「あれ、津島じゃん」
「お疲れ様です」
ガラス扉を開いたのは総務の畑中先輩だった。百瀬も「お疲れ様です」と挨拶する。
「そっちも休日出勤なの?」
隣の自動販売機に立ち、振り向くことなく尋ねられる。
「もう解決しましたが、ちょっとトラブルがありまして」
「そうなんだ」
話を振ってきたわりに興味のなさそうな相槌だった。早くコーヒーできないかな。百瀬の手にある紙コップはまだひとつだ。
「津島、優秀だもんな」
そんな、と答えるより早く言葉が続く。
「詳しく説明しなくても理解できるし、言いたいこと汲み取るのが早いし、ほんと手のかからない後輩だったわ」
褒めてはいない。声に滲むのはそんな温かな感情ではない。吹き出しなんて見なくてもわかる。
「畑中さんの教え方がよかったからですよ」
ランプが灯るのと同時に扉を開け、百瀬に手渡せば、空気を読んだのか「先に戻りますね」と出ていく。
新しくセットされた紙コップにコーヒーはまだ落ちてこない。
「頭の中見られてるみたいで、気持ち悪かったけど」
わずかに変化した声。顔を向ければ、今日初めて目が合い、吹き出しが作られる。
――なんでお前なんだよ。
「まー、もしそんな能力あったら、三課に行ってたのは俺だったかもな」
明るく笑いを含ませた声だが、目は笑っていない。頭上には『俺が企画に行きたかったのに』と浮かんでいる。
「津島は企画、行きたかったの?」
射貫くような視線を向けられ、言葉が喉に詰まる。自分で望んだわけじゃなかった。企画に行きたいなんて思ったこともなかった。
「行きたくなかったのに選ばれちゃった?」
――どうして自分なのかと思った。経験はない。企画は通らない。取引先の信頼も得られない。ちっとも自分には合っていない。ずっと苦しいだけで、いいことなんてひとつもなかった。
「そんな苦しそうな顔するならさ、今からでも俺と変わる? 津島も総務に戻りたいんじゃない?」
総務に戻ったら、きっとこの苦しさからは逃れられる。周りの望む自分になれる。上手く立ち回れる。三課のみんなもそれを望んでいるのかもしれない。――でも、俺はもう「誰か」の望む自分でいたくない。
俺がいたいと思う場所は俺が決める。
「いえ、僕は」
「それはできないな」
声が重なると同時、風が流れてくる。木崎は注ぎ終わっていたコーヒーを取り出し、俺に手渡した。指先からじわりと熱が滲み込む。
「俺が津島を手放すつもりないから」
「津島のことすごく買ってるんですね。……もともと知り合いだった、とか?」
木崎が着任したのはこの四月で、俺以外は企画に関係のある部署から集められている。何か理由があると考えるのは自然なことだった。出身大学なんて調べればすぐにわかる。木崎は躊躇いなく「そうだけど」と答えた。
「なんだ、そういうことか」
畑中先輩が木崎ではなく、俺を見る。
「――ズルいな」
落とされた言葉に、吹き出しを見ることすらできない。重りを沈められたかのように体が動かなくなる。否定なんてできない。他人ができないことをできてしまう自分は――心が読めてしまう俺は、ずっと「ズル」をしている。ズルをして信頼をもらい、ズルをして関係を築き、ズルをして自分を作っている。
「ズルい、か。俺が会長の孫だっていうのもズルだと思う?」
「それは」
「能力、家柄、環境……『普通』じゃない、というのが『ズル』だとして、それだけで全部うまくいくとでも?」
木崎は表情を変えることなく、淡々と言葉を紡いでいく。
「特別な何かを持っていても、ただ持っているだけで特別になれるわけじゃない。今の俺があるのは、俺が動いた結果だし、今の君も、君が今までやってきた結果だろう。津島が今三課にいるのだって、俺と知り合いだったというだけじゃない」
「じゃあ、津島を選んだ理由は何ですか」
「津島ほど周りが見えるやつを俺は知らない」
表情も声も変わらないのに。木崎の言葉が、俺の内側に熱を広げ、重りを掬い取る。
「一緒に働いたことがある人間なら、知ってると思ったけど」
君は違うの? 落とされた言葉に、畑中先輩は何も答えなかった。
「百瀬、ケータイ、鳴ってる」
ベッドの上から声をかければ、丸まっていた背中が一瞬で伸びる。「すみません!」と床に転がっていたスマートフォンを手に取り、その場で正座する。あまりにも素早い動きに驚いていると、
「お世話になっております」
百瀬が仕事の表情になった。取引先だろうか。土曜日なのに? 訝しんでいると、今度は百瀬のカバンから振動音が響く。
百瀬が口パクで「社用です」と伝えてくる。外ポケットに入っていたそれを取り出せば、画面には木崎の名前が出ていた。
「……おはようございます。津島です。すみません、百瀬はべつの電話に出ていて」
「――今から会社に来るよう伝えて」
「何かトラブルですか」
「来ればわかる」
そう言うと木崎は一方的に通話を終了させた。こちらの都合など確かめもせず。
「来ればわかるって……」
自分も行くべきだろうか。内容がわからないので判断できない。
「津島さん」
通話を終えた百瀬が、声に緊張を滲ませる。
「ファンゲームの中村さんからだったんですけど」
半分以上ライトが落とされたフロアを歩く。新入社員研修や株主総会の準備などが重なるこの時期、休日出勤するのは人事部と総務部がほとんどだ。その奥に三課の島がある。百瀬と二人で木崎の席へと向かえば、挨拶もなく簡潔に状況を説明される。
「配送中にグッズの一部が破損した」
「配送トラブルですか」
「そうだ。使った業者が悪かった。うちの指定業者じゃない。案内はどうなってる?」
搬入には指定業者を使ってもらい、営業所から一括で運び入れることになっている。
「案内には記載してありますが」
「確認は入れなかったのか」
被せるように尋ねられ、言葉に詰まる。ほかの企業を含め、そこまでの確認はしていない。だが、ファンゲームはイベント自体が初参加だ。それを踏まえた上でのフォローが必要だったということだろう。
「――す」
「すみません。自分が言うべきでした」
俺が頭を下げるより早く、百瀬が大きな体を勢いよく曲げた。確かに百瀬なら言う機会はあっただろう。ファンゲームからの連絡は常に百瀬宛てだった。でも、きっとそれは俺のせいでもある。
「すみません。俺が確認するべきでした」
求められていなくても、担当者であることに変わりはない。それなのに俺は、相手の都合に合わせるだけで自分からは動かず、必要なフォローを見逃した。
「起きたことは仕方ない。大事なのは明日のイベントをどうするか。破損は三分の一程度らしい」
「無事なのは三分の二……。と言っても、ファンゲームさんはもともとの数量が少ないですよね。いっそゲームの景品として使うのは……無理ですよね。物販情報出てますし」
「物販として見込んだ利益もゼロになるしな」
「破損したものは使えないですよね。品質にはこだわっているでしょうし」
「そうだな」
目の前を過ぎていく会話。聞くことしかできない自分。このトラブルをどうすべきか考えなくてはならないのに、言葉は何も出てこない。
中村さんが相談したのは木崎と百瀬で、木崎が呼んだのは百瀬で。俺は初めから頼りにされてすらいない。俺がここにいることを望むひとなんて誰もいないし、俺の意見なんて必要ないのかもしれない。
でも、だからといって投げ出していいわけじゃない。与えられるのを、誰かの答えを待っているからダメなんだ。ここにいる意味は自分で作るしかない。
そっと息を吸い込み、考えを組み立てる。品質へのこだわり。リアリティの追及。明日までに取れる手段。うちだからできること。うちにしかできないこと……。
「――うちで補修しましょう」
「補修?」
「破損を活かした補修にするんです。修理スペースで行うのは可能ですよね。それに」
「津島」
説明を遮った木崎が電話へと視線を向ける。
「中村さん、説得しろ。責任は俺が取る」
デザインから販売まで全工程を自社で行っているところだ。誰かの手が入ることをよくは思わないだろう。でも、それだけこだわる意味は百瀬が教えてくれた。
「――やってみます」
信頼には届かなくても。誰かの意見ではない、自分の言葉で今度こそ伝えたい。それが今の俺にできる『津島にしかできないこと』だと思うから。
呼び出し音は二回で途切れる。名前を告げれば、中村さんの声がわずかに強張った。期待していた相手ではないというのが伝わってくる。それでも、もう逃げたくない。
「破損した商材ですが、弊社で補修させていただけないでしょうか」
「補修程度でどうにかなる問題では」
「補修はあくまでケガなどの事故を防ぐためのものです」
「それではうちの商品として出せません」
「ええ、『ファンゲームのグッズを弊社が補修したもの』になります。ですが、今回のグッズであれば、リアリティの追及という方向になるのではないでしょうか」
「今回の……」
「はい、今回のゲームの特性です。それと、補修分についてはこちらですべて買い取り致します。修理スペースの宣伝になりますので」
「――なるほど」
表情は見えない。吹き出しを確かめることはできない。それでも伝わってくる。中村さんがこちらの言葉を真剣に受け止めてくれているのが。見えるかどうかじゃない。大事なのは、相手をわかりたいと思うかどうかだ。
「どうでしょうか」
「わかりました。……本物のゾンビらしく仕上げてくださいね」
通話が切れると同時、肩から力が抜ける。早く報告しなくては、と顔を上げれば、二人とも電話中だった。ちょうど受話器を置いた百瀬と目が合う。
「お疲れ様です。担当者にはもう連絡済みです」
「え?」
「津島さんが話し始めたタイミングで『関係各所に連絡しろ』って課長が。津島さんなら説得できるって、確信していたみたいです」
木崎へと視線を向ければ、業務中にしては珍しく口元が笑ったように見えた。
押し慣れた自動販売機のボタンに触れる。木崎に「コーヒー買ってきて」と言われ、百瀬と休憩室に来た。二人で、とわざわざ付け足したのは「休憩しろ」という意味だろう。
「あれ、津島じゃん」
「お疲れ様です」
ガラス扉を開いたのは総務の畑中先輩だった。百瀬も「お疲れ様です」と挨拶する。
「そっちも休日出勤なの?」
隣の自動販売機に立ち、振り向くことなく尋ねられる。
「もう解決しましたが、ちょっとトラブルがありまして」
「そうなんだ」
話を振ってきたわりに興味のなさそうな相槌だった。早くコーヒーできないかな。百瀬の手にある紙コップはまだひとつだ。
「津島、優秀だもんな」
そんな、と答えるより早く言葉が続く。
「詳しく説明しなくても理解できるし、言いたいこと汲み取るのが早いし、ほんと手のかからない後輩だったわ」
褒めてはいない。声に滲むのはそんな温かな感情ではない。吹き出しなんて見なくてもわかる。
「畑中さんの教え方がよかったからですよ」
ランプが灯るのと同時に扉を開け、百瀬に手渡せば、空気を読んだのか「先に戻りますね」と出ていく。
新しくセットされた紙コップにコーヒーはまだ落ちてこない。
「頭の中見られてるみたいで、気持ち悪かったけど」
わずかに変化した声。顔を向ければ、今日初めて目が合い、吹き出しが作られる。
――なんでお前なんだよ。
「まー、もしそんな能力あったら、三課に行ってたのは俺だったかもな」
明るく笑いを含ませた声だが、目は笑っていない。頭上には『俺が企画に行きたかったのに』と浮かんでいる。
「津島は企画、行きたかったの?」
射貫くような視線を向けられ、言葉が喉に詰まる。自分で望んだわけじゃなかった。企画に行きたいなんて思ったこともなかった。
「行きたくなかったのに選ばれちゃった?」
――どうして自分なのかと思った。経験はない。企画は通らない。取引先の信頼も得られない。ちっとも自分には合っていない。ずっと苦しいだけで、いいことなんてひとつもなかった。
「そんな苦しそうな顔するならさ、今からでも俺と変わる? 津島も総務に戻りたいんじゃない?」
総務に戻ったら、きっとこの苦しさからは逃れられる。周りの望む自分になれる。上手く立ち回れる。三課のみんなもそれを望んでいるのかもしれない。――でも、俺はもう「誰か」の望む自分でいたくない。
俺がいたいと思う場所は俺が決める。
「いえ、僕は」
「それはできないな」
声が重なると同時、風が流れてくる。木崎は注ぎ終わっていたコーヒーを取り出し、俺に手渡した。指先からじわりと熱が滲み込む。
「俺が津島を手放すつもりないから」
「津島のことすごく買ってるんですね。……もともと知り合いだった、とか?」
木崎が着任したのはこの四月で、俺以外は企画に関係のある部署から集められている。何か理由があると考えるのは自然なことだった。出身大学なんて調べればすぐにわかる。木崎は躊躇いなく「そうだけど」と答えた。
「なんだ、そういうことか」
畑中先輩が木崎ではなく、俺を見る。
「――ズルいな」
落とされた言葉に、吹き出しを見ることすらできない。重りを沈められたかのように体が動かなくなる。否定なんてできない。他人ができないことをできてしまう自分は――心が読めてしまう俺は、ずっと「ズル」をしている。ズルをして信頼をもらい、ズルをして関係を築き、ズルをして自分を作っている。
「ズルい、か。俺が会長の孫だっていうのもズルだと思う?」
「それは」
「能力、家柄、環境……『普通』じゃない、というのが『ズル』だとして、それだけで全部うまくいくとでも?」
木崎は表情を変えることなく、淡々と言葉を紡いでいく。
「特別な何かを持っていても、ただ持っているだけで特別になれるわけじゃない。今の俺があるのは、俺が動いた結果だし、今の君も、君が今までやってきた結果だろう。津島が今三課にいるのだって、俺と知り合いだったというだけじゃない」
「じゃあ、津島を選んだ理由は何ですか」
「津島ほど周りが見えるやつを俺は知らない」
表情も声も変わらないのに。木崎の言葉が、俺の内側に熱を広げ、重りを掬い取る。
「一緒に働いたことがある人間なら、知ってると思ったけど」
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