その空を映して

hamapito

文字の大きさ
上 下
11 / 15

(11)真相

しおりを挟む
 棚から取り出したタオルは少しも色褪せることなく、鮮やかな空を広げていた。柔らかな感触もあの頃と変わることなく手に馴染む。
「これって……俺の、だよな?」
 声が震える。何から考えればいいのか、疑問ばかりが浮かび、頭は混乱する一方だった。目の前の鷹人は見えているのかいないのか、聞こえているのかいないのか、床に座り込んだまま静かに涙を落とし続けている。
「なんで、これがここにあるんだ?」
「……」
 ここにあるのが俺のなら。あの切り裂かれた方のタオルは――鷹人のもの? 悪意を向けられたのは俺じゃなくて鷹人だった、ってこと? でも、どうして俺のリュックに――いや、どうして「交換」する必要が? 目にした俺がどうなるか、想像できない鷹人じゃないはずだ。鷹人はあのとき俺がどうなるかわかっていて、初めから全部知っていて……。
 ――……ひどいな。
 そう言ってくれたのは、鷹人だったのに。
 ――じゃあ、行こうな。
 そう言って肩に触れてくれたのは、鷹人だったのに。
 あの言葉も、あの表情も、今までのこと全部、全部……今だって……。
「どういうことか、教えてくれよ」
 目の前にいるのに。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに。ずっとそばにいたのに。ずっと一緒にやってきたのに。九年以上の付き合いになる親友のことが全く知らない他人のように感じられてならない。それくらい、鷹人のことが俺にはわからなかった。
「教えてくれよ……っ」
 震えは声だけでなく、指先にまで達していた。落とした視線の先に映るスカイブルーが小刻みに揺れる。あんなことさえなければ。あんなことさえ起こらなければ。俺はあのとき跳べていたのに。走高跳から離れずにすんだのに。
 この家に飾られているすべてが――鷹人の後ろに並ぶ盾やトロフィーが、壁に貼られた写真が――俺の手にできなかったものを見せつけてくる。ようやく乗り越えられると、乗り越えたと思えたのに。体の内側から湧き出る感情がどこまでも広がっていく。悔しさも怒りも憎しみに染まっていく。浸食されていく。鷹人にこんな感情を持ちたくなんてないのに。ようやく見つけたはずの光さえ飲み込まれてしまいそうで苦しくてたまらない。
 ――こんなことを思いたくない。
 俺が跳べなかったあのとき、鷹人は自己ベストを更新した。
 ――こんなことに気づきたくない。
 俺が手にできなかった全国への切符を、鷹人は掴んだ。
 ――こんなことで光を失いたくはないのに。
「……っ」
 ずっとそばにいた。ずっと見てきた。
 鷹人の成功を羨ましく思うことはあっても、嬉しさの方が大きかったはずで。鷹人が努力してきたことを知っていたし、周りの期待に応えようと頑張っていたことも知っていたから、だから……。
 ずっと支えだった。ずっと一緒に跳んできた。鷹人だって、俺が望んでいたことを、憧れていた景色を知っていたはずじゃないのか――?
 座り込んだままの鷹人の肩へと手を伸ばす。
「なあ、鷹人っ!」
 ドン、と押し付けるようにして掴んだのに体は軽く揺れただけだった。
 こんなことをしたかったわけじゃない。言いたかったわけじゃない。そばにいてくれたのも。支えてくれたのも。ちゃんと覚えている。覚えているけれど。その全部が嘘だったのか? その全部が罪悪感からくるものだったのか?
 そんなことない、って信じたいのに。
 そんなことない、って言ってほしいのに。
「っ……んで。なんで、何も言ってくれないんだよ!」
 ぎゅっと掴んだ先で夏の空が歪んでいく。全身から力が抜けていき、膝から床に落ちていく。押し付けた拳は鷹人の胸で止まり、震えたまま動かせなくなる。自分が今どんな感情で泣いているのかなんてもうわからなかった。ただ苦しくて痛くて抑えておくことができない。溢れてくるままにぶつけることしかできない。
「ちゃんと、言ってくれよ……」
 勝手に推し量って、勝手に結論を出したいわけじゃない。鷹人の言葉で説明してほしい。聞かせてほしい。
「――言えなかった」
 ようやく落とされた言葉は少し掠れていた。
「え?」
「誰にも、言えなかった……」
 絞り出された声に、鷹人の奥にしまい込まれていた想いが少しずつ溶けていく。
 向けられた瞳にゆっくりと光が差し込む。浮かべた水面は揺れていたけれど、俺を映してくれているのだとわかる。
「ごめん、遼平。俺がこんなこと言っていいはずないけど……許してなんて言えないけど……でも……俺から……離れていかないで……」
「鷹人……?」
 重ねられた手からは小さな振動と熱だけが伝わってくる。握るのを躊躇うように震える大きな手。そっと息を吸い込んだのが、触れている胸が膨らむのが、伝わってくる。言葉を俺に向けようとしてくれているのが伝わってくる。
「自分でやったんだ」
「自分で?」
「あの時はただ毎日が苦しくて、苦しくて、どうしていいかわからなくて。不安だけが膨らんでいって……でも誰にも言えなくて」
「何が、何がそんなに鷹人を追い詰めたんだよ」
「っ……信頼してくれる仲間も、期待をかけてくれる周りの言葉も、隣で自由に跳ぶ遼平も……全部怖かった」
「俺、も?」
「いつか抜かされるだろうなって。抜かされるだけならまた頑張ればいいだけだけど、でも、遼平はきっと俺を置いていくんだろうなって」
「なんでそんな」
 置いていかれないように必死だったのは俺の方で。隣に並びたくて追いかけていたのはいつも俺の方だったはずで。
「遼平は、楽しかったんだろ?」
「え?」
「楽しいから跳ぶ。先にある景色が見たいから跳ぶ。ただそれだけの、本当に純粋な思いしかなかっただろ? 俺にはそう見えた」
「それは……でも、鷹人だって」
 ――同じじゃないのか?
 俺が走高跳の存在を知ったのは、鷹人に出会ったからだ。
 小学校に入学して初めてできた友達。当時の俺はアニメの中のヒーローに憧れていて「どうしたら空を飛べるか」と鷹人に相談していた。もちろん人間に虫や鳥のような羽根がないのはわかっていて、それでもどうしたらあのとんでもなく遠い空に近づけるか知りたかったのだ。返ってきた答えは意外なものだった。
「走高跳って知ってる?」
「はしりたかとび?」
 初めて聞く言葉に首を傾げれば、鷹人は瞳をキラキラさせながら笑って言った。
「羽根も道具も使わずに自分の力だけで高いバーを越えていくんだ」
「高いって言っても空とは違うだろ?」
「空……ではないかもしれないけど。サッカーゴールの高さは越えられるよ」
「え」
「世界記録では、だけど」
 グラウンドに設置されている白い枠を思い出す。両手をどんなに伸ばしても頭上に張られたネットに手が届くことはなかった。あの高さを道具も使わず、変身すらせずに跳び越える……。
 それはもう「空を飛ぶ」のと同じなのではないだろうか。そんなことができたなら、きっとすごい「ヒーロー」になれるのではないだろうか。鷹人の言葉だけ。実際の競技すら見ていない。それでも俺は言っていた。
「やりたい。そのはしりたかとび、俺もやってみたい」
「うん。一緒にやろう」
 それから実際に見てみたいと思い始めた俺たちは、鷹人の父さんが監督をする高校にふたりで偵察に行った。当時は朝見凛の影響により徐々に走高跳の人気が高まっていたときで、たくさんの選手が見上げる高さのバーを次々に越えていった。道路沿いのフェンス越しではあったけれど、テレビの向こうではない、目の前の景色をふたりで食い入るように見つめた。いつか自分もこんなふうに跳んでみたいと思わずにはいられなかった。それは鷹人も同じだったはずだ。
 ――ふたりで一緒に跳ぶことを俺たちは誓ったのだから。
「楽しかったよ。最初はただ楽しかった。でも、少しずつ結果を求められるようになって、父さんの名前を出されるようになって……」
 自然と視界に入り込むリビングの一角。空間を占める輝きの数々。光でしかないその場所に並ぶのは同じ走高跳の選手であった父親の名前。鷹人にとっては目指すべき、誇るべき存在のはずの。
「走高跳を辞めるように言われてたんだ」
「え」
「中学のうちに結果を残せないようなら、走高跳は諦めなさいって言われてた」
「そんな」
「言えなかった。誰にも。そんなことを言われているなんて。親に見限られるかもしれないなんて、言えるわけなくて……」
 それでも鷹人は笑っていたのか。誰にも相談することなく、全部自分の中に閉じ込めて。「また次頑張るわ」って。常に前を向き続ける鷹人に俺はずっと励まされてきた。だけど本当は、前を向き続けるしかなかったから、だから――。
「全国に行くことが最低条件だった。走高跳を続けるにはそれしかなかった」
「それは鷹人が、鷹人自身が跳びたかったってことだろ……?」
 楽しいから、その先の景色を見たいから、だから跳び続けたくて、それで必死になった、ってことじゃないのか。
「跳びたかった、か。辞めたくはなかったけど。でも、あのときはもう楽しさより苦しさの方が大きかった。俺には走高跳しかなかったから、だから……辞めたら、辞めされられたら、どうなるのかってそればかり考えてた」
「……」
「遼平に置いていかれるのも、怖かった」
「え」
「跳べなくても親友でいられなくなるわけじゃないけど。でも、遼平に憧れてもらえなくなるだろ」
 声を震わせたまま頼りなく笑う顔に、ふっと吐き出された柔らかさに、ようやくいつもの鷹人が戻ってきたのだとわかった。
「そんなこと」
「本当は交換するつもりなんて、なかったんだ」
 ごめん、という言葉は声ではなく絞り出された息の中に溶けていった。
「でも……自分でやったくせに……自分が怖くて。自分自身が怖くてたまらなくて……誰かにバレたらどうしようって思ったら、たまらなくなって」
「それで取り替えたのか?」
「……ごめん」
 目の前で静かに頷いた鷹人に悔しさよりも悲しさが、寂しさよりもやるせなさが押し寄せる。鷹人の抱えていた苦しみ。それに気づけなかった自分。けれどまだ暗い感情は完全には消えてくれない。浮かび上がる言葉を飲み込んでおくことはどうしてもできなかった。――確かめずにはいられなかった。
「鷹人は、俺がどうなるか考えなかったのかよ」
「……」
「俺が跳べなくなっても構わないって、思った?」
「……」
 鷹人がやったのだという事実が、俺の中に広がっていた苦しさを刺激する。鎮めたくても痛みとともに波立ってしまう。裏切られたのかもしれない、という思いは鷹人の言葉で否定されないと消えてはくれない。否定してほしくて。そうじゃないって言ってほしくて。鷹人を信じたままでいたくて。言葉を吐き出し続けるしかなかった。
「俺が傷つこうがどうなっても構わないって」
「そんなこと」
「じゃあ、どういうことだよ!」
「……遼平なら大丈夫じゃないか、って」
 落とされた言葉をどう受け止めればいいのかわからず「え」と口の先から音だけが零れる。
「俺と違って遼平は跳ぶことだけを見ているから大丈夫だって、勝手に思って、それで……」
 俺が鷹人を強くて優しいやつだと思っていたように。鷹人も同じように俺のことを見ていたのだろうか。俺たちは互いに互いの望む姿を相手に見ていただけで。本当は、本当のところは、何も見えていなくて。きっと自分よりは強いのだと、きっと自分を許してくれるのだと、そう思い込んで……。
 こんなにずっと一緒にいたのに。こんなにずっとそばにいたのに。認め合って、支え合って、同じ場所を見ているのだとずっと思ってきた。俺と鷹人でさえ――こんなにも違ったのか。
「……」
 ――遼平。
 いつもとは違う声に、向けられた瞳に「違う」と思ってしまった。たった二か月接しただけの朝見にすら「こんなの朝見じゃない」と思うほどに、勝手に朝見を理解したつもりになって、勝手に期待した。自分が望む朝見を勝手に作り上げていた。
 自分から知ろうとしなかったから。触れようとしなかったから。だからわからなかった。わかってあげられなかった。
 俺が俺であるように。鷹人は鷹人でしかない。
 重ねられた手はまだ震えていた。震えたまま伝わってくる鷹人の体温がゆっくりと俺の力を解いていく。ぎゅっと皺を寄せていた空が少しずつ広がっていく。
 鷹人の言葉が胸の奥で再生される。
 ――俺から……離れていかないで……。
 鷹人の抱えてきたもの。しまい込んできたもの。俺が見えていなかったもの。気づいてあげられなかったもの。それらを知らないことには変われない。前には進めない。
「本当にごめん……跳べなくなるなんて、思ってなかったんだ」
 もしあのままだったら。二度と跳べなくなっていたら。本当に苦しむのは鷹人だったのかもしれない。あの瞬間の苦しみが消えるわけじゃない。失った時間が取り戻せるわけじゃない。裏切られたという気持ちだって一切のカケラを残さずに消えてくれるわけじゃない。でも。
「鷹人」
 俺だって、鷹人との今までを失くしたいわけじゃない。あのときの鷹人を救えなかった後悔がある。跳べなくなった原因を作ったのが鷹人であっても、そのときに支えてくれたのも鷹人で。自分が勝手に思い込んできた姿だったのだとしても、それでも鷹人が俺を助けてくれた事実まで消えるわけじゃない。すべてを許せるかはわからないけど、それでも、わかりたいとは思うから。
 それに――。
「……」
 唇の端に滲んだままの赤色。触れてしまった熱。鷹人の中にある想いまで否定することはできない。鷹人もされたくないだろうと、今なら――朝見への気持ちを自覚した今なら――わかるから。
 きっとまだ間に合う。
 ――遼平は跳べるよ。
 朝見の声に、言葉に、その光に救われた自分だから。
「っふ、ふは」
「――遼平?」
 もう笑うしかなかった。もう自分は変えられてしまったのだ。朝見に出会う前の自分だったなら、きっと鷹人を責めた。どうして、と。全国にいったのは自分だったかもしれないのに、と。責め立てずにはいられなかっただろう。
 でも、今は違う。
 この痛みは消えない。この悲しさもやるせなさも消えない。消えないけど、それ以上に温かいものを自分の中に見つけられる。体中に流れる熱が過去に囚われそうになる自分を引き戻してくれる。
 こんなことがなくても朝見は会いに来たかもしれない。でも、こんなことがあったからこそ、今このときに朝見は来てくれたのだとも思う。
 ――お迎えにあがりました。マイプリンセス。
 その後に続くべき言葉を俺は思い出した。
 ――あなたがピンチのときは必ず駆けつけます。
 朝見はあんな昔の約束を、他愛もない子供の言葉を――ヒーローアニメのキャラクターの受け売りでしかない言葉を――本気で信じてくれたのだろうか。
「鷹人」
 鷹人を正面からまっすぐ見つめる。涙はもう落ちていない。突然笑い出した俺に戸惑う表情を浮かべ、どうしていいのかわからない、といった顔をしている。
 視線を結んだまま手を伸ばす。スカイブルーがふたりの間に落ちていく。
「え……」
 鷹人が声を揺らした瞬間に、両手でぎゅっと頬を思いきり摘まんでやった。
「痛っ」
 唇の端に残る傷はもう乾いていたけれど、力を入れてやれば痛みが走る。それをわかったうえで掴んでやった。頬の肉と赤い唇が俺の指に引っ張られ歪む。
「許さないから」
「りょ」
「一生許してやんねーから」
「……」
「だから跳び続けろよ」
「え」
「勝手に辞めたら許さないからな。俺が抜かすまで絶対辞めるなよ」
「りょう、へい」
「鷹人の気持ちには応えてやれないけど、俺から離れることはないから安心しろ。だから鷹人も気まずかろうが何だろうが俺から離れたら許さないからな」
「っ……ひどいな、それ」
「それくらいじゃなきゃ割に合わないんだよ」
「――確かに」
「わかったら、さっさとそれ治せよな」
 足首に巻かれたテーピングへと視線を向ければ、鷹人が一瞬だけ目を見開き、泣きそうな表情を見せた。――ほんの一瞬だけ。
「うん。ありがとう、遼平」
 ごめん、ではなく。ありがとう、と返されたことで胸の中が一気に温かくなる。
 俺のせいで変な顔になっているのにその声はどこか嬉しそうで。細められた瞳も、下げられた眉も、いつもの俺の知っている顔だった。鷹人は笑っていた。
 指を離してやると、頬をさすりながら不満の混じる声で言われる。
「結構、痛かったんだけど」
「自業自得だろ」
 笑い返して立ち上がると同時に手を差し出す。ぐっと握られた手を倍の力で握り返して引っ張り上げる。
「足、平気?」
 床に置かれた鷹人の足に視線を向けると「うん、大丈夫」と柔らかな声とともに触れていた体温が遠ざかる。
「そっか」
 手を床に落ちたタオルへと伸ばす。そのまま拾い上げようとかがんだ瞬間だった。
「あのさ、もしかして初めてだった?」
「は?」
 聞こえた言葉にタオルを片手に掴んだ状態で振り返ると、鷹人が首に手を当てながら視線を宙に彷徨わせている。ちらちらと俺を視界に入れながらわずかに頬を染め、気まずさを隠し切れないくせにそれでも言葉を繋げてきた。
「いや、無理やりしちゃったから、やっぱ悪かったなと」
「……」
 ――なんで今になって掘り返すんだよ。悪かった、と思うなら掘り返してくれるな。改めて謝るべきだと思ったからって、何でも真正面からいく必要ないだろ。そういうところが、そういうところが鷹人なんだけど。
「……」
 言い返してやりたい言葉はいっぱい浮かぶが、どれも形にならない。浮かびすぎて、何から言ってやればいいのかわからない。俺が何も言えずに固まっていると、それだけですべてを理解したのだろう鷹人がさらに言葉を重ねた。
「あー、そうだよな。それは割に合わないよな」
「っ、お前、そういうことを」
 振り上げた腕よりも先、タオルを鷹人が掴み、ふたりの間に夏の空が広がる。途切れることのない、捻じれることのない、鮮やかな色が俺と鷹人をまっすぐ繋ぐ。
 見失っても、歪んでしまっても。雲に隠されても、夜に色を変えられても。決して消えることのない空。鮮やかさを失うことのない空。
 ――それはずっとそばにあった。
 繋げていた視線の先で、黒い瞳が瞼の奥に隠され、鷹人が小さく笑った。
「遼平、好きだよ」
 柔らかな声で紡がれた言葉がまっすぐ胸へと響く。一瞬の痛みとともに広がっていく温かさ。顔が熱くなるのを自覚しながら、それでもなんとか声を絞り出す。
「……もう知ってる」
 俺の返答にさっきよりも大きな口で鷹人が笑った、そのとき――。
 ガチャガチャッ。
 静かな家の中に鍵を回す音が響いた。
 自然と引き寄せられるようにリビングの入口――その先の廊下の奥――へと、顔を向けた俺たちは、ふたり同時に全く違う名前を口にした。
「父さん?」
「朝見?」
しおりを挟む

処理中です...