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❹
しおりを挟む僕達は16歳になった。
恒例の誕生会はいつの間にか学友で溢れかえっていて、かつての安らぎの場ではなくなってしまっている。
「殿下、お誕生日おめでとうございます! 」
「殿下! 私のも受け取ってください!!」
「私のは遠い異国から特別に取り寄せた宝石ですわ!殿下!」
…………うーん、この子達は誰に誘われてどこからやって来たんだろうか。
勿論、僕は誘っていない。
こじんまりとした誕生会を望んでいたのは僕なのだから。
「皆、ありがとう」
笑みを浮かべながらそう言えば周りから歓声が湧く。
……………あはは、五月蝿いね。
ニコニコと微笑みながら周りを見渡してアリスを探す。
ものの3秒で栗色の長い髪を見つけ出した僕。
彼女はこのパーティーの主役であるというのに敷地の隅の方にある椅子に腰掛けていた。
しかもその横にいたのは………
………………ソフィアさんときた。
あの女、絶対何か吹き込んでるだろ。
同じ腹黒としての同族嫌悪で、舌打ちをしたくなった。
ソフィアさんとも付き合いが長くなってきたが、年々仲は悪くなっていた。
そんな僕達の仲を必死で取り持っているのは、レオ・フィルガー。
公爵家の跡取りで、僕の従兄弟だ。
そして、彼はソフィアさんの恋人でもある。
長年彼らは思いを寄せあっていたが、1年前彼らはようやく付き合い初めた。
それからというもの、ソフィアさんは余計に調子づいている。
彼女を黙らせるためにも、早くアリスと結ばれたい…………。
………はぁ、と内心ため息をつきながら、周りを囲む人達の応対をする。
その時、ソフィアさんの隣にもうアリスがいないことに気がついた。
ソフィアさんはニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
……………しまった、考え事をし過ぎてそちらに意識がいってなかった。
「ごめん、皆。少し用があるんだ、パーティーを楽しんでいてくれ」
周りの集団にそう告げて、人混みを抜ける。
そして僕はマイペースにテーブルに並べられている料理を食べようとしているレオを見つけ、彼に駆け寄った。
僕は彼の肩をがしりと掴んで、逃げられないようにし、顔を近づけた。
「え、なんだい?リヒト」
「いいから、そのままソフィア嬢のとこに進んでくれ」
「あ、うん?ソフィアと話したいんだね。分かった」
レオはソフィアさんの方に歩き出し、僕も笑みを顔に貼り付けてその後を追った。
「あら、殿下。ごきげんよう」
不気味なほど綺麗な笑顔で僕達を迎えた、ソフィアさんに僕はゾッとした。
周りの人達はこの笑顔を可憐だ、とか思っているんだと思うと気の毒になるよ。
「そういうのは要らないから。アリスがどこに行ったか知っているだろう?」
「えぇ、知っていますわ」
「勿体ぶらないで早く教えてくれるかな?」
「…………はぁ。それが人に物を頼む態度ですか……。」
ソフィアさんはニコニコしながら、首を傾げた。
……………最悪だ……………。
目を離した数分前の自分に激しく嫌悪感を抱いた。
「報酬は幼いレオが書いた絵でどうだ???僕に送られてきた手紙についていたんだよ」
「………くっ!!!物で釣るなんて卑怯な男ですわね………。でもこの期を逃す訳にはいきません。………良いでしょう。教えて差し上げますわ」
「…………え、普通になんで俺が巻き込まれてるんだ………」
困惑した表情のレオ。
……すまない。君をだしに使わないと、この女性は大変面倒なんだ。
後で好きな料理を食べさせてやるからな。
「アリス様はセレス・スインガに連れられて向こうの庭園に行かれましたわ。倶楽部の皆様にお会いさせたいと彼はおっしゃっていましたが………私はそれだけだとは………………思いませんね」
「………っ!! ありがとうソフィア嬢。礼はまた今度。」
僕はその場を素早く後にして、庭園の中にアリスを探しに行った。
幸い、2人が庭園に入ってからあまり時間は経っていなかったようで彼らの姿はすぐに捉えることができた。
僕は足音を立てずに、こっそりと彼らに近づいた。
「あのさ、殿下との婚約は断る……つもりなんだよね?」
「…………うん、王妃という役割は私なんかが務まる役割だとは思わないから」
……………はぁああ???
いきなり聞こえてきた会話の内容に、僕は思いっきり眉根を寄せた。
まだアリスは私との婚約を破棄するつもりだったのか。
最近は…………あまり会っていなかったこともあるが、そういう素振りをあまり見せていなかったので僕は愕然とした。
「…………じゃあ、ちゃんと婚約破棄出来たら…………俺と婚約しない?」
…………………は??????????????
頭の中の何かがブチンッと切れたような気がした。
僕はそのまま彼らに近づくために再び歩き出した。
「……………………………………へ?」
アリスはとても困惑した顔をしていて、彼にまさかそんな申し出をされるなんてことは思っていなかったらしい。
ひとまず、アリスにはセレスへの恋愛感情はなさそうで安心した。
「アリスは鈍感だからずっと気づかなかったと思うけど…………俺……………「ひゃあ!?!?!?!?」」
慌ててアリスの両耳を塞ぐ。
危ない。
こんな奴からの愛の言葉なんてアリスの耳に入れる訳にはいかないよね。
驚いた拍子にバランスを崩したアリスの体を片手で支えながら、セレスを睨みつける。
そしてアリスが顔を上げてこちらを見たので、顔に笑みを貼り付けた。
「やぁ、アリス。婚約者がいるのに男と2人で密会かい?」
その言葉にアリスは慌てて首を振った。
「ち、ち、違います!誤解ですよ、殿下。なのでそのブラックスマイルと絶対零度の瞳の掛け合わせはやめてくださいぃ!!!」
「…へぇ?
まぁ、後で話は聞くよ。アリス」
アリスから目を離し、セレスの方に視線を送る。
彼は心底嫌そうな目線を僕に送っていた。
…………全く……………。
王子の婚約者に手を出そうなんて、肝が据わった男だな。
彼は僕が何度圧をかけようと、アリスを諦めようとしなかった。
………遂に告白までしようとするなんて………。
いや待った…………。
.............僕って、アリスにちゃんと”思い”を伝えたことってあったか???
いつも婚約破棄を回避することに意識を向けていて、素直に気持ちを吐露したことがなかったように思う。
僕は頭の中でそんな考え事をしながら、口を開いた。
「君もしつこい男だな、」
「………っお前もいつも邪魔しやがって」
「当たり前だろう? アリスは僕の婚約者なんだから」
「………でも、アリスはお前との婚約を嫌がってるじゃないか!!!」
「身内の話に他人が首を突っ込む必要はないから」
僕は冷たく言い放って、彼に背を向けた。
アリスの視界にこれ以上コイツを入れておきたくない。
僕はアリスの体を抱き上げ、歩き出した。
「ひぇ!? 殿下、お、下ろしてください!」
「ダメだよ、アリス。 せいぜい恥ずかしがっていればいいよ、僕は今少し機嫌が悪いからさ」
その言葉にアリスは口を噤んだ。
一応、”婚約者”である僕に悪いことをしたとは思っているのだろう。
でもただの”婚約者”のままではダメなんだ。
僕はやっと、アリスの心を掴みきれない理由を自覚し始めていた。
「君は僕の婚約者なのに他の男を誑かすとは悪い子だね?」
「そ、そ、そ、それは殿下の方ですわ! 積もりに積もった誕生日プレゼントの山がその証拠です!!」
「…………バカだなぁ。 あんなの将来の王族へのただの媚び売りだよ」
僕は嗤笑を浮かべてそう言った。
どこにいても周りにはあんな上っ面の奴らばっかり。
繰り返す毎日は酷く退屈で疲れる。
アリスがいなければ、今頃…………………僕はどうなっていたのだろう。
「………………っ、それは、それは違うと思います。
勿論、殿下は王族で…………将来王となってこの国を統治する方ですが………それだけじゃこんなに温かい祝福をされませんよ!
皆……殿下のことを尊敬し敬愛しているからこそ、殿下の周りに人が集まるんです!!!」
アリスは瞳に涙を浮かべながら、僕にそう訴えかけた。
彼女はあまりにも必死で、僕は多分相当間抜けな顔でそれを見つめていたと思う。
…………励まそうとしてくれたんだね。
優しいアリスの行動に、氷漬けにされたような心が少し暖かくなるのを感じていた。
それでも、なんだってアリスが泣きそうになるんだよ。
そんなに他人のために必死になれる彼女が本当に………心から好きだった。
「……………ふはっ、アリスはホント面白いね」
「な、何がですか!?」
「………いや。君が可愛くて仕方がないんだけど、どうしようかな」
アリスを近くのベンチに下ろし、顔をグイッと近づけた。
思った通り困惑した表情を浮かべたアリスを見て、僕は微笑む。
「で、殿下はおかしいですわ。
普通ならソフィア様とか……ちゃんと王妃の責務を全うできる完璧令嬢と婚約するべきです」
その彼女の言葉に僕は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「…………………は? ソフィア?
何言ってるの、キミ。
僕があんな性悪好きになる訳ないし、ソフィアさんには別に慕ってる人がいるよ」
「えぇ!?!? ソフィア様が好きなのはやっぱり殿下じゃないんですか!?!?
なんかおかしいと思いました………!」
「うん、どこからどう見たらそう勘違い出来たのか………君の脳の中を僕は1回覗いてみたいよ」
アリスは混乱しているようで、ソフィアさんがいた方の広場を見たり僕を見たりして何かを考えているようだった。
そんな彼女を観察しているうちに、手に握っている箱を見つけ、口の端を上げた。
「で、君の右手にある箱は僕へのプレゼントかな? お姫様」
僕がそう言うと、アリスは後ろにプレゼントの箱を隠した。
「………う、やっぱり渡したくなくなりました、殿下」
「は???」
「だってあんなに沢山のプレゼントに比べたら…私のなんて……」
「へぇー。僕はキミからのプレゼントだけを待っていたんだけど」
アリスが座っているベンチの背もたれに手をついて、更にアリスに顔を近づけた。
アリスは慌てて仰け反っているが、その表情も可愛らしい。
「………それなのに、ずっとソフィアさんと喋っているし、男とどっか消えていくし…………」
「ご、ごめんなさい」
「まぁキミに振り回されるのは悪くないんだけどね。……………お誕生日おめでとう、アリス」
「ありがとうございます、殿下」
アリスの首にプレゼントのネックレスをつけた。
アリスは嬉しそうにネックレスを眺めていて、僕はその顔を見ているだけで幸せになる。
……………君の一挙一動でこんなにも僕は幸せな気持ちになれふのに、僕が君を手放せるわけがないじゃないか。
「僕にとって君がどれほど必要な人か、君はまだ微塵も気づいていないことがよく分かった誕生日だったな」
「………………」
「だからこれからはちゃんと言葉で伝えるよ、アリス」
僕はいつも婚約破棄を回避させることで、アリスを手に入れようとした。
でもそれは間違っていたね。
なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。
…………もっと確実に、彼女が逃げにくくなる方法があるじゃないか。
「僕は君が昔から好きで好きで堪らないんだ」
…………心の底から、ね。
アリスは呆気に取られたように、ポカンとした表情を浮かべていた。
そんなに驚くことなのか。
本当に……僕の気持ちには全く気がついていなかったんだね。
「絶対に君を逃がすつもりはないからね」
例え、君が他に好きな人がいると言っても逃がすつもりなんてない。
何度破棄をねだられたって、応える訳が無い。
………………時々、彼女を鎖に繋いでおきたくなる。
誰からも触れられず、見られない場所に隠しておきたくなる。
僕はこんなに、おかしくなるくらい君が好きなのに、君は僕に好かれていることにさえ気づいていなかった。
…………バカなアリス。
でもそこが堪らなく愛おしい。
呆然としているアリスの向こうから、彼女の倶楽部の人達が近づいてくるのが見えた。
あの糞セレスが呼んだのだろう、
僕は名残おしかったが、その場を後にした。
………………勿論、プレゼントは手に入れてからね。
振り返るとアリスは慌てた表情を浮かべていた。
そんなアリスに見せつけるように微笑み、その箱に軽いキスを落として見せた。
…………君は僕のものだよ、アリス。
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