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 月の2週目と4週目の日曜日、僕は必ず彼女に会いに行く。

 王都からこの屋敷までは少し距離があって、あまり馬車の揺れが得意ではない僕にはこの道中が毎回少し苦痛でもあるのだけれど……………
 遠くに栗色の長い髪が見えて、僕は少し笑みを浮かべた。


「やぁ、アリス」

「おはようございます、殿下」


 今日も僕の顔を見て複雑な表情を一瞬浮かべた彼女は僕の婚約者のアリス・レンゼットだ。
 僕と会うと大抵、彼女は眉をひそめ何かを考える素振りをする。

 そして次の一言は大体"話がある"だ。


「あの!殿下、お話があるんですけど……!」


 ………ほらね?
 彼女の繰り返される単純な行動に僕はクスリと笑った。
 勿論これから彼女が何を言い出すのかも予想が着いているから、僕は話を無理やり逸らす。


「話? ……あぁ、今日のお土産はミリシュローズのショートケーキだよ。 」

「………!!! なんですって!?!? 殿下は天才ですか!? 私の大好物を何故お知りに!?
しかもミリシュローズのケーキ…………凄い嬉しいです!!!」

 目を輝かせたアリスを見て、内心ほくそ微笑む。


「好きなブランドが当たったのはたまたまだな。でも君がショートケーキを好むのはいつも見てるから勿論知っているよ」


 笑顔を浮かべてそう言うが、勿論たまたまな訳がない。
 アリスの従者に聞いて彼女の好みは全て把握済みだ。
 
 先程も言ったけれど、彼女は10歳らしい単純な女の子。
 だからこうやって甘い餌には必ず釣られてくれる。

 ………………………はずなんだけど、

 今日の彼女は意思が強かった。


「殿下! 殿下はこのままで良いと思ってるのですか!!」

 いつもの話題だろうな、と内心ため息をつく。


「………………? "何が"か聞いても良いかな?」

「勿論、婚約のことです! お父様と陛下が勝手に決めた婚約なんて良くないと思います。
殿下は結婚をどのようなものだとお考えですか!?」

「うーん、"一生添い遂げたいと思える人と一緒になること"かな?」

「はい!10歳なのに100点満点の回答ですね!殿下!」


………………君も10歳だろう?
 アリスはいつもどこか不思議なことを言う。
 でも僕はこういうところも気に入っているんだ。

 僕はまだ10歳だと言うのに、年上の令嬢達や城の使用人達、貴族達も僕に少しでも気に入られようと媚びを売ってくる。
 いつも僕の周りの世界は少し窮屈で、その息苦しさを解消してくれるのが彼女だった。
 
 …………彼女といると、退屈もしないしね。


「………うん?つまり何が言いたいのかな?」

「殿下…………私達の間には愛というものがないじゃないですか!
これじゃダメです、私も殿下もきっと後悔しますわ!
今のうちに婚約は破棄しましょう!」


 ……………………………帰ったら壁を1殴りしてもいいかな???

 彼女の"愛というものがない"という言葉に僕は内心苛立ちながらもヘラりと笑って平静を装った。

 昔は僕の後ろを必死に着いてきて、何をするにも僕の名前を呼んでいた彼女。
 よく"リトとずっと一緒にいたい!"なんて言ってくれていたのに、いつの間にか”リト”呼びから”殿下”呼びになるし会う度会う度、彼女は婚約破棄を迫ってくるようになった。


 ……………そんなに僕が嫌になった?
 こめかみがピクピクと動く。
 少し前までは婚約を嫌がる素振りなんてなかったのに。

 ………………まぁそれはいいや。
 その問題は後々考えよう。

 …………とりあえず”婚約破棄”なんてもの、僕が絶対にさせないから。


「ねぇ、僕らが生まれた日のことを詳しく聞いたことがある?」

「……………へ?」

「その日はね、300年ぶりにルブルムとジェアダという夫婦星が同じ空に帰ってきたんだって。
僕は天文学には詳しくないけど、父様と伯爵はそれもあって大きな運命を感じたらしいよ」

「……えぇ…と…?」

「僕らはまだ10歳なんだから、今は大人が作った道に少しは流されてもいいんじゃないかな。
これからいくつもの出会いがあるのは分かっているし、それでアリスが僕より好きな人を見つけるかもしれない。
でも僕とアリスの出会いも間違いなく大切なものだし、僕は君といると楽しい。
これからも婚約者として”特別”仲良くしたいよ」

「…………っ!!!」

「ダメ…………かな……………?」


 少し俯いた後、チラリと上を向いて彼女を見つめる。
 そんな私の表情を見た彼女は慌てたように左右に目を泳がせた。


「ダメじゃないです!ぜひ仲良くしましょう!」


 …………はい、チョロい。
 ちょっと難しい単語と長文を話せば、アリスは言語処理が追いつかずにパニック状態になる。

 最後の追い打ちで"仲良くしたい"なんて言葉を言えば彼女が断れないのも予測済みだ。


「うん、じゃあ今日は中庭でそのケーキを一緒に食べようか。
その後、アリスが育てている花を見に行ってもいいかな?」

「えぇ!是非!」


 …………はい、王手。

 前で、満面の笑みでウキウキしながら歩いているアリスの頭の中に”婚約破棄”なんて言葉、もう存在していないだろう。

 この国の成人は18歳。


 …………後8年、君を逃がすつもりはないよ。
 アリス。

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