魂が百個あるお姫様

雨野千潤

文字の大きさ
上 下
36 / 43
番外トーマ編

01 俺が王女に見初められた件

しおりを挟む

「わたくしの婚約者になって欲しいんですの」

ある日の昼下がり。
アベル騎士団の詰め所で、俺は何故か王女様に詰められている。


「婚約者?」

それは寝耳に水だ。
聞き違いではないかと思わず確認してしまう。

「そうです。結婚を前提とする婚約者ですわ」

「俺と結婚したいってこと?」

「勿論」

ソフィーナの鬼気迫る目が怖い。
どうやらコレはプロポーズのようだと理解した俺は、幾つかの確認事項を思いつく。

「俺はまだ剣を捧げる主を決めていないが、もしその時が来たら俺は家族よりも主を優先する。それでもいいのか?」

「良くありませんわ」

「良くないのかっ?」

「トーマには騎士を辞めていただきたいの」

「俺、アベル騎士団の副団長なんだけどっ?」

ようやく堂々と名乗れるくらいの規模にまで育て上げたというのに。
いやいや、事情があるのだろう。
もう少しくらい話を聞いてみようと続ける。

「辞めたら俺は無職になるんだが」

「トーマにはお兄様の側近になってもらいます」

「クリストの?」

少し前まではアルフレッドの側近だったクリストだが、今や王太子だ。
側近の一人や二人くらい必要だろう。
まさか自分が抜擢されるとは夢にも思わなかったが。

「何故クリストの側近に?」

「そこで仕事ぶりを見て、使えそうならば爵位を与えるとお父様が」

「爵位?」

「わたくしの臣籍降嫁先ですわ」

「…」

なるほどね、と頭を掻く。
あの親馬鹿なルーファスが騎士ごときの男に娘をやらんと。

「そこまで面倒な手回しをして、何故俺なわけ?」

「わたくし、結婚は好きな人としたいんですの。政略は絶対に嫌」

「あー…」

確かに二回も婚約解消すればそんな気持ちにもなるだろう。
気持ちはわからなくもない。

「少し考えさせてくれ」

考える時間が欲しいと告げると、ソフィーナの顔が途端に泣きそうになる。

「…泣くのはちょっと、ズルイ」

「だって普通なら喜んで飛びつく案件でも、爵位に興味がないトーマは断るもの」

「俺が断ると?」

「わたくしを恋愛対象に見ていないこと、わかっていますもの」

「…」

肯定も否定も出来ずに黙る。

ソフィーナの気持ちに気付いていなかったわけではないが、そこまで真剣には考えていなかった。

正直、俺はそんなに自意識過剰にできていない。
どうせ熱病みたいなもので、そのうちご立派な相手に嫁いでいくんだろうと思っていた。

「うーん」

そうだなぁと腕を組んで考える。

「トーマは昔『騎士って柄じゃない』と自嘲していたとユーリに聞きましたわ」

「なんでそんな昔にポロったことを覚えてんだ、あいつはよ」

クソ生意気で可愛い妹を思い浮かべ毒づく。

あれは王都騎士団を辞めてきた俺に罪悪感を感じていたから慰めに言った言葉だろうが。
都合よく掘り出してくんな、馬鹿妹。

「わかった。じゃあ一年間お試し期間で」

妙案を思いついたと手を叩く。
ソフィーナはきょとんとした顔で「お試し期間?」と首を傾げた。

「とりあえず一年間やってみて考えよ」



「で?一年間休暇を取りたいと?」

ジークが赤髪の頭を抱えてはぁとため息をつく。

「一年後に戻るかどうかはわかんねぇけどな」

「お前、王太子の側近とかマジなのか?」

「ジークだってやってただろ?」

「やってたから言ってんだ。俺は側近っつっても護衛みたいなモンだったけど」

大変だぞと脅すような顔で迫られる。
俺だって大変じゃないなんて欠片も思っていないのだが。

「アベル騎士団は人数も増えてきて強くなったし今は平和だから訓練ばかりの毎日だし。別に抜けてもそんなに困らないけどよ。お前はいいのか?騎士を辞めても」

「うーん、わかんね」

「わかんねって…。お前、別に王女様のことそんな好きでもないだろ」

痛いところを突かれ、俺はウッと右手で胸を押さえる。

確かに今回引っかかっている点は、俺がそこまでソフィーナを好きなのかどうかということだ。
だけど…。

「無碍に断って泣かせてまで俺って騎士になりたかったっけ?とも思うから」

「お前…、最低」

俺の前で言うなよとジークが睨む。
確かに騎士であることに誇りを持っているジークには失礼だったと思い「ごめん」と小さく謝った。

「まぁいいぜ、お前の人生だもんな。行ってこいよ。今まで有難うな」

「今生の別れみたいに言うなよ。戻ってくるかもしれないし、俺が騎士辞めても親友だよな?」

な?と確認すると、お道化たように肩を竦め「そうだな」と返してくれた。


休暇を取ってベリアへ行くことを報告に行くと、ユーリは「話は既に聞いています」と言ってパチンと指を鳴らした。

途端にヨツイ達メイド軍団に部屋に連れ込まれ、大勢で寄ってたかって揉みくちゃにされる。
服を剥ぎ取られ、髭を剃られ、髪を整えられ、気が付けば鏡の中には貴族らしい男が立っていた。

「馬子にも衣装ですわねぇ」

揶揄いつつ俺の顔に眼鏡を装着する。

「コレは?」

「ニノからのプレゼント。どんな脳筋男でも賢く見せる魔法の小道具ですわ」

「いや、普通の伊達眼鏡だろ」

プレゼントというなら貰うけど、と眼鏡を確認する。
うん、魔道具とかじゃない。普通の度なし眼鏡。

「ソフィのこと。断っていたら兄様を嫌いになっているところでしたわ」

「いや、そう言われても」

「兄様、ソフィは可愛い子です。昨夜だって号泣してましたから」

「ショックで!?」

「嬉しくてに決まってるでしょう!」

嬉しくて号泣…。

そうなのかと鼻がむず痒くなる。
なんだろう、照れているのか?俺は。

「頑張ってくださいね。兄様に側近なんて出来る気が微塵もしませんけれど」

「そうかもな」

「嘘ですわ。少しは否定してくださいな」

「頑張ってはみる」

ぎゅうと抱き着かれ、ヨシヨシと頭を撫でる。
この甘えん坊の妹のことも心配だが、両親も義弟も傍に居るのだから大丈夫だろう。
どちらかというと俺は俺の方が心配だ。

「アレクサ、一緒に来てくれない?」

「ナンデデスカ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

群青の軌跡

花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。 『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。 『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。 『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。 『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。 『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。 小説家になろう、カクヨムでも掲載

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

魔拳のデイドリーマー

osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。 主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

処理中です...