魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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34 ハッピーエンド

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ベリア領が独立宣言をし、ベリア国を建国した。

オルタ国に所属していた多くの領がベリア国へと移り、残っているのは王都と教会の神殿と魔導士の塔くらいだろうか。
最強を誇っていた王都騎士団もベリアとの戦闘で多くを失い、残されたのは古い歴史だけ。
オルタ国王ギルバードの伴侶にする為に神殿と塔に大金を払って新たな愛し子召喚が行われたらしいが、それが上手くいったのかどうかはあまり知られていない。

ルーファスはベリア国の国王となり、アルフレッドは公爵位を叙爵された。
なので私は公爵夫人になった。

「結婚おめでとうですわ、ユーリ」

真っ赤なドレスに身を包んだソフィーナが、クリストのエスコートで披露宴会場に現れる。

私は礼儀正しく「ようこそいらっしゃいました、クリスト王太子殿下、ソフィーナ王女殿下」とカーテシーをした。

「疾うに結婚していたというのに、改めておめでとうだなんておかしいわね」

「そうですわね。もうあれから二年も経ってしまいましたわ」

落ち着いたら式を挙げようと言いつつ、色々あって落ち着かなかったのだ。

「おめでとうございます、殿下」

「殿下は君だよ、クリスト王太子殿下。僕のことはアルフレッドと呼び捨ててくれていい」

「無理です、殿下は殿下ですから。私はいつまでも殿下の側近です」

「お兄様、公爵様を困らせてはいけませんわ」

ソフィーナに窘められ、クリストは渋々「アルフレッド様」と譲歩する。

「ところで、王太子となったからにはクリスト…殿下も婚約者をそろそろ選ばないといけないのではないか。それとももう決まっているのか?」

「それは…まだ会ってはいないのですがモーリス伯爵の令嬢で」

婚約者の話になり、ソフィーナは気まずそうに「行きましょ」と私の手を引いた。

「お父様もお兄様もわたくしに婚約者を早く決めなさいって煩くて。わたくしはもう婚約なんてうんざりですのに」

ソフィーナはこの短期間に二回も婚約解消したのだ。
うんざりなのも無理はないと頷いてみせる。

「わたくし、政略なんて関係なしに恋がしてみたいですわ。ユーリみたいに」

「いえ、私はメチャクチャ王命でしたけどね。誰か気になる相手でもいますの?」

もしかしてと小声で訊ねるとソフィーナは焦った様子で「そ、そそ、そんなのいませんわっ」と否定した。

これは…いる!

私のレーダーが敏感に察知し「まぁまぁまぁまぁ!」と笑顔でソフィーナに詰め寄っていく。

「その幸運な殿方は一体どちら様?私の知っている方かしら?」

「ユーリ嬢。本日の主役がそんな隅っこで何してんの?」

壁際にソフィーナを追い詰めていると、呆れたような声が背後から掛けられる。

「キサラさん!」

ゼノス国ガノル国と続けて潜入していたキサラは見ない内にすっかり背が伸びて、逞しくなっていた。
口下手なのは相変わらずだが、何故か年寄りと子供にはやたら優しくなり、人当たりは良くなったと思う。

「ソフィもしかして?」

「違いますわ」

きっぱりと否定され、私はポンとキサラの肩を叩いた。

「残念、フラれました。元気出して」

「なに勝手にフラれたことになってんの」

いつもの黒マスクを外して正装しているキサラはそれなりにモテそうな容姿ではあるが、本人はあまり興味無さそうだ。
女性よりもアルフレッドの方が大好きな性格だから。

「キサラさんはまだアルフレッドの影を続けるんですの?」

「当然。カラスは一度決めた主は変えない」

カラス伯爵の離脱も、オルタ国には相当な痛手だったろうと思われる。
オルタ王家に愛想を尽かしたカラスは次の守護する主をベリア王家に決めたらしい。
となるとアルフレッドは対象から外れることになるのだが、そんなルールとは関係なくキサラは主を選ぶ。

「アベルも建国して王になればいいのに」

「やめてください、過労死しますわ」

ただでさえ激務なのに、私はともかくアルフレッドが死んじゃう。

また後でとキサラと別れソフィーナを見ると、どうやら会場の一角を見つめている様子。
その視線を追うと、そこに立っているのは衛兵服のジークとトーマだった。

「そうですわよね、騎士は女性の憧れですものねっ」

「え、ええっ?」

ソフィーナの手を取って意気揚々と突撃する。

「ジークさん、お仕事お疲れ様です」

「ユーリ嬢…あ、いや公爵夫人と呼ぶべきだな、これからは」

「そんな気にすんなよ、ジーク。俺の妹だぜ?」

「兄様はもう少し気を遣ってくださいまし」

公私きちんと分けるべきですわ、と説教するとフイと視線を逸らし「ソフィじゃん」とソフィーナに声をかける。

「言った傍から!ソフィーナ王女殿下ですわよ、兄様」

「熱はもう下がったのか?元気になって良かったな、ソフィ」

ひょいと腰を持ち上げて上に掲げる。やりやがった、簡易高い高いだ。

この会場にはベリア国へと移った貴族がそれぞれの身の振り方を考える為に沢山参加している。
そんな中で王女を抱き上げる騎士なんてものを見せたら…。

「兄様!降ろしてください、ソフィが困って…」

ソフィーナの顔を覗き「あれ?」と言葉を止める。
これは困って…ない?

「わたくし、こう見えて案外丈夫なのですわよトーマ」

「丈夫?いや、まだまだ。丈夫ってのは俺みたいなヤツのことを言うんだ」

「そこまでっ?流石にそこまでは鍛えられませんわ!」

和やかに会話が進められ、逆にこちらが困ってしまう。
ジークの隣に引っ込んだ私は小声で「そういうこと?」と訊ねる。

「トーマに脈があるかどうかは俺にもわからん。だが王女殿下はそうなのかもな」

「兄様は鈍いからきっと苦労しますわ、ソフィ…」

「それはどうかな、結構強かだぞ。外堀を埋められて落とされる未来が俺には見える」

ジークの指摘に「なるほど」とこちらに注目する人々を一望する。

それはそれで幸せな未来なんじゃないか、と私はぼんやり思った。

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