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29 故郷へ ルミナリアside
しおりを挟む自室に離縁状と短い置手紙を残し、わたくしはひっそりと王宮を出た。
この二十年間、王宮を出たことなんて数えるくらいしかない。
街の様子も随分と変わっていて、シーナに付き添って貰えなければ何処に行くにしても難儀だっただろう。
「王妃様、馬車を借りることが出来ました。護衛はどうしましょうか」
シーナは王宮の料理人だ。
わたくしが王宮を抜け出そうとしている時に出会い、ちょうど退職届を出したところだと言って同行してくれることになったのだ。
「シーナ、王妃様はやめてルミナリア…いえ、ナリアと呼んで頂戴。護衛はいた方がいいのだろうけれど、どうやって雇ったらいいのかしら」
「わかりました、ナリア様。護衛は冒険者ギルドで雇いましょう」
テキパキと旅の準備をしてくれて助かる一方、世間知らずの自分に自己嫌悪感が深くなる。
一応、先立つモノは必要だろうと思って手持ちの宝石などを幾つか持ってきたのだが、シーナがいなければ換金する場所を見つけることすら出来なかった。
「ねぇシーナ。お金は節約した方がいいわよね。護衛は一人でいいし、そんなに強い人でなくてもいいわ」
「まぁナリア様。強くなかったら護衛にはなりませんよ。お金なら私も多少持っていますし、心配ありません」
任せてくださいよとシーナが胸を張る。
下手な助言をして困らせるのも本意ではないので、わたくしは言われた通りお任せすることにした。
旅の行先はわたくしの故郷アベル。
わたくしが連れ去られた直後に滅びてしまったとは聞いている。
だから、おそらくはもうわたくしの知らない場所になっているだろうし、家族やあの人がいないのもわかっている。
わかってはいるけれど、わたくしの帰る場所はやはりあの地しかないような気がするのだ。
「シーナも出身がアベルなの?」
「いいえ、私は王都出身ですよ。ただ、アベル領には知り合いというか大切な人がいるんです」
大切な人。
それは恋人なのかもしれない。
いいなと目を細める。
「アベルに着いたらわたくしのことは気にせず、大切な人に会いに行ってね」
「そんなこと仰らないで。アベル領に着いたら料理店を開こうと思っているんですよ。手伝っていただけると嬉しいです」
「わたくし、料理なんてしたことないわ」
「あら、料理以外にだって仕事は沢山あるんですよ」
料理店か…と自分が働く姿を思い浮かべるが、上手く想像出来ない。
やはり自分が働く姿といったら…遠い昔の白衣姿。
戦場を駆け巡っていた医者の自分だ。
「…」
「手伝うかどうかは別として、ナリア様には私の大切な人に会っていただきたいです」
「シーナの大切な人に?」
どうして?と首を傾げるが曖昧に微笑んではぐらかされてしまう。
「きっと良い出会いになると思いますよ」
丸一日かけて到着したアベルの城壁は古びてしまってはいるものの記憶と同じ物で、わたくしの目に涙が滲んでくる。
「ナリア様?」
「…なんでもないわ、行きましょう」
心配そうなシーナに首を振り、領の中へと足を踏み入れる。
流石に領の中の建物や領民は記憶と遥かに違っていたが、それでも此処はアベルなのだと嬉しくなった。
商店街を素通りしてシーナに連れてこられた場所は、領主の邸だった。
「…この邸は」
あちこち手直しされてはいるものの、それはかつての婚約者ジルドの邸だった。
堪えていた涙が目からぽろぽろと零れ落ちる。
噂には聞いている。
あの人は、ジルドは、此処で領民を護る為に最後まで戦って死んだのだと。
最後まで誇り高い立派な領主だったのだと。
「母上!」
両手で顔を覆っていると、聞き覚えのある声が耳に響く。
それは勝手に婚約解消を宣言して辺境送りになった息子のアルフレッドだった。
「アルフレッド、どうして此処に?」
「それはこちらの台詞です。護衛もつけずにどうやって」
「ちゃんと護衛もつけて馬車で来たのよ。料理人のシーナに付き添ってもらって」
そういえばアルフレッドはアベルに送られたんだったと思い出し、叱られそうな雰囲気にアタフタしつつ答える。
アルフレッドはシーナに視線を向け「有難う」と頭を下げた。
「母は王宮から全く外へ出ない生活をしていて世間知らずなので、助かりました」
「いいえ、大したことではございません。頭を上げてください夫殿」
夫殿。…夫???
目をパチクリしつつシーナとアルフレッドを交互に見つめる。
「ね、ねえシーナ。貴女の大切な人ってもしかしてアルフレッドなの?」
「ええ?違いますけれど?」
違うらしい。
逆に「何故そんな勘違いを?」と戸惑われ、困惑してしまう。
そんな中、邸から出てきた女性に「ようこそいらっしゃいました」と声をかけられた。
「お義母様…とお呼びしたらよろしいのかしら。ユーリと申します」
「ナリア様、私の大切な姫様です!」
この人こそがと紹介され、カーテシーをするその姿をじっと見つめる。
肩までの黒髪を揺らし、その瞳もまた漆黒。
まるで黒曜石のような輝きを持つ女性だと思った。
金の髪とエメラルドの瞳を持つ華やかなソフィーナとはまた別の美しさだ。
「貴女がアルフレッドの選んだ女性なのね」
「選んだというか当て馬にされただけですけれど」
「ええっ、当て馬?ユーリ嬢はまだそんな勘違いを?僕はちゃんと伝えたよね『愛してる』って!」
突然繰り広げられる公衆の面前での告白に、ユーリは動揺して挙動不審になる。
「え、あ、ちが、それはっ!だってあの時は偶然近くにいたから選ばれただけで」
「どんなに遠くでも選ぶよ。僕が選ぶのはユーリ嬢だけだ」
「もうやめてくださいまし!こんな人前で恥ずかしいですわっ」
犬も食わない痴話喧嘩だ。
真面目を絵に描いたようなアルフレッドにもこんな一面があったのかと感心していると、シーナに「甘々ですね」と耳打ちされた。
「そうね、幸せそうで安心したわ」
この邸で二人が幸せに暮らしている。
それだけで過去の哀しみが癒されていく気がした。
「それで、お義母様は離縁状を置いて王宮を出てきたというお話でしたが今後はどういうご予定で?」
応接室に案内され、ようやく話の続きが出来る。
とはいえ、予定なんてものはあってないようなものだった。
「わたくしはもう平民同然ですので、街で働こうと思っていますの」
「アベル伯爵の母君ですので、平民ではありませんわよ」
「アルフレッドの追放に何も出来なかったわたくしが甘えるわけにはいきませんわ」
「母上」
それは違うと反論しようとするアルフレッドを左手で制し、ユーリは「それでは」と提案する。
「診療所を開くのはどうでしょうか。この街にはまだありませんので」
「診療所…」
「医学を学んでいたとお聞きしました」
知っているのかと驚いて見つめると、ユーリはニコリと微笑んだ。
「設備は出来る限りこちらで整えさせていただきます。どうかアベル領のため力をお貸しください」
「…」
ああ、勇気を出して良かった。
言葉も出ないままわたくしは何度も頷いた。
二十年間止まっていたわたくしの時間が今やっとまた動き出したのだ。
ねえジルド、今もまだわたくしのことを見守ってくれていますか。
わたくしも貴方のように誇り高く、この地に尽くしたいと思います。
そしていつかこの命が終わる時が来たら、どうかわたくしを迎えに来てくださいませ。
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