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27 決断の時
しおりを挟む王家と和解するか、国から離反するか。
突き付けられたルーファスは暫く声も発せない様子だった。
「国から離反…だと?お前達はそんなことまで考えていたのか」
「いえ、王家との和解も視野に入れていました。今となってはもう無理かもしれませんが」
「私まで切り捨てられてしまいましたから。…すみません、お役に立てなくて」
クリストがしょんぼりと謝るが、アルフレッドは「そんなことはない!」と強く否定する。
「クリストはよく頑張ってくれた」
「そうですわ。そのお陰で私達は今、ベリア公爵と交渉が出来るんですもの」
そう、これは交渉だ。
困惑しているルーファスを射貫くように鋭く見つめる。
さぁ落ちていらっしゃい、こちら側に。
「オルタ国は聖大陸最大の国。敵対しても勝ち目はないだろう」
「そのオルタの国力はほぼベリアそのものでは?このまま王家に吸い取られて衰弱する前に立ち上がるべきだと思いますわ」
「ベリアは外交で栄えてきた領だ。外交が断たれれば息が続かない」
「それはどうでしょうね。貴方が今まで築いてきたのはそんな簡単に崩れるモノですか?」
ルーファスが一声上げさえすれば。
王家の横暴に堪えてきた者達、ベリアに恩がある者達、ベリアが潰れれば共倒れになる者達、交流を続けてきたゼノス国だって。
ベリアの背を押す追い風になってくれるかもしれない。
「…」
ルーファスの目に光が灯る。
野心溢れる若者のように、滾る瞳で。
「もしベリアが独立の旗印になったとして、それに手を貸すアベルのメリットはなんだ?」
「メリット…」
メリットねぇと腕を組む。
どうして私はこんなにベリアを潰したくないんだろうと改めて考え込んだ。
「私の夫を見下した奴らを痛い目に遭わせてやりたい、ってところかしら」
「は?」
予想外の言葉だったのか、ルーファスが間の抜けた声を出す。
ソフィーナもクリストも唖然とした顔をしていて、隣のアルフレッドは…
驚愕で固まったまま顔を真っ赤にしていた。
「そ、そんな理由か?…いや、しかし何故か納得だ。見せつけられ続けて私も遂に毒されたか」
「そんなに見せつけてませんわ。人をバカップルみたいに言わないでくださいまし」
「おいクリスト、こいつらは自覚がないタイプなのか?」
「いけません父上。野暮を言うと馬に蹴られますよ」
クリストにフォローにならないフォローを入れられ、そこまで?と不安になる。
私達は婚姻して一年以上経つものの、式を挙げるまではと言って初夜もしていない。
それどころか、一般的な恋人同士がするようなデートやスキンシップも何もしていないのだ。
そう、何も、まったく。
夫婦どころか恋人ですらない関係。
「まぁメリットというかどうかはわかりませんが、ベリアに求めていることはありますよ。塩とか香辛料とか」
「その程度か」
「それからゼノス国との交流」
「ゼノス国?」
あの国と?と不思議そうに首を傾げる。
ゼノス国の特産物といえば染料である。
芸術家の多い王都や衣料の街カームならばまだしも、アベルに必要とされるようなものではない。
と、思うのが普通。
「実はあの魔素ろ過機。構造は空気清浄機と何ら変わらないのですがフィルターだけが特殊でして。定期的に新しい物と交換しなければなりませんの」
「空気中の魔素を取り除くフィルターか。なるほど、それがゼノス国で入手できる素材で出来ているのだな」
「ご名答ですわ」
「因みにそれが何なのか訊いても?」
魔素ろ過機をベリアにも置こうと思っているならそこは知っておきたいトコロだろう。
隠すことでもないかと私は頷いた。
「花ですわ」
「花?」
「ご存じありません?『ゼノスの美しき花』という詩を」
隣に座るアルフレッドから「あ」という声が短く聞こえ、向かいのソフィーナが「知ってますわ!」と手を挙げてアピールする。
「ゼノスに伝わる古い詩ですわよね!」
空を舞う、雪の花弁ひらひらと
凍てつく大地に咲き誇る、世にも美しき花がある
美しきは、赤き勤勉の花
美しきは、青き誠実の花
美しきは、白き慈愛の花
美しきは、黒き謙虚の花
ゼノスの花よ咲き誇れ、人々の心に咲く強かな花
「アルフレッド殿下の好きな詩なのだと聞きましたわ」
暗唱してくれたソフィーナがチラとアルフレッドを見る。
アルフレッドは複雑そうな顔でクリストを見やった。
「何ですか?別にいいでしょう。私だってたまには可愛い妹を応援することもあります」
「応援て。僕はユーリの夫なんだが」
「ああ!いいえ、誤解しないでくださいませ。これは横恋慕などではなく推し活なのですわ!わたくしは殿下とユーリをセットで推しておりますの。ですので殿下の恋堕ちエピソードは大変美味しゅうございました!」
「恋堕ちエピソード?」
「うわぁあああ!!!ユーリ嬢、聞かなくていいから!本題に戻ろう!!!」
何か都合が悪いのだろうか。
慌てたアルフレッドに両耳を塞がれ、私は不満に思いつつも「それでは」と話を戻した。
「実はその花、実際に雪山に咲いているそうで。ゼノス国の染料の材料はその花なのですわ」
「雪山に花が?」
「不思議ですわよね。それが雪山に住む聖獣の力だと言われているらしいのですが」
その花々は魔素を寄せ付けない。
なので国を魔素から護る結界のような役割を担っているのだという。
「それでは、その花を採ってはいけないのではないのか?」
「沢山咲いているらしいので。探りに行った者の話によりますと、聖獣の子も獲って食べているらしいですわよ」
「は???」
あり得んと顔を顰めるルーファス。
その反応、キサラの報告を受けたアルフレッドと同じだ。
聖獣をとても大切にしている故に情報を秘匿されていると思っていたが、実はゼノス国民は聖獣のことなど殆ど知らなくて。
その恩恵である花どころか聖獣の子まで食い物にしている実態だったという。
「それは…大丈夫なのか?ゼノス国に未来はあるのか?」
「だって生きる為には食べなければなりませんもの。聖獣はゼノス国の民を生かす為に女神セレイナが遣わせたと言いますから、腹を満たすことも込みでということなのでしょうね」
「そんな滅茶苦茶な」
「聖獣の子は兎のような姿をしていて、沢山いるらしいですわ。その子達は花が主食と聞きました。大変可愛らしいということなので一匹連れ帰って欲しいと頼んでいるのですが」
寒いところでしか生きられないのならば難しいかもしれない。
花も育てられるか試してみたいが、ゼノス国のような環境が整えられるかどうか。
ロクのどこでも異空間ドアで雪国仕様に設定すれば…ハッ、ダメダメダメ。
あれは世に出してはいけないモノ。
あんな節操なく好き勝手に便利道具を生み出してしまっては、そのうち女神セレイナ様に怒られてしまう。
…でも、節操ってなんだったっけ?
最近領の北の山の方で節操なんてものを木っ端微塵に砕いている人達がいるんだけど、節操ナニソレ美味しいの?
「わかった。ゼノスの国民性のことは一旦置いておこう。つまり君達がベリアに求めているのはゼノス国との交流を続け、花を仕入れて欲しいということなのだな」
「染料の状態で大丈夫ですわよ。フィルターにそれを塗るだけなんでそちらの方が便利です。魔素ろ過機はロクに作らせるまでもありません」
「…」
何かの冗談かと言わんばかりのジト目でこちらを見つめるが、私だって同じ気持ちだ。
自領の命運を左右するほどの魔道具なのだから、もうちょっと凄い物であって欲しかった。
「それならば、ベリアはオルタ国から離反し独立の道を選ぶと宣言しよう。皆、それでいいな?」
ルーファスはクリストとソフィーナ、そして控えている執事長やメイド長にも目を配り、全員が頷くのを確認する。
そして執事長に「業務用の大型空気清浄機を大至急、塔に注文しておいてくれ」と託けると、執事長は一礼して執務室を出ていった。
「これから忙しくなるな。王宮から正式な通達が届く前に各方々に独立の話をしに行かなくては」
「父上、王家に悟られないように慎重に動いてください。私は領内で戦いに備えて食糧と武器を搔き集めます」
騎士団に連絡を、魔石の補充を、と打ち合わせを始める父と兄を見て不安になったのか、ソフィーナがオロオロしながら私に近寄ってきた。
「ユーリ、戦いだなんてわたくし怖いですわ」
「王都騎士団は強いですからね。不安でしたらソフィは暫くアベル領の方に身を寄せますか?」
「…いえ、お父様もお兄様もベリア領で戦うと仰っているのにわたくしだけ逃げるわけにはいきませんわ」
「大丈夫だソフィーナ嬢。ベリア領にも立派な騎士団があるし、そこを活動拠点としている冒険者も多い。きっと一緒に戦ってくれるだろう」
私がソフィーナの手を握るその上からアルフレッドが手を重ねる。
勇気づけられたのか、ソフィーナは「はい」と力強く頷いた。
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