魂が百個あるお姫様

雨野千潤

文字の大きさ
上 下
26 / 43

26 アベル領の過去

しおりを挟む
かつてのアベル領の領主は英雄だった。

魔物と心を通わせ操ることのできるガノルの姫巫女。
魔大陸から大型の魔物を連れてくることに成功したガノルはオルタ国に攻め入ろうと激しい攻撃を仕掛けてきていた。

それを迎え撃つは辺境伯ジルド・アベル。
彼は飛んでいるドラゴンすらも斬り落とすと言われるほどの剣豪だった。

そして領主としても有能だった。
ジルドは領民を護る為、領地を囲む高い城壁を建て要塞を作る。

彼を支えたのは医術を学んでいた平民の婚約者。
彼女は戦場を駆け回りその医術で人々を救い、やがて『戦場の聖女』と称えられた。

ジルドはオルタ国の支援と期待を一身に受け、ガノルのよこす大型の魔物を次から次へと撃破して遂にガノルを退散させることに成功した。


誰もがジルドを英雄と称え、満を持しての『戦場の聖女』との婚姻を祝福していた…

はずだった。



「どうして此処にいるんだ」

式の後、王都にあるベリア邸のルーファス執務室にて。

眉間に皺を寄せたルーファスが私達を睨みつける。

「お父様、わたくしのお友達ですわ」

「父上、殿下は私が心に決めた主君です」

「いや、時と場合を考えろ。この大事な会議に部外者を入れるんじゃない」

娘と息子の反論に頭痛がするのか、ルーファスは両手で頭を抱えた。

この場に夫人は居ない。
倒れてしまったのでそのまま寝室で休んでもらっている。

居るのはルーファスとクリストとソフィーナ、そしてアルフレッドと私だ。
この邸の執事長やメイド長は壁に並び、話し合いの邪魔にならないよう控えている。

「必要かと思いまして。わざわざ領に帰る予定を延ばしましたのよ」

「ベリア公爵。僕達に出来ることがあるなら頼ってほしい」

善意を前面に出しているが、ルーファスがどう対処するか好奇心の方が大きい。
そして隙さえあれば漁夫の利を獲りたい。

その腹が見えているのだろう。
ルーファスは面白くなさそうにこちらを睨んだ。

「爵位降格。そして宰相役の解任。表立っての処罰はそれだけだが、覚悟はしておいた方が良いだろう。アベル領の悲劇の再来を」

「アベル領の悲劇?」

何のことですの?とソフィーナが首を傾げる。

公然の秘密のようなものなのだが、王太子妃教育ではまだ秘匿するのだろうか。
ソフィーナが何も知らないのが意外だった。

「気に食わない貴族の領地の聖王石を没収するのですわ。王家は最終手段、それを脅しとして貴族を従わせている」

「聖王石を没収するとどうなりますの?」

「その地で魔物が発生するようになり、街は破壊されます」

「そんな…」

詳しく説明するとソフィーナの顔が青ざめる。
オロオロとルーファスやクリストの顔を見つめるが、大丈夫なんて安心させるような言葉は出てこなかった。

「そういえばアベル領は何故、聖王石を没収されたのですか?」

クリストがふと訊ねる。
ルーファスは「そうか、知らないのか」と物憂げなため息をついた。

「領主の婚約者を王家が取り上げるのに抵抗したからだ」

「…はい?」

とんでもない横暴にクリストが目を白黒させる。
もう少し詳しい前置きが必要だったかとルーファスが紅茶を手に取った。

「王家は相応しい婚約者がいないとき、国民からの求心力を高める為に度々『愛し子』を召喚しているのだ」

一口啜ったルーファスはその温まった息を吐き、当時のことを話し始める。

「愛し子は特殊な能力を持ち、国民を助けてくれることも多い。愛し子を王家の血に混ぜることで女神セレイナを信仰している者から一目置かれるという効果もある。シルヴァード陛下の時も愛し子を召喚し、その者を伴侶にしようと試みた。今から約二十年も前のことだ」

「だが失敗した。召喚の魔法陣からは聖力が失われているのに、愛し子はそこに現れなかった」

アルフレッドが続ける。
滑稽だと言わんばかりに苦笑を浮かべて。

「召喚の魔法陣はその先十年は使えない。王家と神殿は血眼でその愛し子を捜し回った。そこで引っかかったのが」

「アベル領主の婚約者だったというわけですか」

なるほど、と納得の声を上げながらクリストは足を組んだ。

「だが、逆効果だった」

とルーファスはヤレヤレと頭を振る。

「当時国の英雄だったアベル領主からその婚約者を奪うのはとんでもない悪手で。更に抵抗したアベル領主を懲らしめる為に聖王石を奪って領を滅ぼした。序でに言うなら『戦場の聖女』と呼ばれたその平民の婚約者は愛し子でもなんでもなく。国民からの求心力を高めるどころの話ではない。それが、シルヴァード陛下に治世の才なしと言われる所以だ」

「まぁ、ギルバード殿下といい陛下といい、あの親子は揃って性悪ですわね」

誰もが思っても口にしないようなことをソフィーナがさらりと口にする。

「あ、アルフレッド殿下は別ですわよ。先程も壇上から落ちそうになったところを助けていただき、有難うございました。あのような場でしたが、殿下の腕の中はとても安心できましたわ」

いい匂いだったし、と頬に手を添えながらほうっと悩ましげなため息をつく。

この子は悪い子ではないのだが、思ったことをすぐに口にしてしまう。腹に隠しておけない。
王太子妃とか王妃とかには絶対に向いていないような気がする。
辞めて良かった。結果オーライだった、うん。

「話を戻すが、今回の件で陛下は私に『聖王石を没収して領地ごとベリアを潰す』と宣言しているように思えるのだ」

「いえ、父上。それは飽くまでも脅しであって、陛下が求めているのは脅しに屈して奴隷のように従うベリアではないのですか?」

「同じことだ。そうしたところでいずれボロボロにされて捨てられる」

「そんな!お父様、策はないのですか?」

縋るように娘に懇願され、ルーファスは腕を組んでこちらをチラッと見た。


「あー、ところでアベル伯爵。相談なのだが、魔素を取り除くあのおかしな魔道具は量産出来るモノなのだろうか」

「…」
「…」
「…」

アルフレッドが黙り、私も口を噤み、返答を待つルーファスも黙っている。
沈黙に耐えられなかったルーファスが「なんだ!?わかってて来たんだろう、お前達はっ」と声を荒げて怒り出した。

「私に謝ってもらいたいのか!?そうか、私の土下座が必要なのだなっ?この人でなし!」

「いえ、そうではなく。魔素ろ過機に関しての知識はあの魔導士に訊ねてみないとわからなくて」

突然の逆ギレに「誤解です」とアルフレッドが慌てて弁明する。
ルーファスの土下座はちょっと見てみたいような気がしたが、私も「そうですよ、誤解です」と扇子を広げて口元を隠した。

「魔素ろ過機に関しては、何とかしてあげなくもないですわ」

「含みのある言い方だな。ただでというわけではないと?」

「それはそうですわ」

ねぇ、と隣のアルフレッドに視線をやる。

今のアルフレッドならわかるはずだ。
私が何を言いたいのか。

「アベル領と同じだな。ベリア領の未来にも二つの選択肢がある」

頷いたアルフレッドは目の前に二本の指を掲げた。


「「王家と和解するか、国から離反するか」」


アルフレッドに声を合わせたのはクリストだった。
呆気に取られたようにルーファスが目を丸くする。


「今こそ決断の時だ。僕も、貴方も」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

群青の軌跡

花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。 『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。 『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。 『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。 『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。 『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。 小説家になろう、カクヨムでも掲載

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

ダークナイトはやめました

天宮暁
ファンタジー
七剣の都セブンスソード。魔剣士たちの集うその街で、最強にして最凶と恐れられるダークナイトがいた。 その名を、ナイン。畏怖とともにその名を呼ばれる青年は、しかし、ダークナイトをやめようとしていた。 「本当に……いいんですね?」 そう慰留するダークナイト拝剣殿の代表リィンに、ナインは固い決意とともにうなずきを返す。 「守るものができたからな」 闇の魔剣は守るには不向きだ。 自らが討った聖竜ハルディヤ。彼女から託された彼女の「仔」。竜の仔として育てられた少女ルディアを守るため、ナインは闇の魔剣を手放した。 新たに握るのは、誰かを守るのに適した光の魔剣。 ナインは、ホーリーナイトに転職しようとしていた。 「でも、ナインさんはダークナイトの適正がSSSです。その分ホーリーナイトの適正は低いんじゃ?」 そう尋ねるリィンに、ナインは平然と答えた。 「Cだな」 「し、C!? そんな、もったいなさすぎます!」 「だよな。適正SSSを捨ててCなんてどうかしてる」 だが、ナインの決意は変わらない。 ――最強と謳われたダークナイトは、いかにして「守る強さ」を手に入れるのか? 強さのみを求めてきた青年と、竜の仔として育てられた娘の、奇妙な共同生活が始まった。 (※ この作品はスマホでの表示に最適化しています。文中で改行が生じるかたは、ピンチインで表示を若干小さくしていただくと型崩れしないと思います。)

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...