魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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23 アレクサンダー

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私の両親は物作りのプロだ。

父サトシは『設計士』で、こんな物が作りたいと思えば自然とその設計図が描けるのだという。
そして母ミサトは『製作士』、設計図さえあればどんな物でも作れるのだという。

それが、ちょっと普通じゃないということは流石に私にもわかっている。

父が設計図を描く時は自動書記のように腕が勝手に動いているし、母は材料も何もない状態から完成した物がポンと出てくる。

でもまぁ私も魂が百個ある人間だったので、そういうこともあるかと深くは考えないことにしている。


そうして作った安全で丈夫で快適な馬車『ニ〇バス2000』を王家に献上し、父は男爵位を序爵した。

何故『ニ〇バス』で『2000』なのか。
名前の由来は知らないし、教えてもくれない。
父は時々よくわからないことを言う。


その両親から『ようやく仕事が片付いたからアベル領へ向かう』と連絡が入った。

移住する予定だと聞いてから一年以上も経っているので、こちらの準備は万端だ。

両親に暮らしてもらう為の住居は、土地は私が確保し家はトーマが建てた。
そんなに広くもなく建物も質素だが、王都で住んでいた時の家よりは豪華だ。

文句があればどうせ自分達で勝手に改築でも何でもするのだろう。


「ご両親に…謝らなければ」


到着すると知らせがあった日の朝からアルフレッドはガチガチに緊張していた。

殴られる覚悟もしているらしく、父の体格はトーマと似ているのかどうかなど私にさり気なく訊ねてきたりする。

面白いのでとりあえず「父様と兄様はそっくり」とだけ情報を流しておく。

「楽しみだな、ユーリ」

対照的にウキウキが止まらないのはトーマだ。

無理もない。
これまでトーマの日常には両親の作ったモノが溢れていた。

その最たるモノがバスターソードだ。
唯一無二の彼の愛剣は身長体重握力などから全て計算し尽くされたトーマの為だけの剣である。

そしてトレーニングマシン。
その独特の筋肉を鍛える機械でトーマは超人的な筋肉を手に入れたといっても過言ではない。

次はどんな玩具を生み出したのか。

完全に少年の瞳になっているトーマはクリスマスの前夜に眠れない子供のように落ち着きがない。
遠くに両親の馬車が見えた時、初めて見るわけでもないくせに「ニ〇バス2000だぁー!」と歓喜の声を上げた。


「久しぶりね。トーマ、ユーリ」

サトシから差し出された手を取り、ミサトが馬車から降りてくる。
母は相変わらず若作りでスタイルが良い。

「元気だった?」

「母さん、俺が元気じゃない時なんてないよ」

「いや、ありましたけど」

「ユーリ、シーッ!」

余計なこと言うなと口の前に人差し指を立てられる。
そんな私達のやり取りを見て、ミサトは「あはは」と声を立てて笑った。

「そんなことより父様母様、この御者の方は何ですか?」

馬車到着からずっと気になっていたことを訊ねる。
『誰』ではなく『何』と訊いたのには訳がある。

フルフェイスのヘルメットを被ったその御者は、雰囲気が人でないように感じたからだ。
その中の顔はよく見えないが、目が光っているような気がする。

「よく聞いてくれた!彼は『アレクサンダー』といって…、うん、君達の弟だよ」

私達の弟と紹介されたアレクサンダーは前に進み出て「コンニチハ」と声を発した。


「私ハ『アレクサンダー』アナタノ心ト身体ヲ護リマス」


「「は???」」



完全にタイミングを逃したアルフレッドが「申し訳ございません」と両親に頭を下げたのは、応接室に案内された後のことだった。

「僕が娘さんを巻き込んでしまった所為でこんなことに」

「あらぁ。いいのよ、気にしなくても」

身体のラインにピタリとフィットする真っ赤なドレスに太ももが見えるくらい深く入ったスリット。
亜麻色の髪を一つまとめの御団子にして、良い感じの乱雑さがうなじやおくれ毛を際立たせる。
色気を駄々洩れさせながらも本人は気安い雰囲気で笑い飛ばした。

「あの子は本当に嫌だったらどんな手を使ってでも脱出する子よ。一年も此処に居るのだから、貴方は選ばれて認められているということ」

「そういうことだ。俺のことは気兼ねなく『お義父さん』と呼んでくれ。よろしくな、義息子よ」

豪快に笑いながらアルフレッドの肩をポンと叩く。

ほら、そういうトコロ。父と兄はそっくりだ。
体格的には普通より少し筋肉質なだけで、そっくりというほど似ているわけでもないのだけれど。

「そ、それでは義父上と呼ばせていただきます」

「真面目だなぁ」

トレードマークの黒いバケットハットに手を置き、呆れたように苦笑する。

父は普段からくたびれたティーシャツにユルユルズボンというだらしない恰好を好んでしている。
目つきが悪いのを気にしていて、バケットハットはそれを隠す為の道具だ。

そしてタバコ好きで考え事をする時はいつも吸っている。その所為で、私の中では父の匂いイコールタバコの匂いだ。

「父さん、アレクサ強いぞ!腕相撲で勝てねぇっ!」

「私ハ『アレクサンダー』デス。『アレクサ』デハアリマセン」

「いいじゃん『アレクサ』で。『アレクサンダー』なんて呼びにくい」

「『アレクサンダー』ハ『人ヲ護ル者』トイウ意味ダト主ガ名付ケテクダサッタンデス。勝手ニ変エナイデ」

「お前、ロボットなのによく喋るなぁ!」

簡単に説明されたことを要約すると、アレクサンダーはロボットという機械の人形なのだということだった。

設計者であるサトシのことを主と認識しており、自分で考え行動するという判断力や学習する力を備えているのだという。
既に人間の生活に馴染めるだけの知識はインプットされており、壊れた際にはある程度自分で修理するというプログラムも組まれているらしい。

「結婚祝いだ。受け取れユーリ」

「え、私に?」

「お前の為に作ったんだ。十三年もかけて」

懐からタバコを取り出し、ライターで火を点ける。
それを見たミサトが「コラ、他所の家で」と非難しつつ携帯灰皿を差し出した。

「俺らはずっと傍に居てやるなんて約束は出来ないけどよ。コイツは基本死なねぇから。俺とミサトの知識と技術ありったけ詰め込んで作ったんだ」

「そうよ、私達だと思って傍に置いて頂戴。どんなに遠い未来へ行っても、絶対に貴女を一人にはしないわ」

「…」

知っていたんだと目に涙が滲む。

私が自殺を図ったあの十三年前。心配をかけまいとして誤魔化したつもりだったけれど。
私の不安は見抜かれていたんだ…。

「父様、母様、…有難う」

「おいおいおい、しんみりすんなよ。泣けてきちまうじゃねぇか」

「そうよユーリ。アレクサを大事にするのよ」

「ミサト『アレクサ』デハアリマセン。私ハ『アレクサンダー』アナタノ心ト身体ヲ護リマス」

アレクサンダーの中では譲れない案件なのか、空気を読みつつも口を挿んでくる。

「ねえ気になっていたんだけど、その名乗り口上は一体なんなの?」

「知リマセン。主カラソウ名乗レト言ワレタンデ」

「ははは。いいじゃんいいじゃん、気にするなって」

いつもの、父の匂いだ。
これがいつもの私の家族の匂いだ。

「父様母様、大好きっ!」

「おわっ、タバコ危ないって!」

「ふふ、母様もユーリが大好きよ」

「アレクサ、も一回腕相撲勝負しようぜ!」


この日ばかりは私もトーマも、ただの子供に戻って思う存分両親に甘えた。


そしてアレクサンダーは即日、この領主の邸の執事長に任命されたのだった。
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