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22 ベリア公爵再襲来
しおりを挟むルーファス・ベリアが再びやって来た。
「何故生きているんだ」
私の顔を見るなり第一声がソレ。
その反応、貴方の娘とそっくりですわよ。
「ようこそいらっしゃいました、また先触れもなく」
二回目の無礼ともなれば営業スマイルは無しだ。
出迎えた私は「応接室へ」とルーファスを招く。
「娘を返してもらおうか」
「返せだなんて。ソフィが自分の意志で来たのではないですか」
アレ、デジャブかしら?
前回も似た問答をしたなと思い返し「ふふ」と笑みを漏らす。
「公爵様も大変ですわね。決して暇なわけではないでしょうに」
「息子が帰ってきてくれたお陰で、そこまででもない」
フフンと息子自慢をするルーファスは、私がクリストを説得しただなんて夢にも思っていないのだろう。
応接室に着くと、慌ただしい足音を立てアルフレッドとソフィーナが部屋に駆け込んできた。
「お父様!」
「ユーリ嬢!」
「二人とも、落ち着いて」
大丈夫だからと宥めつつ着席を促す。
アルフレッドは私を背に庇いルーファスへ威嚇の視線を投げるが、護衛は御者と共に馬車で待機させているし剣も置いてきてもらっている。
恥ずかしいからやめて欲しい。
「ソフィを迎えに来ただけのようですわよ」
チラとソフィーナを見ると「もう大袈裟なんだから」と照れつつも嬉しそうだ。
「家出かと思って」
「ただの気分転換ですわ。ちゃんとクララもヤナギも連れて来たでしょう?」
「王宮へ向かうと言って家を出たのに、来ていないと連絡を受けたものだから」
それは家出だ、と思ったのは私だけでないはず。
アルフレッドと顔を見合わせ、互いに頷く。
「またいつでも遊びに来てくださいまし」
「勿論よ。ユーリもたまには王都に遊びに来て頂戴」
「それは…」
大丈夫なのだろうかとルーファスを見やるが、彼は何も聞こえていないフリをしている。
「バレないように行きますわ」
「嬉しい!待ってますわよ」
約束と念を押され笑顔で頷く。
そこでルーファスの用事は終わったはずだ。
だがルーファスは席を立とうとはせず「ところで」と足を組んだ。
「アレは稼働しているのか?」
「…アレとは?」
「あのおかしな魔道具だ。魔素を取り除くとかいう」
魔素ろ過機のことだと思い当たり、領主のアルフレッドが受け答えするべきだと判断して私は引く。
「稼働しているからこそ街に人や店が増えている」
「確かにその通りなのだが。もうまったく魔物は出ないのか?」
「魔物の肉が獲れなくて肉不足に陥るくらいには」
二人の会話を聞いていたソフィーナがハッと口に手を当てるが「昨夜のステーキは牛肉ですわ」と耳打ちして安心させてあげる。
「足りないのは肉だけか?野菜は?」
「砂地でも育つ野菜は意外とありまして。農地をどんどん増やしている段階です」
「やるじゃないか」
褒められるとは夢にも思っていなかったアルフレッドが目を丸くしてルーファスを見つめる。
「私は馬鹿や無能は嫌いだが、優秀な者はきちんと評価する。息子や娘が君を嫌っていないのならば、私がこれ以上君を憎む理由もない。必要なことがあるのならば手を貸してやってもいい」
「僕は貴方に妻を殺されたのですが」
忘れたとは言わせないと睨むが、ルーファスは「生きてるじゃないか」と笑って流した。
「どうせあのおかしな魔導士が何か仕組んだのだろう?こっちだって護衛を殺されているんだ。許せ」
「許さない」
「…」
一歩も引かないアルフレッドと睨みあい、根負けしたのはルーファスだった。
「わかった。私の手助けなど要らないということなのだな」
「塩と香辛料」
「要るんじゃないか」
どっちなんだと呆れたように笑う。
アルフレッドは小声で「それでいい?」と私に訊ねた。
アベル領に足りなくてベリア領に要求できるモノ。
大き過ぎず小さ過ぎない、ちょうどいいバランスで。
ちゃんとわかっているじゃないと頷き返す。
「それで誠意を見せて貰えれば許すかもしれません」
飽くまでも『貸し』ではなく『償い』だということ。
意図を汲んだルーファスは「ほう」と楽しそうに指で顎を撫でた。
「私に腹芸を仕掛けるか、若造めが」
「腹芸なんてとんでもない。いずれクリストが融通してくれるだろう案件を敢えて先に提示しているだけですよ」
「…」
そう言われてみれば時間の問題だと思えなくもない。
冷静に考えればかなりの暴論だと思えるのだが。
「わかったわかった。誠意を以て償わせてもらおう」
若者にやり込められるのも悪くないといった顔でルーファスが了承する。
「なかなかやり手の領主だ。この地の今後が楽しみだな」
ルーファスとソフィーナの馬車を見送ると、空はもう夕暮れだった。
「昨日今日の予定が狂ってしまったな」
計画を立て直さないとと頭を掻くアルフレッド。
あのルーファスに褒められたというのに、舞い上がる様子は少しもなかった。
「ご立派でしたわよ」
「え、本当に?」
途端に顔が緩む。
まるで見えない尻尾をブンブンと振っているかのようで、私は思わず「ふふっ」とふき出して笑った。
「ええ本当に。塩の件は私も困っていたところでしたの。我が領には海がありませんから」
「どうしても他領との交易が必要となってしまうのに、ウチは見捨てられた地だからね」
うんうんと頷きながら語り合う。
「他にもベリア領には港がありますから」
「他国や他領との交易が盛んで、手に入らないモノはないとまで言われている」
「そうですわ。そのベリアとの交易を続けていければ…」
「お二方共、今日の仕事がまだ片付いていないのでは?」
いつまで油を売っているんですかとヨツイに声をかけられ、そうだったと現実に引き戻される。
見ればアルフレッドの顔もまた、私同様にげんなりとしていた。
「人手が足りませんわよね。仕事量が多過ぎて。せめて仕事を振り分ける執事のような人が欲しいですわ」
「ユーリ嬢の分身達を駆使してもこの忙しさ。かといって人を雇うのも難しいな」
困ったと黄昏の空を見上げる。
アルフレッドが慎重になるのも理解はできた。
「信頼できるかどうかの見極めって、長い時間をかけてようやく出来ることですからね」
「しかし、そうも言っていられない。一応、募集はかけてみようか」
貴族の生活にも慣れている者で年齢は二十から五十まで。
読み書きが出来て一般教養も身に着けていて、判断力に長けている者。
男女は問わない。
この上、人格や人当たり云々まで求めたとしたら該当する者などいない。
だが意外なことにこの問題は、近いうちに解決することとなる。
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