魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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21 ソフィーナ嬢襲来 アルフレッドside

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この南城壁の外には森が広がっている。

王都に繋がる東側の森が南にも広がっているということなのだが、少し違うのはその先が海だということだ。

この先の海。
それが我が領だったなら、と悔やまれる。
北を山脈、東と南を森、西を砂漠に囲まれたアベル領には海がない。

もし海があれば。

睨むように森を見つめていると、背後から「アルフレッド」と声をかけられた。

「ユーリ嬢?」

振り返ると確かにそこにユーリ嬢は立っていたが、僕の視線はその隣の女性に釘付けになった。

「ソ、ソフィーナ嬢?」

声に動揺が滲む。

殴られるかもしれない。いや、彼女に殴られたことなんてないのだが。
ヒステリーを起こして物を投げつけるくらいのことはされるかも。

僕は最大限の警戒で彼女に向き合う。

「お久しぶりですわ。アルフレッド殿下」

予想外にソフィーナ嬢は落ち着いた声音で、礼儀正しくカーテシーをしてみせた。

「ああ、久しぶりだな。こんな場所で再会なんて驚いたよ」

「お元気そうで何よりですわ」

「ソフィーナ嬢も」

「…」

会話が途切れてしまった。
困っているとユーリ嬢が「どうでしたか、視察は」と話題を振ってくれる。

「この城壁は、領を護る為にはとても良い物だ。だが、その所為でとても閉鎖的になっている」

「敵国ガノルが近いのですから、仕方ありませんわ。此処はオルタ国の最終防衛ラインなのです」

「ガノルとは何故敵国なのか」

「道徳や価値観が相容れなかったのですわ」

「自分達と違うモノは受け入れ難い…ということか」

人の心は難しいものだなとソフィーナを見ると、何故か彼女の頬が不満げに膨れていた。

「ど、どうしてそんな顔を?」

「どうしてもこうしても。殿下は相も変わらずわたくしには無関心ですわね。このわたくしがわざわざこの辺境の地まで会いに来たというのに」

「そんなことは」

「そんなことありますわ!!!」

拳を握りしめたソフィーナ嬢が力説し、僕は黙らされてしまった。

「わたくし…っ、赤が好きだと言ったのに贈り物のドレスやアクセサリーはいつも青!黄色いバラが好きだと言えば赤いバラの花束のプレゼント!わたくしは芋が嫌いだと言ったのに次のお茶会にはモンブランが出てきましたわ!結局アルフレッド殿下はわたくしに興味などなく、話なんていつも聞き流しているんですのね!」

「…」

一気に捲し立てられ、僕は呆然をその姿を見つめる。

ふーっふーっと鼻息を荒立てるソフィーナに「モンブランは栗のお菓子ですわ」と訂正を入れたのはユーリ嬢だった。

「…え、栗?そんな、喫茶店では芋のお菓子だと聞きましたわ」

「芋でも作れますが普通は栗ですわ。芋の方が安価ですから平民向けですわね。王宮でのお茶会で出たのなら栗でしょう」

「そ、そんな。わたくしの勘違い…?」

ソフィーナ嬢の顔が途端に真っ赤になる。
お茶会で急に不機嫌になって帰ったのはそういう理由だったのかとようやく合点がいった。

「黄色いバラの花言葉は『友情』ですわね。婚約者に贈るものではありませんわ」

「えっ?バラの花言葉は『美』とか『愛情』なのでは?」

「バラは色別にも花言葉があるのです」

「知りませんでしたわ…!」

アワアワと両手を動かし、挙動不審になる。
あの時は花束を地面に投げ捨てられ、踏みつけられたっけ。

止めを刺すようにユーリ嬢は「ソフィーナ嬢の好きだと言った赤色は」と続けた。

「ギルバード殿下の瞳の色ですわね。パーティーでその色を纏うと、あらぬ噂を立てられるかもしれません」

「瞳の色…?」

ピタリと動きを止めたソフィーナ嬢が僕の顔を見る。

そう、僕の瞳の色は青だ。
確認したソフィーナ嬢の顔が、今度は真っ青に変わっていった。

「わ、わたくし、とんでもない勘違いを…」

「いや、知った上で要求されているのかと思っていた僕も悪かった。ちゃんと話をするべきだったんだ」

もしかすると会う度にソフィーナ嬢の機嫌が悪かったのは、拗ねていたからなのだろうかと思い返す。
僕のことが嫌いだからではなく…?

「謝らないでくださいませ。悪いのはわたくしの方で…!も、申し訳…」

「君こそ謝らないでくれ。僕は婚約解消で君を傷つけたのだから」

謝罪合戦になった僕達を「もう良いではありませんか」と止めたのはユーリ嬢だった。


「お互いに誤解が解けて良かったですわね」



ユーリ嬢とソフィーナ嬢は何故かとても仲良くなっていた。

夕食の席ではお揃いのリボンを髪に着けていて、今日のショッピングは楽しかっただの食べ歩きが初めての体験だっただので盛り上がっている。

「それでソフィーナは結局、アベル領に何をしに来たんだい?」

そういえば聞いてないなと思い出し、訊ねる。
ソフィーナ嬢も、うっかりしてたと言わんばかりにハッと口元に手をやった。

「アルフレッド殿下。王都へ、王太子の立場へ、返り咲く気はございませんか?」

「…それは」

それは僕が決めれることじゃない。
そう言いかけたが、きっとソフィーナ嬢が訊きたいのはそれじゃないなと考え直す。

「僕は、此処へ来て初めて人間らしく生きられるようになった気がするんだ」

王太子だった僕はいつも周囲の空気を読んでいた。

自我を出してはいけない。でも流されてはならない。
求められていることは何かをよく考え、顔色を伺って最適解を出す。

息苦しかった。

「僕はこれからも此処アベルの地で生きていきたい」

「…そう、なんですのね」

残念ですと頷きながら、背後に控える侍女に「クララ」と声をかける。
クララという侍女は「はい、お嬢様」と懐から封筒を取り出した。

「こちら、ギルバード殿下の立太子式とわたくし達の婚約式の招待状です。今回はこちらを届けに参りましたの」

「そうか。わざわざ有難う」

この地から出るなという命令が頭を過ぎったのだが、招待されたのなら断る方が無礼だろう。
是非とも参加させていただこうと思ったのだが…。

「わたくしはギルバード殿下が王太子に相応しいとはどうしても思えません」

「…」

不穏な台詞を聞かされ、僕は返答に困った。

「アルフレッド殿下に戻ってもらいたいと、愚かにも願ってしまいました」

「ギルバードは口も態度も悪いが、賢い男だ。きっと国を良い方向へと導いてくれるだろうと僕は信じている」

「…はい。わたくしも信じるべきなんでしょうね…」

苦々しい返事を吐き出し、ソフィーナ嬢は深くため息をつく。

「でもわたくし、あの男と結婚したくありませんわ」

うわ、ストレートに言った!
またしても反応に困るようなことを。

「ソフィ、婚約なんてやめてしまいなさいな」

「ユーリもお兄様みたいなことを言うのね。でもそんな簡単なことではないのよ」

「嫌いな男と一生添い遂げるのも、簡単なことではないわよ」

ユーリ嬢の言い方もまた直球過ぎて、僕は内心アワアワと狼狽えてしまう。
此処に告げ口をするような王家の間諜がいると思っているわけではないのだが。

「嫌いな男って、僕のことじゃないよね?ユーリ嬢」

「ええ?…まぁ、ふふふ」

恐る恐る訊ねたが笑って流されてしまった。

それは肯定なのか否定なのか、どっち?

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