魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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19 閑話 クリストside

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ベリア公爵家に帰った私は危惧していたように監禁などはされず、以前と同じように嫡男として行動するよう求められた。

以前と同じように。
例えば『王太子』の側近となるとか。

「…」

それはこちらが決めることではないだろうに、と呆れつつも言われた通り王宮へ出かける。

ギルバードへの取次ぎを頼むと、暫し待たされた後「執務室へ来るように」と言われた。

執務室ではギルバードのデスクの上に山のような書類が積み上げられており、忙しそうだ。

部屋の中には入れてもらったものの、私はそこでもまた暫く放置された。

「それで?何の用だ」

こちらを見もせず訊ねてくる。

私は冷静に「ただ、ご挨拶に」と返した。

「アベル領から逃げ帰って来たらしいな。だったら最初から行かなければいいものを」

軟弱者めと侮蔑の言葉を投げるのは、私を怒らせようとしているのか。

「私のやるべきことが向こうにはなかったもので」

「ふん、物は言いようだな」

「…」

「…」

また暫く沈黙が続き、紙とペンの音だけが部屋に響く。

「どうした。僕に頼みがあるんじゃないのか?」

「頼みとは?」

「側近にさせてくれ、と」

「なってさしあげてもよろしいですよ」

ギルバードの方から言わせたのはワザとだ。

まるでギルバードの方から頼みこんでいるかのように返事をする。

それが癇に障ったのか、書類を捌く手を止め、顔を上げてこちらを睨みつけた。

「してやらなくもない」

「そうですか」

「条件があるけれどな」

「なんでしょう」

ギルバードはデスクから立ち上がり、ソファーの方へと来てドカッと座る。

そして足を組み、その上の足のつま先をユラユラと揺らした。

「僕の靴を舐めろ」

「…」

そうきたかと思わず苦笑が出る。

「それに何の意味が?」

「お前の忠誠心を示してもらわないと」

「今のお言葉で忠誠心は消えてなくなりました。お断り致します」

断られると思っていなかったのか、ギルバードは一瞬呆気に取られた顔をした。

「いいのか?僕に媚を売りに来たんだろ?」

「何故私がそんな真似を?」

「僕は王太子であり次期国王だからだ」

「私はベリア公爵家の嫡男ですよ」

負けじと言い返す。

「王太子に過ぎない殿下とベリア公爵の大事な息子。どちらが格上ですか?」

「…」

ギルバードがグッと言葉に詰まる。

つい先日、この国の王太子が公爵の娘を侮辱したとして辺境の地へ流された。
答えは明らかだった。

「しかし、いつかは父上も隠居なされて僕が国王になる。その時に後悔することになるぞ」

「そんな先の不確定なことを言われましても」

「くそ、もういい」

イライラに堪えられなくなったのか会話を途中で放り投げ、ギルバードはデスクへと戻る。

「帰れ」

「なってさしあげてもよろしいですよ」

私は同じセリフをもう一度口にした。

「なに?」

「必要でしょう?力のある側近が」

「…」

「心配要りませんよ。私は『靴を舐めろ』とか言いませんから」

警戒するギルバードに皮肉を言ってやる。

今のギルバードに後ろ盾はない。
婚約者はソフィーナなのでベリア公爵の後ろ盾があると言っても良いが、二人の仲は良くないと周知されてしまっている。
もっと確かな繋がりが必要なはずだ。

「何が目的だ?」

「さっき仰った通り、殿下は国王になられるお方。側近になることは、私にとっても利になることですから」

「食えないやつめ」

チッと舌打ちをされ、私は眉を寄せて「おやめなさい」と窘めた。

「王太子教育はまだでも王子教育は終わっているはずですよ。品格を落とすような行為は許しません」

デスクに手を付き、ズイとギルバードの近くまで顔を寄せて睨む。


「私が側近として躾けてさしあげます」


その後、ギルバードの仕事を手伝い自分の有能さを充分に見せつけてから、夕方公爵家へと帰る。
そして久しぶりに妹ソフィーナと顔を合わせた。

「あらお兄様。帰ってらしたのね」

知っていただろうにわざとらしい。
此処でもまた『逃げ帰った』などと馬鹿にされるのかとうんざりする。

「ソフィも王宮帰りか?」

「ええ、王妃様とお茶を」

「ギルバード殿下とは?」

「…」

会っていないのだろう。訊ねられ表情が曇る。

ソフィーナは「そんなことよりも」と話題を変えた。

「アルフレッド殿下はお元気でした?」

「ああ」

「嘘ばっかり。知ってますのよ」

うふふと扇子を開き口元を隠す。


「あの男爵令嬢、死んだのでしょう?お父様が仰っていたわ」


「!?」

私の妹はこんなにも性悪だっただろうかと耳を疑う。

「人の死をそんな嬉しそうに話すんじゃない。下品だぞ」

「な、なによ」

「仮にもアルフレッド殿下はお前の婚約者だった方だぞ。お前は一欠片の情も持ち合わせていないのか?」

「だってわたくしを捨てた人だわ」

「お前が追い詰めて、そうさせたんだろ」

「…」

自覚があったのか、目を泳がせ唇を引き締めて黙り込む。

「わたくしは…そんなつもりじゃ…」

「殿下からの花束を目の前で踏みにじってみせて?」

「それは…」

「プレゼントが気に入らないと目の前で侍女に譲っておいて?」

「だってそれは」

「一緒に出掛ける約束をわざと大幅に遅れたり反故にすることなんて日常茶飯事だったろう?どんなつもりだったと言うんだ」

「うう…」

途端に泣きそうな顔になる。
何故加害者がそんな顔をするのか。泣きたいのは殿下の方だったろうに。

「だってアルフレッド殿下は何でも許してくれたから」

「甘えてしまうことを言い訳にするならば、ギルバード殿下の方がお似合いだな」

「い、嫌よ!アルフレッド殿下の方が良かった!」

「今更だ」

話は聞いている。

婚約者として定期的に開催されるお茶会で、二人は一言も会話をしないのだと。
ソフィーナが話しかけても無視され、お菓子を持参しても見向きもされない。

じっと時間が過ぎるのを待ち、ソフィーナはいつも泣きべそをかきながら帰ってくるのだと。

「そんなことないわ。わたくしがお父様にお願いさえすれば、きっとアルフレッド殿下を王太子に戻してくれますわ」

「頭、大丈夫か?」

「アルフレッド殿下はわたくしに感謝して、またわたくしのことを婚約者にしてくださいますよねっ?」

熱でもあるんじゃないかと本気で心配する。
しかし掌を額に当てても平熱の体温しか感じられなかった。

「善は急げですわ。わたくし、お父様に話してきます」

「いや、いやいやいや、ちょっと待て。アルフレッド殿下は既に婚姻していて、ユーリ嬢は死んでいない。出来るわけがない」

落ち着けと手首を握って引き留める。

ソフィーナは泣き叫ぶように「だってもう限界なのですわ!」と声を上げた。


「ソフィ!お兄様が『高い高い』をしてやる!」


「は?」

正直、自分でも何を言ったのかよくわからなかった。

ただ妹を宥めようとして、ふとあの脳筋男を思い出しただけだ。

私は身を屈め、妹の背中と膝裏に腕を回して横抱きにする。
したのだが…。

「くっ…重くて立ち上がれない」

「なっ!?失礼ですわよお兄様!!!」

「ぐぬ…ぬぬぬ」

「危ないですわ!もう下ろしてくださいまし!」

圧倒的筋肉不足。
私には女性一人抱える筋肉すらもないのかと自己嫌悪に陥る。

「すまない、不甲斐ない兄で」

「変なお兄様。らしくないですわよ」

逆に心配されてしまう。
ソフィーナが落ち着いたのならそれで良かったのだが。

「嫌なら、やめてもいいんだぞ」

「え?」

「ギルバード殿下との婚約」

アルフレッド殿下との再婚約は置いといて、と妹を諭す。

「そんなこと…出来ませんわ。本当は、出来ないことはわかっていますの」

「出来る」

「だってそんなことしたら、わたくし、お嫁の行き手が無くなってしまいますわ」

「そしたら、ずっと家に居ればいい。お兄様がお前の面倒を見てやる」

大丈夫だと頭を撫でてやると、ソフィーナはクシャと顔を歪ませた。

「そんな嫌な小姑にはなれませんわ」

目から涙が溢れてきて、ソフィーナは精一杯笑顔を浮かべながら手の甲でそれを拭う。


「でも…、有難うお兄様」
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