魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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18 閑話 キサラside

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クリストと一緒にアベル領を発とうと思ったのに、三日待てと引き留められた。

何しろこれから向かおうとするゼノス国は雪深い国で、其処までの道中もかなり過酷だからという。

王都側から回るのならともかく、こちらから直で向かおうとすると山の崖を何度も這い登るルートになるらしい。
そんなの望むところだと思ったのだが。

「何コレ?」

「魔道具『収納袋』ですわよ」

「知ってる!超貴重品」

だから『何コレ?』って聞いたんだと反論する。

「保存食と水、一週間分。それから防寒具も。雪山を舐めてはいけませんわ。暖を取る魔道具と魔石。テントと寝袋も」

「そんなに持っていけない」

「だから収納袋に入れたんです!」

重くないでしょ!と押し付けられる。

そういう意味じゃなくて、そこまでの物資は受け取れないという意味だったのだが。

「本当は熱冷ましや傷薬も持たせたかったけれど。ああ、せめて一週間あれば」

くうぅと拳を握りしめるユーリ嬢はまるで母親のようだ。
俺の母親は、そんな風に心配をするような人じゃなかったけれど。

「要らない、俺カラスだよ?」

「だから何ですの?それでも貴方はまだ十七歳の貴族令息です」

「持っていくといい、キサラ。それだけでユーリ嬢が安心するから」

頼むよ、とアルフレッドに頭を下げられ渋々と受け取る。


その品々は思った以上に俺を助けてくれた。


三日間、高低差の激しい山道を進むのはまだ耐えられた。

だが雪山に変わった途端、滑るし冷たくて感覚は無くなるし足場が見えなくなるし。
思うように先へと進めず旅は難航する。

身動きが取りにくくなると思っていた防寒具は今や必需品で、現地調達できると思っていた食料も目に映る範囲で動物は一匹もいない。
暖を取らなければ身体は休まらないし、それにはテントも寝袋も魔道具も有難かった。

「はぁっ、はぁっ、…俺、こんなに弱かった…?」

敵に遭遇したわけでもないのに死にそう。
ゼノスの村にさえ辿り着けずに死ぬなんて、恥ずかしすぎて勘弁だ。

「もう…、少しの…、はずだ」

自分に言い聞かせるように地図を握りしめ、足を前へと無心で動かす。

日が傾き、もう一晩野宿するのかと鬱になりかけた時、村の灯りが遠くに見えた。

「やった、村だ」

今晩はあの村で泊まりたい。
そう切望した時、二人の人影が近くにいるのを発見した。

「村の…人?」

だったら村まで案内してくれるかもしれない。
それに上手くいけば家に泊めてくれるかもしれない。

そんな希望を持ちながら男二人に近付く。

「あの」

「誰だっ?」

声をかけると手に持った刃物をこちらへ向けて威嚇してくる。
俺は慌てて「怪しい者ではない」と弁明した。

「道に迷った。助けてほしい」

「道に迷っただと?よそ者か」

「オルタ国から来た。金なら少しはある。お礼はするから」

「金?…へえぇ」

男は互いに顔を見合わせて「へへ」と嫌な笑みを浮かべた。

「じゃあその金、有難く俺達がいただくぜ!」

突然、二人掛かりで襲ってくる。

初撃は避けたが足が思うように動かない。
ならば、と木の上へと駆け上る。

衝撃で木の上の雪が落ち、男達は捕まえようとする手を阻まれたようだ。
悔しそうにこちらを見上げている。

「それで逃げたつもりか?それじゃ何処へも行けねぇぜ」

「大人しく降りてこねぇなら煙で燻してやろうか?」

雪玉攻撃を受けながら、困ったと頭を悩ませる。
このまま木の上でやり過ごしたとして、彼らからは身を護れたとしても凍え死ぬ。
身動きが取れないし、木の上は地上より風が強い。

だからといって不慣れな地で二対一の戦闘は勝てる気がしない。
しかも使えそうな武器はナイフだけ。
分厚い防寒具で身を包んだ彼らに有効な一撃を与えられるとは思えない。

他に何かないのかと収納袋を探る。

なんだか長い柄の物が入っていた。
取り出してみると…何だコレ?
先端が平らになったスコップ???

「おりゃあっ」

「とおっ」

困惑していると地上が騒がしい。
見ると見覚えのある老婆と少女が男二人を制圧したトコロだった。

「君達は…、トニ婆さんと賢者の子?」

オルタ国から俺についてきてたのかと驚きつつ木から降りる。

もしそうならば俺のプライドはズタズタなのだが。

「オルタ国のトニ婆ではない。ゼノス国のマツ婆じゃ」

「儂もオルタ国とは違う三番目の賢者だ。まぁ呼び方は同じで良い」

それぞれ違うと主張するが、声、口調、容姿、どう見ても同じだ。
違う箇所といえば、防寒具でモコモコのボールみたいになっているところくらいか。

「そろそろ着く頃合いかと思ってのう。こちらの山には気を掛けておったんじゃ」

「ゼノス国は物資が少なく、それ故によそ者には厳しい。ましてや金があるなど口が裂けても言ってはならん。親切な奴などおらんから、気を付けるが良い」

「わかった、気を付ける」

確かに迂闊だったと反省する。

するとマツ婆がウンウンと頷きながら「ついて来なさい」と村に向かって歩き始めた。


案内されたのは村の外れにある古民家で、オルタ国ではあまり見ない形の家だった。

「屋根が三角だ」

「雪が自然と落ちるようにじゃ。じゃが、雪が深くなれば雪下ろしをせにゃならん。重みで家が潰れてしまうからのう」

入りなさいと促され、俺は軒下で防寒具についた雪を払い落とし玄関戸から中へと入る。

家の中は湿った木の匂いと薪のパチパチと爆ぜる音で、外とは違う温かな空間があった。

「この家は?」

「儂らの家だ。空き家を改築した」

「さあ、まずは濡れた服を着替えて囲炉裏の傍で乾かすのじゃ。そのままでは風邪をひく」

さあさあと勝手に服を脱がされ、勝手に手足のしもやけに軟膏を塗られ、勝手に綿入りの服なんて着せられる。

「白湯を飲みなさい。温まるぞ」

「夕飯は食べたのかの?まだなら残りの鍋を温めようかのう」

「大丈夫。やめて、俺カラスだから」

「ほっほっほ。そうかそうか」

抵抗してみるも、まるで子ども扱いだ。

「では今夜はもう眠れ。此処は安全じゃ。疲れを癒せ」

「そうだ。明日からは忙しくなるからの」

「明日から?何?」

予定なんてあったかなと首を傾げると「さっきも言ったじゃろう」と笑われる。

「雪下ろしじゃ。それと雪かき」

「やったことないけど」

「道具は持たされているハズじゃ」

リクエストしておいたからのと言われ、俺は収納袋から先端が平らになったスコップを取り出した。

「コレ?」

「それじゃ!雪かきスコップ!」

「それと膝までの長い靴だ。帽子と手袋も忘れてはならん」

ウンウンとマツ婆と賢者が二人で頷き合う。

俺の知らないところでソレは既に決定事項のようだ。
俺は別に肉体労働をしにこの国へ来たわけではないのだが。


「この村は男手が足りないからの。他家の雪下ろしや雪かきを手伝えば警戒も薄れるじゃろう」

「…」

そういうことか、と納得する。

この状況、自分一人ではどうしようもなかった。
とりあえずの道筋を示してもらえて有難く思う。

「わかった」

「いい子じゃ」

囲炉裏の傍に布団を敷こうかのとマツ婆が寝支度を始める。

俺は殿下への報告書を書かなければと収納袋からノートとペンを取り出した。



 アルフレッド殿下へ

 〇月×日

 ゼノス国へ無事着きました。

 此処は雪が降っていて寒いです。

 以上

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