魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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16 閑話 トーマside

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今から十二年前、俺の妹は馬車に轢かれて死んだ。


俺と商店街の買い物に来ていた時だった。

妹は転がったリンゴを追って馬車の前に出てしまった。

それは貴族の馬車で、平民の子供を轢いたくらいじゃ無視するヤツも多い。
俺達は男爵家の子供だったが、普段から平民の服を着ていたからそう思われたのだろう。

俺は馬車の車輪に巻き込まれてグチャグチャにされる妹を、成す術もなくただ見つめていた。

当時八歳の俺に出来ることなんてなかった。

罪悪感、喪失感、恐怖。色んな感情がごちゃ混ぜになって、吐き気を催しながら妹だったパーツを搔き集めた。
両親に言わないと、妹を家に連れて帰らないと、と必死だった。

両手に妹だったモノを抱えている内に、それは自然と再生していき妹の身体は元に戻った。
戻っただけでなく、妹は息を吹き返した。

驚いた。

恐慌状態だった俺はストレスから解放され、その場に泣き崩れた。

有難うユーリ、俺の為に生き返ってくれて。

俺は心の底から喜び、女神セレイナに感謝した。


数日後、ユーリは三階建てのアパートの階段から飛び降り自殺を図った。


「トーマ、どうした?ぼんやりして」

声をかけられハッと我に返る。

顔を上げると親友のジークが心配そうな顔でこちらを見つめていた。

「珍しく険しい顔をしていたぞ。腹でも痛いのか?」

「いや…」

あの馬車、と邸の前庭に停められた豪華な馬車を見る。

ベリア公爵が乗って来た馬車の所為かもしれない。
久しぶりにあの日のことを思い出したのは。

何だか心がザワザワした。

邸の中が騒がしい。暫くするとベリア公爵が一人で出てくる。

「…っ」

その服の裾に血がついているのを俺は見逃さなかった。

馬車の見送りもせずに俺は邸の中へ駈け込んでいく。

エントランスでは、ニノと賢者が辛そうに顔を俯かせていた。

「…中では一体何が」

「兄殿」

俺を呼んだ賢者が顔を歪ませて涙をボロボロと零す。

「何故わかるのだ、兄殿。兄殿も胸が痛いのか?」

「兄殿。たった今、姫様が」


 ――殺されました。


「…っ!?」

ガクンと膝をつき両手で顔を覆う。

すまない、妹の分身達よ。お前達の方が辛いだろう。
慰めてやりたい、のに。

「ーーーぁ…っっっ!!!」

声もなく泣き叫ぶ。

ユーリよ、お前はまたあんな酷い目に遭ったのか。

近くに居ながら護れない不甲斐ない兄を許してくれ。

「…ぅぁっ!…ぁぁぁっっっ!!!」

「…ぁに…あにどのぉっ!!!うぁあああーーーん」
「…うっ…、わぁあああーーーっ」

俺を囲むように二人が一緒に泣き崩れる。



俺は怖くてその部屋には入れなかった。



暫くして、部屋から出てきたユーリは血塗れで。

俺は再び涙が込み上げてきてしまう。

「俺はまた一人、妹を亡くしてしまった…!」

「死んでないだろ。お前の妹は生きてる。大丈夫だ」
「いや、一人死んだんだ。俺はそれを忘れない」

ユーリの中の魂がまた一つ消えた。

あと幾つ残っているのか。俺は恐ろしくて訊けない。

このままメソメソと泣いていても話が始められないだろう。
俺は「すまない、邪魔をした」と詫びて涙を拭った。

「俺は外で頭を冷やしてくるから、話を始めてくれ」

おそらく今から始まるのは既に知っている話だ。

この場にいる必要はないだろうと俺は邸を出て行った。



それからどれくらい経ったのだろうか。

邪念を振り払うように素振りをする。
やがて邸から誰か出てきたが、俺は振り返ることなく愛剣バスターソードを振り続けた。

「大丈夫か?」

ジークの声だった。
心配をかけているのは充分に理解していたが、俺は「何がだ?」と惚けた。

「大丈夫に決まっている」

「いや、ぶっ倒れる寸前だろ。それ、いつからやってんだ?」

「いつから…?」

いつからだっけ、と愛剣を地面にぶっ刺す。
思った以上に疲れていたらしく、腕も足もピクピクと痙攣していた。
汗も滝のように流れ、息もゼエゼエと喘鳴を鳴らす。

「義兄上」

ジークとは違う声が聞こえ、ようやくそちらへと視線を投げる。

そこにはユーリと同じぐらい血塗れのアルフレッドがジークと並んで立っていた。

「すみません。近くに居ながらユーリ嬢を護れませんでした」

ああ、その目はあの時の俺と同じだ。
気持ちは痛いほどよくわかる。

「…昔、ユーリが飛び降り自殺を図った時、俺は身を挺して全力で受け止めた」

「…」

「ユーリは足の骨を俺は両腕の骨を折った。両親には心配かけまいと、俺が『高い高い』をして受け止め損ねたと言い訳した」

「…。義兄上、感情がグチャグチャでどう反応するのが正解なのかわかりません」

この義弟は真面目を絵に描いたような奴だ。

笑わせるつもりだったのに逆にこっちが「フッ」と笑ってしまう。

「ユーリは怖いと言う。自分を置いて俺達が先に死んでしまうと。怖いから先に魂を減らしておきたいのだと」

「それは聞きました」

「健康で、帰る場所があって、メシを食えて、布団で眠れて。それが幸せってモンだろ。今幸せなのに先のことを考え過ぎて死にたくなるなんて、俺にはわかんねぇ」

はあ、と天を仰いで息を吐く。

「俺は強くなってユーリの傍にいる。それが望みなら俺はどこまでだって強くなってみせる」

「僕も、どんな手を使ってでも生き延びてみせると誓いました」

「それは頼もしいな」

アルフレッドは良い夫だ。
きっと俺とは違うやり方でユーリを支えてくれるのだろう。

だけど。

「だけど俺は怖い」

「あいつが魂全部吐き出して、俺より先に死んじまうんじゃないのかって」

執着がない。
節々で感じてしまう無気力さ。


「なんで俺の方が怖がってんだ、馬鹿妹がよっ!!!」


愛剣を引き抜き力任せに振り回す。

ゴォッと轟音を鳴らし、その勢いで庭の木がメキメキと薙ぎ倒された。

あ、やばい、支えきれない。

足が縺れて踏ん張りが効かず、俺はそのまま地面にズシャッと倒れる。

アルフレッドが慌てたように「義兄上!?」と駆け寄ってくる気配がした。


「頭を冷やすと言ったくせに沸騰させんなよ、馬鹿」


呆れたように呟くのは、ジークの声だ。

もう目も開けられないまま、俺の意識は深くへと沈んでいった。
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