魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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14 クリストの選択

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お開き後、クリストが私に駆け寄ってきて「話がある」と告げてきた。

丁度いい。
私もクリストに言いたいことがあった。

「いいですわよ。では着替えましたらまたエントランスで」
「ああ、よろしく頼む」

約束をし、自室に戻るとニノが待っていた。
あの惨劇の片付けでヨツイは忙しいらしく、ニノが代わりに私の着替えを手伝ってくれるらしい。

「お疲れ様です、姫様」
「貴女もね、ニノ」

ニノだってアベルに到着してからずっと目が回る忙しさだったはずだ。
いや、おそらく王都を出発してからずっと。

「王都を留守にして大丈夫ですの?」

「こういう時の為の孫分身ですよ。ハルもナツもアキもフユも、ちゃんとカバーしてくれてます」

ニノが私の背に回り、ネックレスを外してくれる。
一億のピンクダイヤモンドのネックレスだ。

「傷はついていない?流石に弁償出来ないわ。宝石担当のナツに怒られない?」

「え、イミテーションですよ。流石の私もそんな大それたものを勝手に持ち出せませんて」

「な、なぁーんだ、偽物かぁ」

安心してヘナヘナと床に座り込む。
ニノのドレスの背中のファスナーを下ろしながら「だけど」と低い声を出した。

「ヤエは怒るかもしれないですね。ドレスがボロボロです」

「うう、ごめんなさい」

「姫様は悪くないですよ。怒るのはボロボロにしたヤツに対してです」

さぁ立たないと脱げないですよ、と促されて立ち上がる。

「ヨツイがお湯を持ってきてくれましたよ。これで身体を拭いて」

拭いてと言いつつ、ニノがその手で顔に飛んだ血を拭き取ってくれる。
その温かさにホッと気が抜けた。

「ニノはいつまで居てくれるの?」

「いつまでがよろしいですか?」

「それは、ずっとよ」

「おやおや、ではずっと居ましょうか?」

「もう。イチカと同じことを言う」

駄目なのはわかっている。
だけど本気で願えば叶えてくれることも知っている。

それが、私はとても嬉しい。

「基盤を固めるまで、傍に居て欲しい。そしたら自分の足で立ち上がるから」

「姫様の仰せのままに」



着替えてエントランスに戻ると、残されたソファーに座った金銀銅トリオがいた。

「お待たせ致しました」

声をかけると、振り返ったクリストの顔が途端に真っ赤になった。

「なっ…それは良くない!はしたないだろう!!!」

はしたない。

キサラの指摘と同じだと気付き、私はバッと両手で太ももを隠す。

「また文句ですのっ?これはごく一般的な平民の服ですわ!」

「平民でももっとしっかりとした服を着る!そんなペラペラの薄い布では下着が透けてしまうだろうっ!?」

ペラペラの薄い布という発言で太ももでないことに気付いた私は「こっち!?」と慌てて両胸を隠す。

「透けてませんわ!ヨツイがそんなミスを犯すわけがありませんわ!クリストさんがそんな目で見るから透けて見えるのです!」

「なっ、透けているとは言ってない!透けそうだと可能性の問題を言っただけだ!」

「二人とも落ち着け」

言い合いを見守っていたジークが衛兵服のマントを外して私の肩に掛けてくれる。
紳士だ。こういうことをさり気なく出来る男が紳士というのだ。

「真面目な話をしに来たんだろう?俺達は席を外すから」

ジークはクリストの肩をポンと叩き「行くぞキサラ」と促す。
キサラはクリストの傍に駆け寄り、コソッと耳打ちした。

「ユーリ嬢は口論強い、勝てない。でも素直に謝ると優しくなる。攻略方法」

「ちょっと聞こえてますわよ、キサラさん」

そういうのは私に聞こえないように言ってほしいものだ。

「頑張れ」

クリストにエールを送り、キサラはジークと共に玄関扉を出て行った。


残された私とクリストは、とりあえず別々の椅子に腰を下ろす。

「クリストさんの所為ではないですわ」

この話だろうと当たりをつけて先回りする。
クリストの口元がピクッと震えた。

「私の所為です。すみません」
「違うと言っているのに」

「私の判断の所為で、貴女の命を奪いました」

「…」

頑固な、とため息を吐く。

「ベリア公爵の主張は、あながち間違いではないですわ」

「…というと?」

「こんな場所に大事な息子を置いておけないでしょう?」

大事に育てた息子が、こんな魔物の発生する地に住もうだなんて。
心配になって無理にでも連れ帰ろうとするのは、普通の親心だ。

「あの方は娘と息子が可愛いだけのただの親馬鹿ですわ。権力が大きいからやり口が物騒になっているだけで」

「では私に帰れと言うのですか。確かに私は役立たずですが…」

反論の語尾が小さくなり、クリストはシュンと肩を落とす。

「貴方は『帰らない』と自分の意思を貫いた。それはそれで立派でした。…ですが」

難しい。言葉を選ぶ必要がある。
私は前髪を掻き上げ「そうですね…」と言葉を濁した。

「この地の未来を考えると、二つの選択肢があると思いますの」

二本の指を掲げると、クリストは目を上げてそれを見つめた。

「王家と和解するか、国から離反するか」

「はい」

「もしも王家と和解する道を選ぶなら、貴方にしかできないことがある」

「…」

理解したのだろうか。クリストの目に光が宿った。

「…わかりました」

頷いたクリストに「よろしいんですの?」と訊ねる。
言い換えただけでそれは結局、帰れということなのだが。

「殿下の為に私ができることは、今この地にはない」

「あの様子ですと帰宅した瞬間、監禁されるかもしれませんわよ?」

「望むところです。自分の親ごとき懐柔出来ずに殿下の側近が務まりますか」

ハッと鼻で笑う。
その自信過剰とすら思える不遜な態度は、クリストの魅力でもあると思った。

「王都にも私の魂の子達が沢山残っています。もしもの時は助けに行きますわよ、クリストさん」

「貴女はまったく…とんでもないな」

クリストは苦笑しつつ立ち上がり、私に向かって「すみませんでした」と深く頭を下げた。

「何の真似ですの?」

「今までの無礼の謝罪です。殿下が選んだ貴女に、私はもっと敬意を払うべきだった。許してください、ユーリ嬢」

「…」

これは許すまで頭を上げないタイプだ。
全然気にしていない私は面倒になって「許します」と受け入れる。

クリストは頭を下げたまま「それから」と続けた。

「私がお傍を離れる間、殿下をよろしくお願いします」

「いや、お願いされても」

「お願いします」

「…はい」


お願いされてしまいました。

攻略方法に『押しに弱い』とか追加されてしまうかしら…。

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