魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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13 身の上話

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私には魂が百個ある。

何を言っているのかわからないだろうが、そうなのだ。
そうである以上、それ以上の説明は出来ない。

そうそう、古いことわざに「Cat has nine lives」というものがある。
猫は九つの命を持っているという意味らしく、猫は九回生まれ変わることができるという。

そんな感じだと思ってくれていい。
私は百回生きて百回死ぬことになるだろうと感じていた。

それが恐ろしいことだと感じたのは、五歳で馬車に轢かれた時だ。

身体がバラバラのグチャグチャになった感覚があったのに、気が付けば元に戻っていた。
その事故を目撃した兄は「良かった」と涙を流して喜んだが、私は自分が不死のバケモノだと知り戦慄した。


「私はバケモノなのですわ、アルフレッド」

「…」

自嘲しつつ、告白する。

アルフレッドはすぐには答えず、今までの話を反芻するように考え込んでいた。

「…ユーリ嬢はユーリ嬢だ」

目に見えて戸惑っているアルフレッド。

これが第二関門。

バケモノの私を受け入れられるかどうか。

私はぎこちなく笑みを作り「それでも傍に居られますの?」と重ねて問う。

「それは勿論だ」

「一緒に死ぬことも出来ませんわよ?」

「何故君を殺そうなどと。君を幸せにすることこそが僕の使命なのに」

「…?」

何かおかしいと違和感を感じる。

君を幸せにすることこそが僕の使命?
アルフレッドにそんな使命あった?

それはまるで恋人に愛を囁いているような台詞。

そういえば、と先程の騒動が脳裏を過る。

私が息を引き取る直前、アルフレッドが何か叫んでいた。


 ――ユーリ嬢、君が好きだ。逝かないでくれ、愛してる。


「…っ」

カーッと顔が火照る。

アレは一体なんだったのだろう。幻聴か?

私の様子を不審に感じたのか「ユーリ嬢?」とアルフレッドが訊ねてくる。
私は慌ててブンブンと首を左右に振った。

「わ、私はきっと辛いですわ!アルフレッドが先に死んでしまったら」

「え」

「皆、私を置いて先に死んでいってしまう。それが堪らなく辛くて怖いのですわ!」

怖くて怖くて、魂を減らそうと自死を試みたこともある。

三階から飛び降りたが、兄が身を挺して受け止めてくれて未遂に終わった。


 ――大丈夫だ!兄ちゃんがもっと強くなって、ずっとユーリの傍にいてやるから!


「大丈夫だ。ユーリ嬢が望むのなら僕はどんな手を使ってでも生き延びてみせるから!」


あの日の兄とアルフレッドが重なり、私の目からボロボロと涙が溢れてくる。

「ユ、ユーリ嬢?」

「う、うう、うううぅーーー」

ヨツイがスッとハンカチを差し出し、私はそれに顔を埋める。
アルフレッドがそれを見てアワアワと慌てふためいた。

「な、泣かないでくれ、ユーリ嬢」

「お兄ちゃあん…」

「何故!?」



死んだことで今少し精神が不安定になっているのかもしれない。
ひとしきり泣いたところで落ち着いた私は、コホンと咳払いする。

「失礼しました、もう大丈夫ですわ」

全てを話す決意は固まった。
アルフレッドならばきっと受け止めてくれるだろう、と。

「それでですね。私、考えたんですの。魂の活用方法を」

「魂の活用方法?」

突拍子もない話だったのか、アルフレッドはパチクリと目を瞬かせた。

「そうですわ。私が生きている内に次の人生を始められるんじゃないかと思いまして」

「…なるほど?」

絶対にわかっていない顔でアルフレッドが続きを促す。

「こう、ぐぅーっと、いい感じに頑張りますと、魂を身体から出せることがわかりましたの」

「…なるほど?」

やっぱりわかっていない顔だ。
感覚的なことは説明が難しい。

「私は『魂の子』と呼んでいるのですけれど、つまりは分身のようなモノですわね。『子分身』『孫分身』があって、私が生む分身は『子分身』ですの。私は子分身に魂を五つ預けることにしていて、それで生まれたのが例えば此処にいるヨツイですわ」

ね、とヨツイを見ると「はい」と笑顔で返事をしてくれる。
今こそがその時なのだと、言わずとも理解してくれたようだ。

「子分身は自分の采配で預かった魂を使い、孫分身を生みます。百聞は一見に如かず。実演致しましょう」

ヨツイが前に出て中央の空間に掌を向ける。
すると掌から四つの光が飛び出てきて、それぞれが大きくなり、人型になった。

ソレはおさげのメイド服だったが、黒髪のヨツイとは髪の色が違った。

赤髪のメイド「料理担当のキキです」
青髪のメイド「掃除担当のスズです」
黄髪のメイド「洗濯担当のネネです」
紫髪のメイド「在庫管理のヤヤです」

「どうぞお見知りおきを」

息ピッタリに腰を屈めて挨拶する。

アルフレッドと金銀銅トリオは、驚き過ぎて暫くの間動きが止まってしまった。

大丈夫?ちゃんと息してるかしら???
不安になりかけた頃、アルフレッドはスゥーッと深く息を吸った。

「…わ、かった」

「いや、理解は追い付かないが、色々と腑に落ちた。君を『姫様』と慕う者は皆、君の分身なのだな?」

あってる?と訊ねられ、コクンと頷く。

姫様なんて柄じゃないのに、何故か全員頑固に私をそう呼ぶのだ。
仕方ないから受け入れているのだが、正直本当にやめて欲しいと思っている。

「しかし、本当に人間みたいに見える」

「本当に人間なのです。結婚して子供も産めます」

「えっ…というと?」

「はい、産んだ魂の子もいます。殺されて亡くなった子もいます」

皆それぞれに人生を生きている。だけど、魂の子達には両親がいない。

私が親みたいなものだけれど、表立ってそうとは名乗れないから。
せめてと思い、子分身に魂を五個ずつ渡す。

例えばイチカは私を親のように慕ってくれるけれど、彼女の真の家族は『ファースト』のアーチェやラン、メイ、シルドなのだ。
子分身とその孫分身の間には、私とはまた少し違った絆がある。

「それでは…、冒険者として成功したり魔導士になったりと、ユーリ嬢の分身達は皆優秀だったのだな」

なろうと思ってなれるものじゃないよと褒め称えてくれるが、私は居心地悪く「あはは」と目を逸らせて乾いた笑いを漏らした。

「それはその…。少々ズルをしました」

「ズル?」

「私と子分身には魂の繋がりがあるのです」

イチカを生んだ時、彼女は冒険者としてすぐには成功出来なかった。
丸一日食事を摂れない時もあった。危険に晒され眠ることの出来ない夜もあった。
そんな時。

「食事や睡眠を肩代わり出来るのです」

「はい?」

アルフレッドが今日何度目かの困惑の声を上げる。

「私や他の子分身がその分多く摂れば、満たされるのです」

それを完全に悪用(?)したのが賢者ミワであり、知識欲の塊である彼女は食べることも眠ることも全て他に押し付けて自分は本を読み続けたのだ。
いわばニート。
今では多少態度が軟化したものの、最初の頃は本当に本を読む以外何もしなかった。

「そして身に着けたスキルを共有出来ます」

それでもミワが許されたのは、知識を共有してくれたからだ。

世界の真理、文化、歴史、経済、政治、流行まで。あらゆるジャンルを知り尽くしてくれたお陰で、私達はどんな人生を選んでも賢く生きることが出来るようになった。
それは最早私達の頭脳だといっても過言ではない。
その敬意を込めて、ミワは私達の中で賢者と呼ばれるようになった。

対してイチカは身体を鍛え、体力、筋力、持久力、戦闘スキルを共有した。
お陰で私達は何処へ行っても自分で自分の身を護れるようになった。

「それから、きちんと意識すればテレパシーが使えます」

今回、離れた場所だったにもかかわらずロクに魔道具作成を依頼出来たのも、このテレパシーのお陰だった。
イチカ達が先んじてアベルの地で魔物を掃討してくれたのも。
ベリア公爵の馬車を見つけてニノが警告してくれたのも。

「この三つがあれば結構何でも出来るようになります。ニノはこれでモーリス商会の幹部にまで成り上がりました」

ニノが商人として出世するにつれて、人脈と資産が爆増していった。
頑張ったニノの財産だと言い聞かせても、彼女は私達の為に惜しみなく提供してくれる。

デザイナー、料理人、医者などの魂の子はそのサポートのお陰で異例の出世を遂げている。
勿論、その見返りとしてニノに様々な恩返しをしているらしいのだが。

「質問が幾つかある」

スッと手を挙げて口を挿むアルフレッド。

「なんでしょうか」
「あるのだが」

顎に手をやり考え込む姿は流石王太子だった男。
知性とカリスマ性と色気が滲み出ていて、とても絵になる。


「今日のところはもうやめておこう。頭が爆発しそうだ」


キリっとした顔で宣言され、その周りで金銀銅トリオが激しく頷く。

よく見れば私もアルフレッドも血まみれのままだし、時刻もそろそろ夕食の準備にかかる頃だ。
私は「そうですね」と同意し、ニコリと微笑んだ。


「お開きにしましょう」

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