魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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12 カミングアウト

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「わかったかクリスト。お前が拒めばお前の大好きな殿下が苦しむぞ」

勝ち誇ったようなルーファスの声が部屋に響く。

いや、その一方でグチャグチャと人体を切り刻む不穏な音も響いているのだけれど。

「父上、…なんてことを」

「本人は殺さず、その周囲の者を一人ずつ殺してやる。もしそれを止めたければ…わかるな?」

この手を取るんだ、と右手を差し出す。
クリストは軽蔑するような冷たい目でそれを見つめた。

「私は…」
「姫様」

クリストの返答を遮るようにイチカが声を発する。

「申し訳ございません。殺してしまいました」

感情を逃がすようにフーッと息をつき、剣を護衛だったモノに勢いよく突き刺す。

「怒りが抑えられず、勝手なことをしました」

そこでようやく自分の連れてきた護衛が声もなく殺されていることに気付いたのか、ルーファスは差し出していた手を引っ込めた。

「やるじゃないか。ソレはウチの騎士団の中でもかなりの実力者だったのだぞ」

「…」

褒められても興味なさげに、イチカは視線すら向けない。
ルーファスはそれでも「給料は倍出そう。ウチに来い」と食い下がった。

「断る」

一蹴するイチカ。

やめておきなさいルーファス。
イチカはこの世の誰よりも私を慕ってくれている。

私を殺した男の下に大人しく下るなんて、天地がひっくり返ってもない。

「フン、…まあいい。今日のところはコレで引き下がってやる」

不機嫌そうに鼻を鳴らし、ルーファスは「失礼する」と衣服を正した。

「また来るからな」

よく考えろとクリストを睨みつけ、ルーファスは一人で部屋を出て行った。


コツコツと靴音が遠ざかっていく。

「あいつも殺しますか?姫様」

誰も見送りに行かないまま、イチカが不穏なことを口走った。

「…駄目よ」
「!?」

渋々声を発すると、アルフレッドの腕がビクッと震えるのを感じる。


気まずい、物凄く気まずい。


注目を浴びる中、私はそっと瞼を開いた。

「ユーリ嬢!良かった、生きてた!すぐに手当てを…」

「大丈夫…ですわ」

涙でグシャグシャになったアルフレッドの顔を見るのが、最高に気まずい。

とりあえず放して欲しいと両手でその身体をグイと押しやった。

「動いちゃ駄目だ。傷が深くて血が止まらない…。あれ?」

「だから、大丈夫なんですってば」

既に傷は塞がり血は止まっている。
そのことに気付いたのか、アルフレッドは不思議そうに首を捻った。

「こんな風にカミングアウトする羽目になろうとは思いませんでしたが」

アルフレッドを押しのけてソファーへ座った私は足を組み、血まみれの手で前髪を掻き上げる。

「私、魂が百個あるんですの」

「…」

シン…と部屋が静まり返る。

誰も言葉を発せず、身動ぎもしない。
そんな無音の時間がどれくらい続いただろうか。

不意にアルフレッドが立ちあがり、私の向かいのソファーに座って膝の上で両手の指を組んだ。
私に負けず劣らず、アルフレッドも血まみれだ。

「詳しく聞かせてくれるかい?」

馬鹿にすることなく、真剣に話を聞いてくれる。

それが第一関門。

私はイチカを見つめ、その足元の死体を見やった。

「まずはソレを片づけて、皆を集めてちょうだい」



邸の中で見れるようになったのは、実は前庭とエントランスと応接室だけ。

他は廃墟のまま、全然間に合っていない。

しかし応接室に全員入るのは難しいだろうということで、私達はエントランスにソファーや椅子を並べて座った。

「私がもう少し早く到着していれば、もっとゆっくり対策も練れたのに」

すみませんでした、とニノが頭を下げる。
私は「いいのよ」と落ち込むニノの頭を撫でて笑った。

「皆からの支援品を集めてきてくれたのでしょう?そしてロクも連れてきてくれた。お手柄だったわ」

「ロクデナシのロクを」
「ロクでないのにロクとは面白いのう、トニ婆」

「トニ婆、賢者、ひどぉい!」

ロクがお道化ながら抗議の声を上げる。

「僕だって最速でめっちゃいい仕事したのにぃ!褒めてよ、姫様ぁ!」

「よしよし」

請われるままにロクの頭を撫でる。

すると何故かその後ろにイチカが並び、どさくさと言わんばかりにヨツイも寄ってくる。

「姫様が死んで、哀しかったです」

イチカが暗い声で呟き「私も」「儂も」「婆も」と口々に続ける。

「俺も哀しい…っ」

その中に混じって男泣きしているのがトーマだ。

「俺はまた一人、妹を亡くしてしまった…!」

冗談やおふざけではない。ガン泣きだ。

どう反応していいかわからない金銀銅トリオがオロオロしながら「死んでないだろ」と慰める。

「お前の妹は生きてる。大丈夫だ」

「いや、一人死んだんだ。俺はそれを忘れない」

トーマは太い腕で涙を拭い「すまない、邪魔をした」と私に詫びた。

「俺は外で頭を冷やしてくるから、話を始めてくれ」

そう断ってふらふらと玄関扉を出ていく。
私は黙ってそれを見送り、扉が閉まったところで「では」と口を開いた。

「身の上話を始めましょうか」
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