魂が百個あるお姫様

雨野千潤

文字の大きさ
上 下
11 / 43

11 死…? アルフレッドside

しおりを挟む
邸に戻ると、この短時間で随分と様相が変わっていた。

まず邸の門には門番が立っていて、それはよく見るとジークとトーマだったのだが、きちんとした騎士の鎧と剣を装備している。

「見た目は大事だからってユーリに着せられた。俺のバスターソードも没収されて」
「泣くなトーマ、こんなの王都騎士団で慣れっこだろ。好きに振舞うには出世しないと。まずはアベル騎士団を作って団員を募集するところからだ」

不当な扱いだと哀しそうにしょんぼりしている二人。
僕は何と声をかければよいかわからず、とりあえず「ご苦労様」とだけ労わって邸内に入った。

前庭にはベリア公爵家のものらしい馬車があり、傍に控えていた御者がペコリと頭を下げる。

昨夜トーマに壊された玄関扉は今朝既に修理されていたのだが、それが綺麗に塗装し直されており、エントランスに入ると新品の絨毯が敷かれていた。
魔道具の証明、シャンデリア、あちこちに置かれた装飾品の壺や絵画。しっかり手入れされた観葉植物だってある。

「どういうことだ…?」

夢でも見ているのだろうかと困惑していると、「夫殿」と両手一杯に服を抱えた賢者が声をかけてきた。

「今、姫様が戦っておる。まずコレに着替えて援護に向かうがよい」

渡されたのは王宮で僕が来ていたモノによく似た服だった。
袖を通すと何故かサイズがピッタリ合う。
クリストもキサラも同様だった。

「賢者殿。この服はどうやって?何故サイズがぴったりなんだ?」

「王都のドレスショップ『プリンセス・フラワー』からニノが預かってきたものだ。王都の貴族は大抵がその店で注文するのだろう?だからサイズは控えておる」

いや、だから訊きたいのは何故そこから服を預かってくることができるのかということなのだが。

「靴も履き替えろ。精一杯見栄を張れ。姫様に恥をかかせるでないぞ」

背中を叩かれ、僕はクリスト達に目を合わせて皆で頷く。

いざ応接室のドアをノックしようとすると「お待ちなさい」と声がかかった。

「…誰だ?」

「私はモーリス商会の幹部ニノと申します」

長身でスーツ姿の女性は自己紹介しつつ、僕の手首にシュッと香水を振りかけた。

「男性用香水『スノウフラワー』でございます。貴方は姫様にプレゼントされ、お返しに『フラワージュエル』の香水を贈ろうと注文しているところ。この二つはセットで売り出している王都で絶大な人気を誇る恋人向け商品です。よろしいですね?」

「え?…あ、ああ」

「仲の良さを見せつけてやりなさい。ご武運を」

小ネタを仕込まれ、気合を入れなおした僕は深呼吸してドアをノックした。


「待たせてすまない、ベリア公爵」


豪華な家具の部屋にベリア公爵とドレスで着飾ったユーリ嬢が向かい合って座っており、その間のテーブルにはよくわからない魔道具が置いてある。

ちょっと待って処理が追い付かない。

緑髪の奇妙な恰好をした青年は知らない顔だし、そこに控えている侍女だって…ん?あれは昨日のご老体!?
髪や服装を整えて姿勢を正せばあんな貫禄になるのか、見違えた。

「おかえりなさい、アルフレッド」
「ただいま、ユーリ嬢」

笑顔で迎えられ、素で笑顔になってしまう。
今のやり取りは夫婦っぽくてすごい良いと噛みしめながらユーリ嬢の隣へ腰を下ろす。

「あら良い匂い」
「うん、君がくれた『スノウフラワー』だよ。とても気に入ってるんだ。お返しに『フラワージュエル』を贈るからね。もう注文したから」

すぐに話を振ってくれて助かった、と先程頭に入れた情報を口にする。
ユーリ嬢は「嬉しい」と満面の笑みを浮かべ、演技だとわかっていながらも僕はドキッとときめいてしまった。

「僕も嬉しいよ」

途端にユーリ嬢が頬を赤らめる。
え、本当に照れているみたいだ。ユーリ嬢は演技が上手いな。

「仲が良さそうで良かったな」

コホンと咳払いで窘められ、ベリア公爵の存在を思い出す。

「遠路遥々ようこそいらした、ベリア公爵」

「元気そうで何よりだ殿下…いえ、アベル伯爵」

呼び名を改めたのはわざとだろう。
僕は笑顔を浮かべたまま「今日はどのようなご用件で?」と話を続ける。

「今日は伯爵にではなく息子に用があって来た。…クリスト」

ベリア公爵は目を上げて僕の後ろに立つクリストに声をかける。
クリストは小さく「はい」と返事をした。

「気が済んだだろう。この地はお前に相応しくない。大人しく帰ってこい」

「お断り致します」

「意地を張るんじゃない。嫡男教育が無駄になるんだぞ。お前は何の為に頑張って来たのだ?」

「アルフレッド殿下を支える為です」

公爵家の為ではない、と毅然と言い返す。
イライラしてきたのか、ベリア公爵の声がどんどん大きくなっていった。

「いい加減にしろ!お前は公爵家だけでなく国をも背負う男になるのだ。此処に残ったところで何になる!?」

「それを今から探します」

「…っ!」

バンとテーブルに拳を振り下ろす。
全く口をつけていないベリア公爵の紅茶が零れてテーブルを濡らした。

「この男はソフィーナを侮辱したんだぞ。お前は妹が可愛くないのか?」

「最近のソフィーナは甘やかされ過ぎて可愛くありませんね。少しくらい泣いたらいいじゃないですか」

「クリスト!」

「父上はギルバード殿下が国王となった後も実権を握り続けられるとお思いですか?」

「…っ」

痛い処を突かれた、とベリア公爵は口を噤む。

「父上は今からその基盤を築こうとしてらっしゃるかもしれませんが、ソフィーナはそれをわかっていますか?ギルバード殿下はアルフレッド殿下と違って優しくはない。ソフィーナがやらかせばこれ幸いと牙を剥いてきますよ?」

「…。…お前がいてくれれば」

「お断りです」

「…」

取りつく島もなく断られ、ベリア公爵はがっくりと項垂れる。
そして小さく「やれ」と後ろの護衛へ告げた。

「!?」

剣の柄に手をかけつつ屈強な護衛が前に出る。
咄嗟に腰に手をやるが、着替えの際にダガーを置いてきてしまったと今更ながらに気付いた。

「夫殿!下がれ!」

椅子を飛び越えたイチカが前に出て、後ろ足で蹴り飛ばされる。
扱いは酷いが、護ってくれるのは有難い。

屈強な護衛の振り上げた剣はイチカが受け止めてくれる、とこの場の誰もがそう思った。

「死ね」

剣は振り下ろされる途中で方向を変え、斜め後ろにいたユーリ嬢を切り裂く。

血をまき散らしながら倒れるユーリ嬢の姿は、まるでスローモーションのようにゆっくりと僕の目に映った。



「ユーリ嬢ーーーっっっ!!!」


瞬間、自分の命などどうでもよくなった。
駆け寄り、その身体を胸に抱く。

「待ってくれ!嫌だ!死なないでくれ!!!」

血が止まらない。
傷が深すぎて止める術がない。

どうしよう、此処には医者なんていないのに。

僕が巻き込んだ所為だ。僕が僕が僕が!

僕が全て悪い!!!

「アルフ…」

微かに唇が動き、僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

「ユーリ嬢、君が好きだ。逝かないでくれ、愛してる」

ああ、遅過ぎだ。
どうして僕はこうなんだ。
もっと早くに告げたかった。

聞こえているのかいないのか、ユーリ嬢はゆっくりと手を持ち上げ、僕の頬に触れた。

「泣いても…いいのに」

言われて初めて気付く。

「…?」


僕は…何故か微笑んでいた。


ユーリ嬢の手が力なく床に落ちる。

「…っ、は…っ、…はぁっ…はっ」

吐き気が込み上げてくる。息が苦しい。

何だろうこれは。
視界が真っ赤に染まっていく。

血の気を完全に失ったユーリ嬢の頬にポタポタと雫が落ちて…


「う…わあああぁぁぁーーーっっっ!!!」


僕は腹の底から咆哮した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

群青の軌跡

花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。 『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。 『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。 『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。 『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。 『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。 小説家になろう、カクヨムでも掲載

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

魔拳のデイドリーマー

osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。 主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

処理中です...