魂が百個あるお姫様

雨野千潤

文字の大きさ
上 下
8 / 43

08 領を眺めて考える

しおりを挟む
アベル領二日目の朝。

ヨツイが着替えを用意してくれた。

「先住民の方のモノ?」

「いいえ、在庫のシーツやカーテンなどで私が作りました」

「作りましたの!?」

驚いて広げてみる。

装飾が少なくてシンプルだがしっかりとした作りで、縫い目もきちんとしてある。
このレベルならば売り物にしても遜色ないように思われた。

「この状況でドレスでは不便なことも多いでしょう。平民のような服で申し訳ありませんが、どうぞお着換えください」

「有難う、助かりますわ」

早速着替えるが、慣れない服装にちょっと恥ずかしくなる。
布地が薄いというのもあるが、それよりも…。

「あの…、ちょっと。あ、足が…」

「申し訳ございません、布が足りなくてショートパンツになってしまいました。気になるならこちらをどうぞ」

予想していたことだったのか、長い靴下を渡される。
履いてみると太ももまで長さがあり、これならばまぁ…という気持ちになった。

「今までスカートの下に隠していたダガーが隠せなくなってしまったわ」

「此処では隠す必要もないかと。大変お似合いですよ」

グッと親指を立てられ、もしかしてショートパンツはわざとではなかろうかと勘繰ってしまう。
いや、まさかそんなわけ…、ないよね?

「有難う。邸の片付けも大変だろうに食事や衣服のことまで。手が足りてないのではない?」

「賢者もトニ婆も手伝ってくださいますので。…それに」

目を伏せていたヨツイは言葉を区切り、真っ直ぐに私の目を見た。

「姫様の見極めが終わるまではこのままの方がよろしいでしょう?」

「…」

よく見ている、と苦笑を返す。

判断は早い方がいい。
彼らと運命を共にするのか、突き放すのか。

突き放せば彼らはきっと…この困難な状況に対処しきれないだろう。

だけど…私が力を貸したなら…?貸したところで?
果たしてどれだけの状況を変えることが出来るだろうか。

「アルフレッドは?」
「ああ、早朝にお会いしましたのでアルフレッド様にもお着替えをお渡し致しました。今は既に朝食を食べて外出していらっしゃいます。畑を作る場所を検討するのだと」

「あら、真面目ですこと」

ならば自分もぐうたらしている場合ではないなとダガーを装着して出掛ける準備をする。

「正午にはニノも到着する頃合いですので、それまでにはお戻りくださいませ」
「わかりましたわ」

いってらっしゃいませとヨツイに見送られ、私は自室に決めた部屋を出る。

アルフレッドもこの邸の一室を見繕い、クリストキサラと一緒に泊まったようだ。
ジークとトーマはそれぞれ街の空き家を見繕い、イチカ達は野営装備があったので邸の前庭で夜を明かしたらしい。

私はまず邸の敷地内にある塔に上り、領の様子を見渡してみることにした。


「お前」

塔の展望台には先客がいた。
挨拶もしないマスク男にイラっとしつつ「おはようございます」と笑顔を作る。

「お前、ふしだらだ!」

顔を真っ赤にし、アワアワと目に見えて動揺するキサラに「ふしだら?」と首を傾げる。

自分の服装を確認するが、ブイネックのティーシャツは大して胸元が開いているわけでもないし袖から脇が見えるような構造でもない。
何なら夜会のドレスの方が露出が多い。私はそういうドレスを好まなかったけれども。

ならばとキサラの視線を追うが、どうやら問題はもっと下のようだ。

ショートパンツとニーソックスの隙間。
そこの太ももの露出が、キサラは許せないらしい。

「何を仰いますの、これは平民の普通の恰好ですわ!冒険者だって、イチカは鎧だけどアーチェやランはこんな感じでしょうっ?」

「お前は平民でも冒険者でもない。貴族令嬢!」

「そんなことを言うキサラさんの方がふしだらですわ!そんなに見ないでくださいまし!」

キサラの言いたいことはわからなくもない。
貴族令嬢が足を出すのは下品だというのが世界の常識ではあるから。

だが、こんな状況下でそれを押し付けてくるのはズルイだろう。

「なっ…!はっ…?」

予想外のカウンターパンチを食らったのがショックだったのか、キサラは私が両手を広げて精一杯隠す太ももからようやく目を逸らした。

「…」

「…何か用?」

暫く気まずい沈黙があったが、冷静さを取り戻したキサラが素っ気なく問う。

「別にキサラさんに用があったわけではありませんわ。領地を見に来ました」
「領地を?」

「広さとか状況を確認しに。魔素を何とかするよう兄様に頼まれてしまいましたから」

改めて一望すると、領地を囲む四方の城壁が遠くに見える。

この邸は領の中央に建てられており、王都側が森なのに対し、西側は砂漠だ。
北の山脈から川が流れており、邸近くまで来て東の森側に抜けている。
住宅は南に多く、農地を広げようとするなら北東が望ましいんじゃないかしらとアルフレッドを思う。

「おい」

「…っ!私は『おい』でも『お前』でもないと何度言えば」
「ユーリ嬢」

指摘を受け、キサラは素直に改めた。
意外だわと私は目を瞬かせる。

「まぁ、私は夫人なのですけれど。『嬢』でもいいですわ」

「主が自ら選んだ伴侶だから。仲間だと認めることにした」

それは昨日アルフレッドがキサラを窘めた台詞だ。
その時は反発したくせにどういう風の吹きまわしだか。

「私は選んでないのですけれど」
「何だと!?」
「選ばれたのだって『近くにいたから都合よく使われた』くらいの認識なんですけれど」

事実だ。
キサラだってその場に居たのだから知っているだろう。

なのにキサラは怒りを込めた眼差しで「違う!」と声を張り上げた。

「主はずっと意識していた。ユーリ嬢を」

「え、知らないですけれど」
「入学式からずっと」
「そんなに前っ?」

だとすれば三年も前からということになる。
入学式の段階ではまだお互いを認識すらしていないのだから、それは流石に盛っているだろうと笑って流す。

「今ならわかる、俺にも。主に必要なのはソフィーナ嬢ではなかったと」

「だからといって、敵に回しちゃ駄目だったと思いますけれどねぇ」
「お前はああ言えばこう言う」
「また『お前』と言いましたわね!」

直す気ないでしょう、と説教モードに入ったのに。

「ごめん、ユーリ嬢」

謝られ、不覚にもキュンとときめいてしまう。

わかるだろうか。絶対に謝らないような奴が素直に謝った時のギャップ萌え。
不良が珍しく善行して物凄く見直されてしまうような、アレだ。

「俺、喋るのが苦手。許してほしい」

「…まぁ、少しくらいの無礼は許しますわよ」

苦手ならば仕方ないですわよね、と何故かこちらが折れてしまっている。
なんて恐ろしい子。

「仲間、ですものね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...