魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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03 婚約解消劇の裏側

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ヨツイがエントランスの片付けを一通り終えて夕食の準備を始めた頃、私は駆けつけてくれた賢者ミワと古物商トニ婆と共にソファーに座って茶を飲んでいた。

「街を一回りしてきたが、使える物は多そうじゃ。魔物のお陰で強盗も入り込めなかったんじゃろう」

古そうなランプを嬉しそうに抱え、トニ婆がウハウハと前歯の抜けた口を開けて笑う。

「史実では、領民は早々にこちらの邸に避難し籠城したらしいから、街には戦闘の後もない。風化して朽ちているだけじゃ。この邸が一番壊れておる」

とはいえ邸の図書室は被害が少なかったようだ。
賢者は回収してきた分厚い本の一つを取って膝の上で開く。
幼い少女の姿の賢者が大人でも難解そうな本を読んでいる姿はいつ見ても奇妙だ。

「有難いですわね。このソファーもティーセットも、何もない状態から用意しようと思ったら大変ですもの」

少々デザインが庶民的ですけれど、と茶を啜る。

紅茶ではなく緑茶だ。
残念ながら厨房には茶葉がなく、トニ婆が持参していたものを分けてもらった。

「え、誰…?…えっと、どういう状況?」

邸の奥の通路から戸惑う声が聞こえてきて見やると、困惑した顔のアルフレッドが立っている。

さっと目視でチェックするが、着衣に少々の乱れはあるものの身体の動きにおかしな箇所はなく、怪我はないようだ。

「おや、夫殿ではないか!苦しゅうない。こちらの席へ」

「いや、それどころじゃ…。邸の中にも魔物がいて」
「ほっほっほ、お陰様で夕食は肉三昧じゃわい」

トニ婆の視線の先に魔物の死体の山があるのを見つけ、彼の口から「え、食べるの?」と呟きが漏れる。

魔物の肉は少々癖が強いが、上手く処理すれば充分に食用になる。
勿論、それを好んで食する者は少なく、街のレストランや王宮での料理に使われることは無いのだろうが。

「すまない、此処が危険だとは知らずに怖い思いをさせて。これからは僕が君の身を護るよ」

「アルフレッド。雨が降ってきたのよ」

そんな戯言よりも、と玄関扉の方へと指を差す。

「うん?…雨?」

それがなんだと言わんばかりの顔で首を傾げる。
金の髪を揺らすこのイケメン王子は、どんな仕草でも絵になるものだ。

「雨音で気配が読みづらくなったわ。馬の蹄の音が聞こえたような気がしたのだけど」

「…馬の蹄の音?」

両耳の後ろに手をやり耳を澄ますポーズをとるが、やはり聞こえなかったのか再度首を傾げる。

「敵か味方かわからないわ。気をつけて」

「馬に乗っているということは人間だろう?敵の可能性があるのか?」

「…」

返事をせずにニコリと口の端を上げる。
流石に馬鹿ではない元王太子は、「そうか」と憂いを帯びた表情で目を伏せた。

「この国の実質の王は僕の父上であるシルヴァード陛下ではなく、宰相のベリア公爵だってことか。彼の娘を侮辱した僕を人知れず殺すなんて他愛もないこと」

「あら、正解ですわ。しかも、ただ人知れず殺すだけでなく、出来るだけ苦しめて殺そうとしていますの。怖いですわね」

「命まで取られることはないと思っていたが、僕が甘かったようだ」

シュンと肩を落として落ち込む姿は子犬のよう。
罰を下される覚悟の上の婚約解消劇だったかと、私は扇子を広げて口元を覆った。

「何故わざわざ公衆の面前で婚約解消などと言い出したのか、お訊ねしても?」

「それは…。…」

誤魔化そうとしたのだろうか。
薄い笑みを張り付けた表情で話し始めたアルフレッドだったが、すぐに口を噤み、「君には本当のことを話すか」と呟いた。

「…僕は、父上の傀儡(かいらい)だった」

雨音が響く中、重く低く、アルフレッドが語り始める。

「父上はベリア公爵夫人が身籠ったと聞き、その婚約者にと慌てて子作りを始めた。その性別すらもわからないまま。公爵家に生まれたクリストも僕も男児だったが、公爵夫人はその翌年も妊娠して女児ソフィーナ嬢を生み、王家は喜び勇んで僕達の婚約を纏めた。翌年王家に生まれたギルバードは男児だったが、もし女児だったらクリストの婚約者にされていただろう。それほどまでに」

言葉を続ける前にアルフレッドは一つ、憂いの息をついた。

「それほどまでに父上はベリア公爵を失いたくなかった。父上に治世の才はなく、彼無しでは立ち往かなくなるくらい宰相に依存していたんだ」

握りしめた拳に力が籠る。

「王族に生まれた以上、僕だって政略結婚の覚悟ぐらいある。ソフィーナ嬢だって望んだ婚約ではないのだから、喩えお互いに愛せなくとも大切にしようと思っていた。…だけど」

「だけど、彼女は…」

顔を歪め、苦しそうに言葉を一つ一つ吐き出す。

「彼女は、僕とは違った。傀儡じゃない。家族に愛されていた。自由を許されていた。その事実が僕を更に苦しめた」

その言い分は聞き手によっては子供の癇癪のように感じるかもしれない。
だけどワガママだと断じるに、その姿はあまりにも痛々しい。

「ソフィーナ嬢はやがて傀儡の僕を見下すようになって、それでもいつか認めてもらえることを信じて頑張ってきた。だけどある日、ギルバードが言ったんだ。僕に」

「羨ましいって」

アルフレッドの顔に、傀儡の笑顔。

笑っているわけないのに。
さっきまで涙を堪えていたはずなのに。

その胸の痛みを微塵も感じさせないような美しい微笑。

「言ったんだ。『たった数か月、ソフィーナ嬢に歳が近かった。それだけで王太子の地位を勝ち取った。他に僕より秀でてる点なんて無いのに羨ましいよ』って」

「アルフレッド」

「だから譲ろうと思った。僕の言葉が揉み消されないように、ちゃんと聞き届けられるように、大勢の前で宣言をして」

「アルフレッド、違う」

王太子として、アルフレッドは完璧だった。

少なくとも私の目にはそう映っていた。

飛び出た才は無かったかもしれないが、それを努力で埋めていた。
敗北も失敗も間違いも、謙虚さと寛容で受け止めて。

だから卒業パーティでは違和感しかなかった。

あんな愚行を考えもなしにするわけがない、と。

「貴方は…」

作り物のような表情のアルフレッドに手を伸ばす。

コレは無意識なのだろうか。
自分の激情を悟られないように咄嗟に仮面を被るのは。

それともこれ以上傷つかない為の自衛行為なのか。


「どっこい…せーいっっっ!!!」


場違いなデカい掛け声と共に玄関扉が吹っ飛ぶ。


爆音と共にそこに現れたのは四人の男達だった。

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