魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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02 絶望 アルフレッドside

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一方、邸内を歩き回って絶望を感じ始めたアルフレッド。


迎えてくれる使用人なんているはずもない。
さすがに人が住めるような状態ではないということを認めざるを得ない。

「こんな話は聞いてないぞ」

父上、と処罰を言い渡した国王陛下の顔を思い浮かべる。


 余はお前のことを買い被っていたようだ。

 辺境の地で深く反省すると良い。


アレは僕に死ねということだったのだろうか。

もう僕に価値はないから、死んでもかまわないということなのだろうか。


目に涙が滲んだ時、視界の隅で何かが動いた。

「だ…っ!?」

誰だ?と口にしようとする前に飛びかかってくる。
それは大きな影ではあったが、人のモノではなかった。

「う…わっ」

咄嗟に持っていたダガーで振り払う。
鞘から抜く余裕はなかったので打撃のみだが、それでも攻撃を躱すことができたのは上出来だった。

「…魔物…か?」

その姿は狼のようにも見えたが、頭部には大きな角があり、目は爛々と赤く光っていた。

知識はあるしその素材を見たこともあるが、遭遇するのは始めてだ。

「どうして邸の中に魔物なんて…」

疑問を口にしたものの、自分でも呆れるくらい理由は明確だった。

此処がかつて魔物に滅ぼされた辺境の地アベルだからだ。

僕はどうしてそれが過去に終わったことだと思っていたのだろう。
その影響で未だに復興できていないと学んだはずだったのに。

困惑するこちら側にもお構いなく、狼の魔物は再び飛びかかってくる。
その爪と牙を何とか躱しつつも、どう攻めたらいいのかと悩んだ。

「人間相手の戦い方しか知らないから!」

勝手が違い過ぎる。
人間相手ならルール違反だと審判に抗議しているところだ。

…ルール違反。

頭を過ぎった言葉に苦笑が漏れる。

結局自分は、人間相手にもルールに縛られた範囲でしか戦ったことがないのだ。
こんな風に命を懸けた戦いに身を投じたことなど、一度もない。

「ハズレだイチカ!」

背後から声が聞こえたと同時に目の前の魔物に矢が刺さる。

ギャインと叫び声をあげた魔物に第二、第三の矢が突き刺さり、魔物はやがて絶命した。

「姫様ではなかった」

矢を放ったツインテールの女性は弓を下ろしながら、アルフレッドにではなくその背に立つ者に声をかける。

イチカと呼ばれた女性は前に進み出て、こちらをジロリと睨みつけた。
女性だが、全身を包む鎧のせいだろうか。圧がある。

「君達は…いや、こちらから名乗るのが礼儀か。僕の名はアルフレッド。この国の王子で、このアベル領の領主だ」

「そして姫様の夫だろう。お前にとってそれこそが最大の栄誉であり、それ以外の肩書はゴミだ」

「は?…え、…は?」

この人生、ゴミと蔑まれたのは初めてのことで戸惑いが隠せない。

ツインテールの女性が「イチカ」と窘め、鎧の女性は「わかってる」と嫌そうに顔を歪めた。

「我らは冒険者Sランクチーム『ファースト』で、私はそのリーダーのイチカだ」

「弓使いのアーチェよ」

「Sランクチーム…だと?」

それが最高ランクだということくらい、冒険者ギルドと縁の薄いアルフレッドにだってわかる。

そしてそれが王都騎士団最強と言われる第一部隊と、同じレベルの戦力を持つということも。

「何故こんなところに…?あ、そうか。僕の護衛か!」

思い当たり、ポンと掌を拳で打つ。

そうか、父上はなんだかんだ言って僕を心配してくれていたんだな。秘密裏にこんな護衛を雇ってくれるなんて。
などと暢気なことを考えていると、殺気の籠った目で「は?殺すぞ」と睨みつけられる。

「時間の無駄だ。仕事に戻るぞ」
「いやいや、ほっといたら死ぬでしょ。保護しないと」
「死ぬならそこまでの運命だ」

「姫様の夫なのに?」

アーチェに言い返されたイチカはこれでもかというくらい顔を歪め、「わかった」と渋々頷く。

どうやら自分の護衛ではないらしいということに勘付きつつも、彼女達の言う『姫様』が誰なのかがイマイチわからない。
自分が『姫様の夫』と呼ばれるということは、自分の妻が『姫様』ということになるのだが…。

「僕はもうソフィーナ嬢とは婚約解消したから、彼女の夫には成り得ないのだが」

「…」

「避けて」

暫しの沈黙後にイチカの剣が引き抜かれ、ブォンと風圧を顔に受ける。

気付けば目と鼻の先に剣の切っ先が突き付けられており、アーチェが忠告と共に引っ張ってくれなければそれなりの怪我を負っていただろう。

「君はイチカの神経を逆撫でする才能があるね。これでも普段は温厚なんだよ」

「そういうお前は何故怒らないんだ、アーチェ」

アルフレッドに剣を突きつけたまま、イチカは軽口を叩くアーチェに問う。
アーチェは軽く肩をすぼめ、「そうねぇ」と苦く笑った。

「私の主はイチカだから、かな。主の主のことだから間接的にだけど、不快には感じているよ」

二人のやりとりから、元婚約者だったソフィーナが『姫様』だという線はハズレだったと察する。

両手を上げて降伏の姿勢を取りつつ、となれば…と共にアベル領まで来た黒髪の彼女を思い浮かべた。

…いや、貴族令息と結婚しなければ平民になってしまう男爵令嬢のユーリ・カブラギが『姫様』なのは、ちょっと無理がありすぎないか?

「す、すまない、勝手な推測をしてしまった。気に障ったのなら謝る」

しかしながら、これ以上余計なことは言うまいと素直に謝る。
謝罪を受けたイチカは、小さく息を吐き剣を下ろした。

「謝るなら姫様に。貴様がどれだけとんでもない面倒事に姫様を巻き込んだのか、今はまだ自覚もしていないのだろうが。お優しい姫様はきっと許されるのだろう。私はそれがとても腹立たしい」

「…」

正直、この時の僕には理解出来なかった。

アルフレッドが婚約解消騒動でユーリ・カブラギを選んでいなかったら、死ななかったとしても生き延びることは出来なかっただろうということを。

「行くぞ。時間が惜しい」
「あ、いや、僕は一緒には行けない」

「まだ何かあるのか?」

明らかに嫌そうな顔でイチカが振り返る。
僕は「コレを」と手に持っていたダガーを掲げた。

「武器が無いからとコレをユーリ嬢から借りてしまった。邸の中にも魔物がいるなら、彼女の居る場所も危険かもしれない。急いで戻らないと…」

「・・・」

イチカ達の言う『姫様』がユーリ嬢ならそれは由々しき事態のはずなのだが、それを聞いてもイチカは冷静だった。

「それは対になっている双剣の一本だ。もう一本持っているはずだから問題ない」

「はい?…あ、いやでも、武器があったとしても僕ですら苦戦して…」
「はははっ、自分の身すら満足に護れないのにどうするつもりだ?」

貴様が戻ったところで何を護れる?
そんな嘲笑にグッと拳を握りしめる。

「それでも男子たるもの、自分の妻くらい身体を張って護るのが当然だろう」

イチカ達に期待しなかったわけではない。
だが、助けてもらえなくともアルフレッドはユーリを護らなければならない。

それが彼女を巻き込んでしまった僕の、最低限の責任だと思った。

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