魂が百個あるお姫様

雨野千潤

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01 アベル領到着

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もう丸一日くらい馬車に揺られているだろうか。

随分と道が悪く、既にお尻の感覚はない。
向かいに座る彼も同じだろうか。

チラと視線をやると、足を組んだまま窓の外を見る男は涼し気な表情を浮かべている。流石は王太子…だった男。

…どうしてこんなことになっているんだっけ?

私は三日前に行われた王都学園卒業パーティの出来事を思い返した。



「ソフィーナ嬢、君との婚約は解消だ!!!」

声を張り上げたのはこのオルタ国の王太子、アルフレッド・クラウン・オルタだ。

そしてそれに対峙するのはその婚約者、ソフィーナ・ベリア。
この国唯一の公女である。

「本気で言っておりますの?」

「勿論だ!」

「この婚約は王家の方から頼みこまれて渋々お受けしたものでしてよ?本当によろしくて?」

なるほど、なかなかに気が強い女性だ。
王太子相手に一歩も引いていない。

「君のその、いつも僕を小馬鹿にするような態度が嫌いだった!僕はこの…」

他人顔で見ていた私は突然、ガッと腕を掴まれ引き寄せられる。
転げそうになりながら前に出る私を小脇に抱えるような恰好で、王太子殿下は声高に宣言した。

「カブラギ男爵令嬢ユーリと結婚することにする!!!」

「…は?」

それは私にとっても寝耳に水な言葉だった。



その後、勝手な行動をした罰としてアルフレッドは廃太子とされ、第二王子ギルバード殿下が立太子することとなった。

国王陛下は慌ててソフィーナ嬢とギルバード殿下との縁談を纏め、ベリア公爵をなんとか宥めようとしたらしい。

ベリア公爵はアルフレッドを王都から追い出し、生涯辺境の地アベルに住まわせるという条件で怒りの矛を治めたのだという。

「おい、着いたぞ」

乱暴にドアが開けられ、御者が私達に降りるよう声をかける。
二束三文で雇われた平民の御者なので、私達が何者かなど知りもしないし礼儀もない。

アルフレッドが先に降りて手を差し出してくれたので、私はそれを取って馬車から降りた。

「…なるほど」

目の前にあるのは邸というにはちょっと…というような廃墟だった。



公に宣言されてしまったので、私はこの廃太子と結婚することになってしまった。

なので、当然のように私も辺境へと送られることとなる。
逃げることも隠れることも許さない、と帰宅すら許されず、粗末な馬車に詰められてポイッだ。
荷造りもさせてもらえず、家族と別れの言葉すら交わせず。

まるで罪人のような扱い。

「ここはオルタ国の西端に位置するアベル領だ。敵国ガノルと隣り合っているがその間に大きな砂漠がある上、高い城壁に囲まれているから簡単には攻めてこれない。大丈夫だ」
「…」

知っている。…だが、それで大丈夫だとは同意できない。

「当面の生活費も渡されている。大丈夫だ」

得意顔で布袋をジャラリと鳴らす。

買い物できる店も見当たらないのに、何が大丈夫なのか。

「そんなことよりも殿下。私に何か言うことはございませんか?」

「殿下だなんて堅苦しい呼び方はやめてくれ。僕達、書類上はもう夫婦じゃないか」

「話を逸らさないでくださいませ」

厳しい声を出すと、アルフレッドはビクッと肩を揺らした。

「す、すまなかった…、巻き込んで」

確かに私達は夫婦だ。
馬車に詰め込まれる前に婚姻届なんて紙切れに有無を言わさずサインさせられたから。

「だけど僕は領地と伯爵位を貰い、君は伯爵夫人になった。男爵令嬢だった君にとっては大出世だとは思わないか?」

「思いませんわ」

私は寧ろ平民になりたかった。

いくら伯爵夫人という身分を手に入れても、到底楽な暮らしが出来るとは思えない。
この廃墟同然の邸を見れば。

「大丈夫だ。僕は腐っても王族。君のことを護る」

駄目だ、お花畑だ。

これ以上話しても無駄だ、と邸へと足を向ける。

私達を連れてきた馬車は疾うにいなくなっていた。
急がなければ山中で夜を迎えることになってしまうから、それは仕方ない。
アルフレッドが駆け寄りスッと腕を出したが、こんな場所でエスコートもクソもあるかいと無視をした。

邸の門には、鍵も掛かっていなかった。
荒れ放題の前庭。邸の玄関扉は壊れており、その中には動物が住み着いた跡のような匂いがした。

「…酷いな。おい!誰かいないのか!?」

アルフレッドが奥に向かって声を上げる。

「新たな主人が到着したんだぞ!出迎えはどうした?」

彼には此処に人が住んでいるように見えるのだろうか。
一通り叫び、「やはりこのような邸の使用人は質が悪い」とため息をつく。

「人を探してくる。君は此処で待っていてくれ」

「…」

邸を見て回れば、嫌でも状況を把握出来るだろう。
と放置するつもりだったが、ふとアルフレッドの腰に目をやる。

「殿下…いえアルフレッド」

「え、呼び捨て?」

「敬称は必要ないと判断しました」

堅苦しい呼び方は不要と言ったのはアルフレッドの方だ。
せめて『様』くらいはつけてもらえると思っていたようだが、私には欠片も敬う気持ちがない。

それに、自分が下に見られるような関係は築きたくない。

「アルフレッドは武器を持っていますの?」

「武器?…いや、パーティ会場の姿のままで来たからないけど」

「ではこちらをどうぞ」

スカートの中に隠し持っていたダガーを一本差し出す。

アルフレッドは驚いたように目を瞠り、私の顔とダガーを交互に見つめた。

「パーティ会場は武器持ち込み厳禁だったはずだが」

「まぁ、ふふふ。可愛らしいことをおっしゃいますね。馬鹿正直にそれを全員が守ると思っていらっしゃいますの?」

「ええ?…しかし万が一バレたら」

「バレなければ良いのですわ」

はいとダガーを鞘ごと手渡すと、アルフレッドは素直にそれを受け取り背を向けた。

あの様子では何故武器を渡されたか理解していないようだったが、腐っても王太子だった男だ。
武器さえあれば対処できるだろう。

「さて、と。久しぶりに出しますか」

私が両の掌を広げると、そこから五つの光が飛び出てくる。

それらはじゃれ合うようにくるくると絡まり、やがて一つの塊となり、それは大きくなって人型を模った。

目の前に現れたのは、メイド服を来たおさげ頭の女性。

彼女は私の前で跪き「姫様」と畏まった。

「姫様のお世話と邸の管理をさせていただきます。どうか私に名前をお与えください」

「では『ヨツイ』と」

「有難き幸せ」

嬉しそうに微笑むヨツイ。

彼女はつい先程まで私だったモノ。
私が何を求めているのかなんて、口にするまでもない。

「では早速『お仕事』を始めますね」
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