「不良ディバイド:デジタルと魔術の交差する街」

トンカツうどん

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「第1話:取引」

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九条迅は、自分のデスクに広がった報告書に目を通しながら、ふと手を止めた。考えを整理するため、静かに深呼吸をしてから、デスクに両手を置いて凱斗の方に向き直る。取り調べ室でのやりとりを思い出しながら、今後の彼との関係について思案する時が来た。

「さて、黒澤。これからの協力についてだが、お前に報酬を約束しなければならない。アメリカの司法取引みたいなもんだと思ってくれればいい。つまり、こちらも条件を用意している。」

九条の言葉を聞き、黒澤凱斗は軽く眉をひそめた。何か面白い話が始まりそうだと、彼の表情には興味の色が浮かんだ。だが、彼の口調は相変わらず不機嫌そうで、無愛想だ。

「条件?金でも出すってのか?」

凱斗は、九条が何を企んでいるのかを探るように、挑発的に問い返した。彼にとっては、自分が利益を得られるかどうかが一番の関心事であり、それがなければ協力する意味はない。

九条は軽く笑い、首を横に振った。その微笑みにはどこか確信めいたものがあり、黒澤に安心感を与えるものだった。

「金じゃない。だが、お前が協力している間、いくつかの特典がある。まず、**魔術・超常現象対策班への出入りが自由**だ。お前の好きなときに来て、好きなときに出て行ける。次に、**食べ放題**だ。班の食堂を使って好きなだけ食べてくれ。それと、**ジム使い放題**だ。もちろん警察のお墨付きのジムだぞ。お前のトレーニングには十分すぎる設備が整っている。」

凱斗は九条の提案を一旦受け止め、その特典に対して反応を示した。彼は自分が何を得るかに敏感であり、この提案に一瞬だけ目を光らせた。彼の唇の端がわずかに持ち上がり、軽い笑みが浮かんだ。

「ふーん……食べ放題とジム使い放題ね。まあ、悪くはない。」

それは、凱斗にとっては十分に魅力的な条件だった。特に彼のような肉体派の不良にとっては、ジムの利用が無制限というのは非常に有利だった。彼の戦い方には鍛え上げられた肉体が必要不可欠であり、九条の提示した条件は確かに彼を引きつけるものだった。

九条は、その反応に満足そうに頷きながら、さらに続けた。

「もちろん、この条件はお前が協力している間だけだ。協力を続けるなら、これからもそれらの特典は継続する。ただし、もしお前がこれ以上協力したくないというなら、その時は別れ話ということで、自由に解放してやる。無理強いはしない。」

凱斗はしばらく考え込んだ。彼の顔には、どこか悩むような表情が浮かんでいたが、心の中では既にその提案を受け入れる準備ができていた。特典が悪くない以上、面倒なことに巻き込まれるとしても、それに見合う報酬があるなら問題ない。彼はそれを冷静に評価していた。

「……まあ、悪い話じゃねぇな。面倒事が片付くなら、それでいいさ。」

凱斗は、最後には面倒くさいという気持ちを口にしながらも、心の底では次第に九条との協力に前向きになっていった。彼の決断は、あくまで現実的であり、利益を得られる限り協力を惜しまないというスタンスだった。

九条は凱斗のその反応に満足し、再び微笑みを浮かべた。

「そうだ。お前が力を貸してくれる限り、こちらもお前を守る。お互いに利益がある関係だ。」

その言葉を聞いて、凱斗はゆっくりと椅子から立ち上がり、軽く手を振りながら九条に答えた。

「わかったよ。協力してやるさ。だが、面倒になったらすぐに抜けるからな。」

凱斗にとって、それが最も重要な条件だった。自分が自由であること、そして自分の意思でいつでもその協力関係から離れられること。それさえ守られるならば、彼は必要なときには協力を惜しまないつもりだった。

九条は、その言葉を受けて立ち上がり、凱斗に向かって手を差し出した。

「それでいい。では、これからもよろしく頼む。」

その瞬間、二人の間に確かな協力関係が結ばれた。凱斗は九条の手を軽く握り返し、笑みを浮かべながら肩をすくめた。

「まったく、手間のかかる奴らだな……けど、悪くない取引だ。」

---

### 対策班オフィス

その日の午後、対策班のオフィスでは、九条と白石が並んでモニターを見つめていた。白石拓海は、複数のモニターに映し出されるデータに目を光らせ、キーボードを軽やかに叩いていた。彼の冷静な目がモニターの中の情報を読み取っていく中で、ふと、疑問が浮かんだ。

「班長、本当にあの黒澤って奴が協力するんですかね?」

白石は問いかけながら、手を休めずに作業を続けていた。彼は現実主義者であり、黒澤のような不良が本当に役に立つのか疑問を感じていたのだ。

「奴はただの不良ですよ。しかも自分の意思で動くような奴じゃない。そんな奴が言うことを聞くとは思えませんけどね。」

白石は軽くため息をつきながら、皮肉を込めてそう言った。彼にとって、黒澤のような存在は計算外のものだった。

九条は、白石の言葉に耳を傾けながらも、視線をデータから逸らさずに答えた。

「全ては現象の中にある、白石。」

その言葉に、白石は一瞬眉をひそめた。九条がよく口にするその表現には、いつもながらに深い意味が込められているが、彼にはそれが抽象的に思えた。

「またそれですか……」

白石は九条の表現を皮肉混じりに受け流しつつ、九条が続ける言葉に耳を傾けた。

「今は、黒澤が自ら選んだ現象の中で、どう振る舞うかを見守る時だ。彼がどういう答えを出すかは、俺たちが干渉するべきことではない。重要なのは、彼が自ら選んだ道の先に何があるか、その答えに至るまでの過程だ。」

九条の言葉は、まるで哲学的な洞察のようだった。白石はその意味を噛み締めながらも、実際の現実的な結果が伴わない限り、納得するのは難しいと思っていた。

「過程、ですか……つまり、奴がどう行動するかはまだわからない、と。」

九条は静かにうなずき、白石に視線を向けた。

「そうだ。彼はまだ自分がどういう現象に巻き込まれているのか、完全には理解していない。だが、それを理解し始めた時、彼は自分なりの答えを出すだろう。それが俺たちにとって有益かどうかは、今後の彼次第だ。」

白石は腕を組み、九条の言葉を考え込むように天井を見つめた。

「過程、か……まあ、班長がそう言うなら信じますけど、あの不良が協力してくれるかどうか、やっぱり俺にはまだ信用できないですね。」

白石は冷静に自分の考えを述べつつも、九条の言葉には一応の納得を示した。彼は合理的な判断を重視するタイプであり、感情論や曖昧な理論には少し距離を置いていたが、九条の信念には何かしらの信頼感を感じていた。

九条は薄く笑みを浮かべ、再びデータに目をやった。

「結果は待てば分かるさ、白石。全ては現象の中にある。そして、その現象をどう捉えるかは本人次第だ。」

白石は軽く肩をすくめながら、再びキーボードに向かい、作業を続けた。

「了解しましたよ、班長。でも俺は、結果が出るまでは過程をしっかり観察させてもらいますからね。」

九条はその言葉に満足げにうなずき、彼の冷静な態度を評価していた。白石のような冷静な人物がいるからこそ、この対策班はバランスを保ち、魔術や超常現象という不可解なものに対応できているのだ。

---

### シーン: 黒澤、商店街を歩く

黒澤凱斗は、九条との取引を終えた後、商店街の賑わいの中を気ままに歩いていた。彼の右手――エンドブレイカーが、ほんのわずかに痺れるような感覚を伴っていたが、気にせず前へ進んだ。商店街には、揚げたてのたこ焼きやコロッケの香ばしい匂いが漂い、彼の鼻をくすぐっていた。

「……まあ、悪い取引じゃなかったな。」

彼は静かに独り言を呟き、ポケットに手を突っ込みながら、軽い溜息を漏らした。食べ放題とジムの使い放題、それに加えて魔術・超常現象対策班への出入りが自由となれば、多少の面倒事を引き受ける価値はあると思っていた。

「とりあえず、今日は何も考えずに飯でも食うか……」

そんな彼の思考が途切れた瞬間、不意に耳に響いてきた声があった。それは、どこかで聞き覚えのある声だった。

「ちょっと待ってよ!もう一回、今度は成功させるんだから!」

黒澤がその声の方へ視線を向けると、そこには炎月カエデが、路地の一角で何かを振り回していた。彼女の手には杖が握られ、周囲には白い煙が漂っている。焦げた匂いが辺りに充満し、彼女の服は少し焦げ跡が残っていた。

「……あいつか。」

黒澤は呆れたように呟きながら、カエデの元へと歩み寄った。

「おい、カエデ。何やってんだよ。」

彼が声をかけると、カエデは振り返り、満面の笑顔を浮かべた。

「黒澤!ちょうどいいところに来たわ!見てよ、私の新しい魔法、『紅蓮雷華』がもう少しで成功するところだったのに、また失敗しちゃった!」

彼女は杖を振り回しながら、少し焦げた服の裾を見せて、悔しそうに肩をすくめた。

「はぁ……お前なぁ、爆発してんのに失敗ってどういうことだよ。」

黒澤は呆れたように頭を掻きながら、周囲を見渡した。通行人たちは皆、カエデの爆発に驚いていたが、彼女自身は全く気にしていない様子だ。

「いや、見た目は派手だったけど、私が目指してるのはもっとすごいのよ!紅蓮の雷が全てを焼き尽くすようなね!」

カエデは自信満々にそう語り、再び杖を握り直した。

「次こそは成功させるから、ちょっと手伝ってよ!」

「……俺を巻き込むなよ。そもそも、やるならもう少し人がいないところでやれ。」

黒澤はため息をつきながら、彼女の無謀な挑戦に困惑しつつも、その情熱にはどこか呆れる反面、感心する部分もあった。彼は仕方なく、カエデの挑戦を見守ることに決めたが、その瞬間、彼の右手――エンドブレイカーが再び微かに反応した。

「……嫌な予感がする。」

黒澤は心の中でそう呟きながら、カエデの次の動きを静かに見守った。
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