「天気予報は気まぐれガールズ」

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第19話:継続 九尾の狐と天気の通り雨 隼人の憂鬱

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夕方、校舎の廊下を歩いていた隼人は、妙な違和感を覚えながらため息をついた。窓の外にはまたしても通り雨が降り出していた。さっきまで晴れていたのに、ぱらぱらと音を立てて窓ガラスに当たる雨粒の音が耳に響く。晴れた空から降る不思議な雨に、隼人は苛立ちと共に胸の奥に沸き上がる疑念を押さえ込もうとした。

「またか…」

無意識に呟いた言葉は、天気そのものだけでなく、自分の心の中に渦巻いている不安に向けられていた。気象部で天気の研究をしている以上、ただの通り雨だと割り切るべきなのだろうが、最近のこの現象には奇妙なものを感じていた。

つい先日、クラスメイトの雪菜から聞かされた話が頭から離れない。

「妖怪なんているわけないだろ…ましてや、九尾の狐なんてさ…」

隼人は自分に言い聞かせた。しかし、心の奥底では、九尾の狐がこの学校に紛れ込んでいるという噂がじわじわと現実感を帯びてきていた。もしそれが本当だとしたら、この通り雨にも何かしらの意味があるのかもしれない。

彼は理性的に考えようと努めたが、頭の片隅に残る疑念がどうしても払拭できない。

気象部の部室に戻ると、窓の外をじっと見つめているサフウの姿が目に入った。彼女の横顔には、いつもの無邪気さや明るさは見えず、何かを考え込んでいるようだった。

「また通り雨ね…まるで何かが隠れているみたいだわ」

彼女はつぶやくように言い、隼人に視線を向けた。彼女の言葉には冗談ではない真剣さが含まれていた。

「隼人、考えてみてよ。もし本当に九尾の狐がいたら、この雨も何かの前兆かもしれないじゃない?」

隼人は眉をひそめ、軽く肩をすくめた。「お前までそんなこと言うのかよ、サフウ。九尾の狐なんて、ただの伝説だろ?」

しかし、サフウはその言葉に動じることなく、じっと隼人を見つめ続ける。いつもの彼女らしい無邪気な表情ではなく、どこか芯の強さを感じさせる眼差しだった。

「でもね、伝説っていうのは、何かしらの真実に基づいていることもあるのよ。特にこういう不可思議な天気現象が続くと、どうしても考えちゃうのよね」

その言葉に、隼人の胸の中でまたもや不安が広がる。サフウの言葉が、ただの偶然の一致に思えないからだ。

「気象部の部長として、そういうことを考えるのは良いけどさ、現実的に考えろよ。俺たちはただ天気の研究をしてるだけだ」隼人は必死に理性的な言葉を紡ぎ出したが、自分の言葉に確信を持てていないことに気付いていた。

サフウの言葉に、自分が考えようとしていたことが現実味を帯びてしまった。通り雨と九尾の狐――その結びつきが、彼の心に小さな疑念の種を植え付けていたのだ。

その時、ドアが開き、軽やかな足音と共に西風が笑いながら入ってきた。

「おい、そんなに深刻な顔してどうしたんだ?また通り雨か?」

隼人は軽くうなずき、「そうだよ。さっきまで晴れてたのに、急に降り始めた。しかも、この雨…何かおかしい気がするんだよな」と、どこか自嘲気味に答えた。

西風は窓の外をちらりと見て、いつもの調子で笑いながら言った。「狐の嫁入りか? ま、こういう奇妙な天気は異世界の設定にでも使えそうだな。妖怪が紛れ込んでるなんて話があれば、面白いことになりそうだしな」

「またかよ…」隼人はため息をつきながらも、どこかで西風の冗談が現実味を帯びていると感じてしまう自分がいた。

冗談のつもりで出された言葉が、最近の奇妙な出来事と重なり、隼人の心にさらなる不安を引き起こしていたのだ。

「いや、本当に九尾の狐がいるなんて信じられないけどさ、もし本当にいたらどうするよ?」隼人は思わず口に出してしまった。

西風は驚いたように目を見開き、「おいおい、隼人。冗談で言ったつもりだったんだが、そんなに気にしてるのか?
気象部の部室はいつものように静かだった。窓の外は晴れていたが、突如としてぽつぽつと雨が降り始めた。まるで夏の終わりを告げるかのような、ふいの通り雨だった。

「お、通り雨か?」と隼人が窓の外を見ながら呟いた。

「人はこれを『狐の嫁入り』って呼ぶんだよな」と、ぽつりと付け加えると、部室の他のメンバーも自然と窓の外を見やった。降り続ける雨の音が静かな部室に心地よく響いていたが、その一方で、隼人の心には何か引っかかるものがあった。

サフウはその言葉にすぐに反応し、いつものように自信満々に説明を始める。「そうね、通り雨。天気が晴れてるのに雨が降る、昔の人たちはこれを『狐の嫁入り』って言っていたわ。狐が見えない形で嫁入りをするのを人間が見ているってね。」

「なんで狐が嫁入りなんだ?」隼人は軽く眉をひそめた。そんな馬鹿げた話にリアリティを感じることはなかった。

サフウはため息をつき、隼人を見つめた。「狐は昔から神秘的な存在として崇められていたの。だから、こういう不思議な自然現象を、見えない存在に例えたのよ。」

隼人は肩をすくめて、「そうかもしれないけど、今の時代じゃ、ただの天気の気まぐれって感じだな。」と、つい軽い口調で呟いてしまった。

西風もそれに乗り、「おいおい隼人、そんなに現実的に言うなよ。こういうロマンチックな話もたまには楽しめよ?」と、いつもの冗談っぽいトーンで言った。

「ロマンチック?ただの雨だろ。」隼人は苦笑いを浮かべ、窓の外に目をやる。だが、その時、彼の頭の中に、何か不安がよぎった。昨日、雪菜から聞かされた話が再び頭を過ぎる。

『隼人、知ってる?この学校には本当に九尾の狐が紛れているって話、聞いたことない?』

あの日、雪菜の真剣な表情が頭から離れない。普通なら冗談だと思う話なのに、最近の天気の奇妙さが、どうにも心を乱している。隼人はその考えを打ち消そうとするが、疑念はじわじわと心の中で膨らんでいった。

「狐の嫁入りか…。まるでどこかのファンタジー世界だな」と隼人がぽつりと呟いた。

その言葉に反応したのは、サフウだった。「そうかもね。今の時代、こんな天気は誰も特別だとは思わない。でも、こういう日常の中にこそ、何かが隠れてるんじゃないかって考えたくなるわ。」

彼女のその言葉は、隼人の心にさらなる疑念を植え付けた。

「狐なんて、いないだろ。」隼人は軽く言い放ったが、サフウの言葉にはどこか説得力があった。彼女の澄んだ瞳が、何か真実を掴んでいるかのように見える。

「そうかもね。でも、隼人。昔からの伝説が全て嘘だとは限らないわよ。特にこういう不可思議な天気現象が続くと、どうしても考えちゃうのよね。」

隼人は肩をすくめたが、彼女の言葉はどこか心に響いた。「気象部として、こういう話に飛びつくのはやめてくれよ。俺たちは天気の研究をしてるんだ、妖怪退治じゃない。」

サフウはニヤリと笑った。「そうね。でも、時にはこういう不思議な話に飛び込んでみるのも面白いかもよ?誰も知らない秘密を探し当てるって、なんかワクワクしない?」

その瞬間、西風が口を挟んだ。「おい、隼人、サフウ。狐の嫁入りがどうとかで盛り上がるのもいいけど、現実はもっとシビアだぜ。そろそろこの雨も止むんじゃねぇか?」

西風の軽口に、隼人は笑みをこぼしながらも、その内心は依然としてモヤモヤしていた。この通り雨の奇妙さ、そして狐の話…。彼の心は現実と伝説の間で揺れ動いていた。

「それにしても、この通り雨、続きすぎだよな…。ただの天気の気まぐれって感じでもない。」隼人はふと漏らした。

その言葉を受けて、サフウが静かに言った。「そう思うなら、隼人、調べてみない?もしかしたら、何か面白い発見があるかもしれないわよ。」

隼人はその提案に一瞬迷ったが、彼の中の好奇心が膨らんでいった。狐の伝説なんて信じるべきじゃない。それは分かっている。それでも、この奇妙な天気と伝説の関連を無視することはできなかった。

「調査って、どこから始めるんだよ?」隼人は少し皮肉っぽく笑いながら、サフウの提案を受け入れた。

サフウは満足げに微笑み、「まずはこの天気をもっと詳しく調べるところからね。柄にもないけど、後で奢るわよ。調査も兼ねてデートにでも付き合わせるわ。」

「は?」隼人は思わず声を上げたが、すぐに冷静を取り戻し、「お前、そんなこと言うキャラじゃなかっただろ?」と突っ込んだ。

サフウは少し照れくさそうにしながらも、どこか楽しげだった。「たまにはいいじゃない。そういうのも。」そう言って、窓の外の通り雨を見つめる彼女の瞳には、何かしらの期待が混じっていた。


---

隼人の心は、現実と伝説の狭間で揺れ動いていた。

夕方、気象部の活動を終えて部室を出る隼人とサフウ。静かな校舎を歩きながら、二人は自然と会話を交わし始めた。

「隼人、今日は妙におとなしいわね。普段ならもっといろいろツッコんでくるのに」と、サフウが隼人の横顔をちらりと見やりながら言った。

隼人は軽くため息をついて、「いや、さすがに今日はちょっと考えることが多くてな…あの九尾の狐の話とか、通り雨とか、いろいろなことが頭の中でぐるぐるしてるんだよ」と肩をすくめた。

「ふーん、九尾の狐ね。隼人、いつもはもっと現実的なのに、今日は少しだけロマンチックなことに引きずられてる感じがするわよ?」

サフウのその言葉に、隼人は少しだけ笑ってみせた。「まあ、確かに俺はいつも現実的なことしか考えてないけどさ。でも、あの光を見たときは、本当に狐の尻尾みたいだったんだよ。あんなの、気のせいだと思いたいけど…」

「それってロマンじゃない?現実的には説明できないことを、あえてファンタジーで楽しむっていうのも、悪くないわよ」とサフウがにやりと笑って言った。

「お前、楽しんでるだろ?俺がこんな話してるの、珍しいからだろ?」

「そりゃもちろん!だって、いつも現実的な隼人がこんなに不思議な話をしてるんだもの。滅多にない機会だし、からかいたくもなるでしょ?」サフウは楽しそうに笑いながら答える。

隼人は少し悩んだ表情を浮かべ、「でもな、サフウ。俺、こういう話はあんまり好きじゃないんだ。ロマンっていうか、そういうのにあまり振り回されたくないんだ。俺は、目の前にある現実にしっかり向き合いたいタイプだからさ。」

サフウは少し考え込んでから、軽く頷いた。「うん、わかるわ。現実的な考え方って、大事だものね。特に気象部なんかは、データを集めて分析して、現実的に結論を出すことが仕事だし。でもね、隼人。たまにはロマンに振り回されてみるのも、悪くないんじゃない?」

「どういうことだよ?」

「だってさ、現実ばっかり追いかけてたら、面白いことも見逃しちゃうかもしれないでしょ?それに、ロマンチックな考え方だって、人を前向きにしてくれることがあるんじゃないかな。想像力が豊かになれば、普段見えないものが見えるかもしれないし」

「でも、それってただの幻想だろ?」隼人は少し真剣な表情を浮かべた。

「幻想かもしれないけど、時には幻想が現実を動かすことだってあるわ。例えば、この通り雨だって、誰かが雨を操っているって信じていた昔の人たちは、それをきっかけに神話や伝説を作り上げたわけだし。結局、それが文化になったり、未来の人にインスピレーションを与えたりするのよ」

「まあ、確かにそうかもしれないけど…」隼人は納得しかけながらも、まだどこか引っかかっている様子だった。

そんな隼人の様子を見て、サフウはふと何かを思いついたように顔を上げた。「そうだ!じゃあさ、今度の週末、ちょっと一緒に出かけない?どうせなら、少しロマンチックなことに付き合ってもらうわ」

「は?出かけるって…何をしようっていうんだ?」

「デートよ。まぁ、正確には調査も兼ねてだけど。九尾の狐が見られるような場所って、興味ない?どうせなら一緒に、ロマンと現実の狭間を探してみようじゃない!」

「おいおい、デートって…そんな冗談だろ?」隼人は少し焦ったように言った。

「冗談じゃないわよ。ほら、あんたもたまには現実的なことばかりじゃなくて、ちょっとロマンに振り回されてみなさいってことよ!」サフウは満面の笑みを浮かべ、隼人の反応を楽しんでいるようだった。

隼人はしばらくの間、何も言えずにサフウを見つめていたが、やがてため息をついて「仕方ないな…お前がそこまで言うなら、付き合ってやるか」と、しぶしぶながらも承諾した。

「よし、決まりね!じゃあ週末は、狐の尻尾を探しに行くわよ!」

「いや、尻尾って…それこそ幻想じゃないか?」

「どうかしらね?もしかしたら、本当に見つかるかもよ?」サフウは意味深に微笑んで言った。

週末のデートという言葉を軽々しく口にしたサフウだったが、隼人と歩くその道中、彼女の胸には微妙な緊張感が広がっていた。二人の歩幅はぴったりと揃い、通り過ぎる人々の喧騒や風の音が、彼らの間の沈黙をかすかにかき消している。

隼人は、少し戸惑ったようにサフウを横目で見つめていたが、その顔にはいつもと変わらない冷静さが漂っている。サフウは、その視線を意識しないように努めながら、内心で自分自身にツッコミを入れていた。

「デートだなんて、私、何を言ってるんだろう…」と心の中で思い返すと、自然と顔が熱くなっていく。

隼人が何も言わずに歩く姿を見て、サフウはますます気恥ずかしくなってしまった。普段、強気な言葉や自信満々な態度で通している彼女だが、いざこうして二人きりになると、自分がどれだけ無防備になっているかを痛感する。

「低気圧の私が、こんなことを言い出すなんて…」とサフウは小さくため息をつき、少しだけ隼人との距離を取るように体を傾けた。

しかし、それでも隼人は、彼女のそばに変わらず歩いている。少し前までは、ただの部活動の仲間だったはずの隼人とのこの距離感が、妙に居心地悪く感じてしまうのが、今のサフウにはもどかしかった。

「私って、こんなに弱かったっけ?」と、自分自身に問いかける。

サフウは、普段は誰にも弱みを見せないようにしている。気象部の部長として、みんなを引っ張っていく責任感やプライドもある。だけど、隼人の前では、なんだかそれが崩れてしまうのだ。

「隼人って、意外とこういうとき、無意識に優しいんだよね…。何も言わないけど、ちゃんと私に合わせてくれるし…。デートなんて口にしたの、冗談だったはずなのに…本当にそうなっちゃうなんて、私、どうかしてるわ」

サフウは、ふと自分の心がどこかで隼人に期待していることを感じ取り、ますます自分の行動が恥ずかしく思えてきた。隼人はきっと、自分がただ冗談で言ったと思っているのだろう。彼の冷静さが、逆にサフウの心を揺さぶる。

「これじゃ、まるで私が…本気でデートしたいみたいじゃない…」

自分の思考に気づいた瞬間、サフウの顔はさらに赤くなり、自然と視線を地面に向けた。しかし、隼人はそんな彼女の変化に気づかない様子で、ただ静かに歩き続けている。

サフウは、もう一度小さく息を吐き出し、心の中で自分を落ち着かせようとした。「ダメダメ、こんなの私じゃない。もっと普通に、いつも通りにいなきゃ」

しかし、そんな彼女の心の中とは裏腹に、二人の距離は徐々に縮まっていく。

隼人がふと歩みを止め、無言で空を見上げた。澄んだ青空が広がっているが、遠くにぽつりぽつりと浮かぶ雲がまた少しずつ空を覆い始めていた。

「また通り雨が来るかもな…」と隼人が静かに言う。

その言葉に、サフウは彼を見上げた。無言でいても、彼はどこか優しく、どこか頼りがいがある。その姿に、サフウは再び胸が高鳴るのを感じた。

「隼人…」と、自然と名前が口から漏れた。

隼人は振り返り、少し不思議そうにサフウを見つめたが、特に何も言わずに再び歩き出す。

サフウは、その背中を追いかけながら、心の中で思った。「こんな風に一緒に歩くのも、悪くないかもね…」

こうして、二人の間に流れる静かな時間は、少しずつサフウの心の中にある迷いを溶かしていくようだった。
隼人は、微妙な空気に耐えられず、口を開いた。

「いやいや、なんかおかしくないか、これ?あんたがデートだなんて言い出すから、どういうノリでいけばいいのかわからなくなってるんだよ!」

サフウの横顔をチラリと見ながら、隼人は軽くため息をついた。そして、まるで自分を奮い立たせるかのように、普段の調子を取り戻そうとした。

「俺たちがデートって…おかしいだろ?だいたい、なんで俺がこんなドキドキしなきゃいけないんだよ。これ、完全にサフウのペースじゃんか。俺にロマンチックさなんてないってのにさ!」

隼人は、どこか自嘲気味に笑いながら、さらに言葉を続ける。「なんでだよ…なんで俺がこんな風に振り回されてるんだ?普通、こういうのってもっと落ち着いた空気だろ?俺にロマンを求めるとか、ちょっと無理があるんじゃないのか?」

サフウは、隼人の急な煽りに一瞬驚いたが、そのままクスクスと笑った。「ふふ、カズマみたいなこと言ってるわね。でも、あんたも本当はこういう雰囲気、悪くないと思ってるんじゃない?」

「は?そんなことないって!全然!むしろ、居心地が悪くて耐えられないんだよ!」隼人は勢いよく返すが、内心では少しだけサフウの言葉に動揺していた。

「どうせ、あんたも楽しんでるんだろ?」隼人は腕を組み、少し拗ねたように言い返したが、どこかその口調には冗談めいた軽さが漂っていた。

サフウはそんな隼人の反応を見て、ますます面白がっているようだった。「あら、もしかして隼人、照れてるの?」

「照れてるわけないだろ!ただ、こういう状況が苦手なだけだって!」

「うふふ、そんなに顔を赤くして言われても説得力ないわよ、隼人」

隼人は、もうこれ以上この空気に耐えられないとばかりに、さらに深くため息をついた。「もういい、これ以上はやめてくれ!これ以上俺をいじると、本当に逃げ出すぞ!」

サフウは、そんな隼人の様子を楽しんでいるようで、彼女の笑い声が風に乗って響いていた。サフウは自信満々に隼人の腕を引っ張りながら、ふと立ち止まって振り返った。彼女の瞳はどこか輝いていて、楽しそうな笑顔が広がっている。

「ロマンでしょ?どうせ一度の天気の通り雨で、神秘の九尾の狐を追いかけるなんて、こんな機会、滅多にないわよ!」と、まるで夢物語に飛び込むかのように言い放つ。

隼人はその言葉に一瞬口を開けて、すぐに額に手を当ててため息をついた。「お前、マジかよ…。ただの通り雨だって言ってんだろ?狐だの、ロマンだの…そんな幻想に振り回されるのはお前くらいだよ。」

そう言いながらも、隼人はサフウのキラキラとした表情を見ると、心のどこかで彼女の話に引き込まれかけている自分がいることに気づいていた。

「でもさ…」隼人は少しばかり考え込んでから、肩をすくめて続けた。「まあ、九尾の狐なんてのが本当にいるってんなら、一回くらい追いかけてみるのも悪くないかもな。でも、次はしっかり奢ってもらうからな!」

冗談めかしてそう言いながらも、隼人の顔にはどこか楽しげな表情が浮かんでいた。それを見たサフウは満足そうににっこりと微笑み、「いいわよ、隼人。どうせなら、全力で追いかけましょう!その通り雨がもたらす神秘を見つけるのよ!」と、勢いよく隼人を引っ張って歩き出した。

隼人は呆れつつも、「はあ、振り回されるのもいつものことだしな…。しょうがない、行くか!」と笑いながら、彼女の後を追いかけて歩き続けた。
隼人とサフウが商店街を歩くと、活気ある人々の声や美味しそうな食べ物の香りが漂ってきた。夕方の光が柔らかく街を包み、どこかほんのりとした温かさを感じさせる。

「ここに狐の足跡が残っているって噂、知ってる?」サフウが突然言い出し、ニヤリと笑った。

隼人は困惑した表情で彼女を見た。「またその話か?どうせただの観光客を引きつけるための嘘だろ。俺たち、調査に来たんだよな?なんか本気で九尾の狐を追いかけるデートみたいに見えるんだけど?」

「ロマンでしょ?どうせ一度の通り雨で神秘の九尾の狐を追いかけるんだから、楽しんだほうがいいのよ」とサフウが返し、さらに歩を進める。

隼人はため息をつきながらも、「お前、本当に信じてるのか?狐が現れるなんて話、何百年も前の伝説だろ。現実的に考えれば、ただの気象現象だろうし、何も起こらないって」と言いながら、彼女に少しだけ近づいた。

サフウは肩をすくめながら、「まあ、信じるかどうかは別として、少しは楽しんでみないとね。調査だって、ただのデータ収集じゃなくて、こういう雰囲気も大事だと思わない?」と笑顔を見せた。

商店街の色とりどりの看板が次々と目に入る。屋台ではたこ焼きや焼きそばが焼かれており、祭りのようなにぎやかさを感じさせる。その中を二人で歩く姿は、他の誰かが見ればデートそのものだ。

「デート兼調査なんて、普通の人が聞いたら変だって思うだろうな」と、隼人は小声で呟いた。

「でも楽しいでしょ?」サフウはくすっと笑い、隼人の腕に少しだけ触れるようにして歩く。隼人は一瞬、その触感に驚いたが、すぐに何もなかったように振る舞い、彼女に付き合って商店街を進んだ。

少し歩くと、商店街の端には静かな神社が現れた。木々に囲まれた鳥居が風に揺れ、どこか厳かな雰囲気を漂わせている。二人はその神社の石段をゆっくりと登っていく。

「ここが九尾の狐の伝説の舞台の一つらしいわ。昔、この神社に狐が姿を現したっていう話があるの」と、サフウは真剣な表情で説明を始めた。

「いやいや、そんな話、何度も聞いたことあるけど、実際に見たって人は誰もいないだろ」と隼人は冷静に突っ込む。

「それでも、何かあるかもしれないじゃない。少なくとも、ここまで来たんだし、もう少し調べてみましょうよ」とサフウは前を向いて歩き続ける。彼女の背中はどこか楽しそうで、隼人もそれに引き込まれるようにして後を追った。

神社の境内には、夕方の薄暗い光が差し込んでおり、静けさの中に風の音が優しく響いていた。周囲を見渡すと、苔むした石灯篭や古びた社が、時間の経過を感じさせる。

「ここに狐がいたなんて、本当に信じるのか?」隼人は少し疑わしげに言いながらも、どこか落ち着いた表情で辺りを見回した。

サフウは軽く笑いながら、「信じるかどうかは、これからの調査次第よ。現実的に考えれば、ただの伝説かもしれないけど、こうやって探している間に、何か見つかるかもしれないじゃない?」

「でもさ…昔のことなんて、覚えてないよね…」隼人がふと、真面目なトーンで呟いた。

「何だって?」サフウは少し戸惑った様子で彼を見つめた。

「いや、別に…。ただ、昔のことなんて、誰も本当に覚えてないだろうし、結局は誰かの作った話に過ぎないんじゃないかって思っただけさ。」隼人は遠くを見ながら、どこか感傷的な表情を浮かべた。

サフウは少し考え込みながらも、笑顔を取り戻し、「でも、それでも良いじゃない?忘れ去られた昔のことだとしても、今こうして私たちがそれを追いかけてる。それがロマンってものよ」と優しく言った。

「ロマンね…現実主義の俺には、ちょっと遠い世界だな」と隼人は軽く笑いながら言った。

「隼人も、少しはロマンチックになってみなさいよ!どうせ九尾の狐なんていないと思ってるんでしょ?」サフウは冗談っぽく言いながら、彼に少しだけ寄り添った。

「まあ、いないとは思ってるけど、せっかくここまで来たんだし、付き合ってやるさ」と隼人は肩をすくめた。

こうして二人は、静かな神社の境内を歩きながら、調査という名のデートを楽しんでいた。


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