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いざ、真剣勝負の世界へ

ライオーがこんな生活をしてる訳

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 ジーゴはライオーの屋敷に一緒に案内されたミイワと共に、ライオーの内弟子となった。
 しかし不思議なことはまだあった。

「プロ引退してから、俺らみたいな住む所がない子供を引き取ったんだろ? どうやって飯食わせてたの? また博打うちに戻ったの?」

「いくら収入が減ったとはいえ、贅沢な生活とは無縁だったから貯金はあった。質素な生活をしながらも、その子にだけはひもじい思いはさせないようにしてきた。そうして二人ほど育ててプロになったのは予定通りだったが、どちらもそれぞれプロになった年に大賞戦の本選出場を決めたのは……ワシは偶然とか奇跡とか思ってたんじゃがな」

 プロデビューして間もなく、並ではない強さを誇るプロがひしめく本選へ勝ち進む。
 それがどれだけ難しいことか、ジーゴにもミイワにも理解できた。

「で、でも本選に入ってからは流石に……」

「うむ、六人一組のリーグ戦。これが二組。リーグ内二位までがリーグ間トーナメントに出場。最初の弟子は三勝二敗で三位。二人目の弟子は一勝四敗で五位じゃったな」

 それでも白星を挙げている。
 高段の者と十分渡り合っている。いや、もし全敗だったとしても、そこまでたどり着くこと自体難しいはずである。

「二人とも感想を聞かれたらしい。ワシはその時のことは見ても聞いてもおらんのじゃが、ワシの名前を出したらしい。引退したプロに指導してもらって、そのおかげでプロになれた、とな」

 育てた弟子がプロ入りを果たした。
 それで自分の役割は終わった。あとは自分の夢を弟子に託すだけ。
 しかし自分の夢を弟子に押し付けることでもある。
 そう思ったライオーは、弟子たちのその後の活躍には目もくれず、途絶えた収入をどうするか頭を悩ませるだけの毎日を過ごすこととなる。

「ワシの家を訪ねる者達がなぜか増えた。用件は皆同じ。碁を教えてくれ、とな。何が起きているのかさっぱり分からんかった。ふらりと一般枠から参加した大会で、参加者の中で身寄りのない子供らが数多くいる。目を惹く強さを持つ子供に気まぐれで声をかけて、そっちが気が向いたときにのみ教えてきただけの事だったからな」

 それが、ライオーとは縁のない、家柄がしっかりとした子供が親と一緒にやってくる。
 いや、押しかけてくる。そんな日々が続いた。

「その感想でライオーさんの名前が出た、という話を……」

「そ。そこで初めて知ったんじゃ。ワシの名前が出たということをな」

 しかしその話は、ライオーへの感謝の気持ちを語ったのではなく、自分の生い立ちを語る途中で出てきた話。
 つまり、一族から追い出されるような落ちこぼれがプロになり、その年にそこまで勝ち進むことが出来る力を育て、鍛えた人物という解釈をする者が続出したらしい。

「そんなみすぼらしい者がそこまで力を伸ばすことが出来るなら、わが子ならもっと伸びるに違いない。そう思い込む者も増えたんじゃな」

 その時のことを思い出し、やや渋い顔を見せるライオー。
 素質や教えた内容の解釈の度合いによっても成長度は違う。
 親御達は、それでもいいから、せめてプロになれるよう鍛えてくれと頭を下げる。

「随分無茶なことを頼まれた。プロになれるチャンスは年に一度。最大二人。合格者なしの年もある。どれくらいの力量があるかも分からん子供を、そんな狭き門に入れろと言うんだから」

 ジーゴは少し胸が痛む。
 プロになりたいのではなく、未練を残さない対局をして過去を捨てたい。ただそれだけの事だった。
 そのためにはプロになることが必要であるならばプロになりたいというだけのこと。

「で、どうなったんだよ、爺さん!」

 ミイワがその話の先を急かす。
 昔話を聞かせる様に、また顔をほころばせ話を続ける。

「強くすることは出来る。だがプロにすることは出来ない。なりたいかどうかは本人次第。教える側には責任は一切ない。それが気に入らなければお引き取り願う、とな」

「へぇ。爺さん、かっこいいな!」

 ミイワの笑顔の時間と回数が多くなる。
 そんな子供達よりもはるかに力が上回った、大賞戦本選に進出した先輩達に、おそらく未来の自分の姿を重ねたのだろう。

「プロになれなければなれないでいいから育ててくれ、と乞われた。こっちは諦めてほしいから、この子の力を伸ばすための費用も必要だと授業料をふっかけたのさ」

「……それ、誤解されるんじゃねぇの? プロに入れさせるための資金になるって」

 気を取り直したジーゴはライオーに問いかける。
 もし親御がそう解釈したのなら、ライオーの立場が変わらなくても悪くなっても、風当たりは強くなるだけである。

「もちろん念押しした。と言うか否定した。この子をプロに入れるつもりはない、とな」

 二人にはその言葉は理解できなかった。
 力を伸ばし育てるのが目的で教えるのに、プロに入れないとはどういうこととか。

「プロになりたい、プロに行きたい、そんな思いを邪魔はしないということよ。入りやすくするための方法は教える。行きたければ勝手に行け。手続きだけはしてやる。後は知らんとな」

 入りやすくするための方法。つまり鍛えるということである。ただしその目的は力を伸ばすだけでプロ就任を目標とすることではない。
 その願いを断りながら、その道を進みやすくする。
 誤解を受けやすい依頼を、はっきりと出来ない可能性を示しながら引き受けるには、おそらくそのような物言いしかないだろう。

「そんな子供らが増えていった。ワシの生活も困っていたが、強くなれる、プロ行きは間違いないという子供らを誘って、それを願う子らを育てるにもお金がかかる」

「そのための収入が教室ってことか」

「そういうこと。ワシの屋敷、外から見てどうだ?」

「豪邸、だよな」

「お城みたいっ!」

 ミイワがおとぎ話の世界の中のようなことを言うが、むしろミイワの表現が正しいようにも聞こえる建物である。

「……プロ行きの見込みがある子らには、その狭き門をくぐっていってほしい。そのために必要な物は何だと思う?」

「生活だろ? 生活する場所」

「もちろんそれも大事じゃが、それよりも大切なものはな……」

 ライオーは少しの間を空けて溜める。

「健康、じゃよ。これなくしては対局もままならなくなる」

 健康維持に必要な物は、体の調子の維持。その意地をしやすい環境が必要になってくる。

「その環境を整えるためにどうしたらいいか。住む場所の内部が考えていった結果、外側がミイワが言うお城のような形になったということじゃな」

 ジーゴは考え込む。
 ある意味ひどい話ではないだろうか?
 勿論人のことを気にしている立場ではない。
 それは分かってはいるが、自分よりも素質がある者が現れた時、自分はどう扱われるのだろうか。

「育て方はまちまちじゃ。育てられる者達にも事情はある。大体費用を吹っ掛けられてそこで身を引くのが普通じゃ。生き方なんてたくさんあるんじゃからな。それに自分の家があるなら自分の家で寝りゃいいだけのこと。このお城のような建物に空いてる部屋があるから、帰る家がない者にその部屋を貸してるだけじゃ」

「ってことはいつかは返さなきゃならないってことだよな? 返す方法なんか分かんねぇよ」

「プロになって稼げば済むことじゃろ?」

「でも出来なきゃ……」

「出来るさ。教室に通う者達はどうかは知らんが、ここに住んで実力を伸ばす努力をずっと続けられる者はなれる。なぁに、なれないかもしれないと思ったら、仕事を見つけるまでここにいりゃいい。追い出されてからゆっくりした気持ちでいられたことはなかったろ? 焦らんでいい。気楽に毎日を過ごしながら、真剣に碁の力をのばしていきゃいいさ」

 ライオーのその言葉で、ジーゴは体中に入った余計な力をようやく抜くことが出来た。
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