美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

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巨塊討伐編 第五章:巨塊の終焉

店主のこの先 1

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「社長、さっきから肘とか肩とかぐるぐる回してどうしたんです? 調子悪いんですか?」

「まぁ……何かこう……まあ体調が変ってことは確かだ。インフルエンザとか、人に移す病気の類ではないな、うん」

 午後になってからの店主の仕事は、『天美法具店』の宝石加工の作業場での宝石の加工。宝石加工職人の若手である炭谷の仕事を見守りながら、自身も別件の作業を始める。
 しかし体の調子がおかしい。具合が悪いということではない。
 いつもの体の調子ではないということだけ。思ったより力が入ったり、いつもならできない早いペースで細かい研磨の作業が出来たりと、普段の自分に出来ないことが出来るようになっている。
 炭谷からの心配に、そこまで過剰に健康管理に気を配る必要はないという意味で店長は答えたつもりだったが、彼にはその意味が伝わっていない。

「病院に行った方がいいんじゃないですか? 人事も粗方決まったことですし……」

 『天美法具店』の社長の立場から一線を引くことを従業員達の前で公言し、事前に知っている者達以外の全員が驚いたミーティングから約一か月たとうとしている。
 社長の継続を願ったり引き留める意見しか出てこなかったその後の意見交換会。店主の家系で引き継ぐ者がおらず、かといって店を畳めば従業員達が路頭に迷うことになる。
 経営方針を店主の店から従業員達の店に転換することで、店の存続の展望が現状より明るいということで全員がやむを得ず店主の意見を飲んだ。
 それでも店主の社長継続の意見は燻るが、店主の思いは変わらないまま日にちが過ぎていく中で、店主の意見を誰もが前向きにとらえるようになった。

「でも社長、今からでも縁あって誰かと結婚するとか、そんなことがあったら家族養わなきゃいけなくなりますよね? いや、引き留めるんじゃなくて、実際先立つ物がなきゃ生活していけない世の中じゃないですか」

 炭谷の、現実を見据えたような若手らしからぬ言葉に店主は苦笑い。

「まず有り得んな。貯金はあるから誰かを養うなんてことに差し支えはない。相手を探す必要を感じないし、第一他人と一緒に生活するってのが面倒だ。せいぜい遊び友達くらい……いや、飲み友達か? だが趣味が合いそうな奴はいないだろ」

「そういえばあの金髪の女性とはどうなったんです? 見なくなってからかなり経ちますよね? 確かあのとき社長から、ちょっとした縁から仕事が増えるかもしれないって話してた記憶がありますが?」

 こいつはそうだった、と軽く頭を抑える店主。
 コスプレ趣味が高じて宝石加工職人として店主の弟子入りをした異色の従業員。目立つ姿の来客は、その経緯などまでもいつまでも覚えていられる記憶の持ち主。

「ないよ。あの人とはあれっきり。仕事でもプライベートでも会うことはなかったな」

 嘘をついた。
 平気で嘘をつけた。
 あの小男が向こうの世界の店でほざいたことは誰からも撤回されていない。
 ゆえにこちらから行く気は起きないし、材料選び放題仕事し放題の環境のことも諦めた。今までが恵まれ過ぎたのだ。
 やりたいことをやらせてもらった。やれるはずのない自分好みの材料での道具作りを堪能させてもらった。それでもう充分である。
 悠々自適な人生に入るには年は若すぎるかもしれない。だがやりたいことがあり、それが仕事と兼ねることが出来ても周りから制約されることが多いなら、今の役職から身を引く選択をし、自分のやりたい作業に集中できる環境を作るのも悪くはない。
 作業場のドアをノックする音が聞こえ、続けて九条の声が聞こえる。

「社長、いらっしゃいますか? 入ります」

 その口調は不注意をしでかした若手に厳しく注意するときのものと似ていた。
 ドアを開けて作業場に入ってくる九条の顔は、その口調に見合った表情。
 彼女が誰かに注意する時は、立場の上下や年齢や職歴の長短は問題にしない。
 同僚たちから敬遠されがちになる理由はそこにあり、上司にあたる者達からの信頼を得る理由でもある。

「社長にお客様で……えっ!」

 その九条を後ろから押しのけて作業場に入って来る者がいた。
 炭谷がさっき言っていた、金髪の女性であった。
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