136 / 290
巨塊討伐編 第五章:巨塊の終焉
交わりたくない相手と密会 8
しおりを挟む
「……まさか……甚大な被害を与えた巨塊に謝意を示せと?」
イヨンダは店主の真意を問いただす。
しかし彼の問いに店主は首をかしげるだけで答えない。
「テンシュ……どういうこと……?」
「俺が聞きかじった話を元にして、筋が通るように考えた結論の一つだよ。俺の好き勝手な想像だから別に文句言われる筋合いじゃねぇな。怨み辛みの反対が感謝ならその気持ちを捧げる。討伐達成にはならねぇだろうが、隣村の連中がこれまでの生活を取り戻すにはそれで十分じゃねぇの?」
「どのみち村民は被災者だ。彼らへの救済などは」
イヨンダの言葉に、ハンと店主は鼻で笑う。
寝言は寝て言え。
店主はそう言った後に話しを続ける。
「救済? 救済が必要なのは村人じゃねえよ。国家権力から住処と生きがいを取り上げられて、その村人たちからも迫害受けて、そんな目に合う心当たりが全くなかった魔導師さんじゃねぇのか? だから自分の持ってる力で何とかしようとした。ただそれだけだぜ? 被害の余波がでかくなったのは、それを無理矢理抑え込もうとしたからなんじゃねぇの?」
しかし、とイヨンダは言い返そうとするが、ウルヴェスがそれを制する。
「……ワシらでは思いつきさえしなかった話じゃ。テンシュ殿から話を聞けて良かったと思うとる。じゃが村人達は納得出来るかの?」
ウルヴェスの問いに、店主は顔をゆがめながら口をあんぐりと開けている。しかしその目はウルブェスに問いかけている。
自分の質問の内容を、自分で理解しているのかと。
「……それも俺にしろと? ここだけの話じゃなかったのかよ? つーか、村の連中にそこんとこ言い聞かせなきゃなんねえのは俺の役目じゃねえ。そっちがすることだろうよ。それに立場を忘れりゃ肝心なことまで抜けてやがる。村人たちってのは、小さい子供に言い聞かすような事言わなきゃわからん連中だったのか? 悪い事したらごめんなさいしなさいってな感じでよ」
店長の世界と彼らの世界で、善悪の基準は違うところがあるかもしれない。
しかし善行は周りの人たちからも、周りの人たちにも推奨されることは多く、悪行は止めてもらいたいと思われることの方が多く、眉をしかめられることが多いのはどちらも同じだろう。
ならば悪いことをしたら謝罪する。罪を負ったら罰を受ける。
その実践は必須のはずである。
「村人をはじめ、多くの人たちに被害を与えた巨塊に向かって感謝するっつってたな。バカ言ってんじゃねぇよ。巨魁になってしまうまで魔導師を追い詰めた国と現地の者達がまず罪を被るべきなんじゃねぇの? 皇太子の暴走を止められなかった国の……政府って言葉が当てはまるかどうかは知らねぇが、そんな政治を許した周囲の者達と魔導師を迫害した者達の罪をはっきりと自覚すべきだ。でねぇとこの世界は地獄見んぞ」
「テ、テンシュ! げ、猊下を脅すつもり?」
その刹那店主と距離を置いたセレナの右手が腰の左側を抑える。
その動きはまるで、腰に帯刀している刀剣を構えようとする動き。脅しに抵抗する行動にも見える。
「落ち着けよ。脅しじゃねぇよ。……考えて見ろよ。今の皇太子サマの心境をよ」
「皇太子の……心境じゃと?」
いきなり話題を変えられたような気がしたのか、ウルヴェスはきょとんとしている。
店主のニヤリと笑った顔は、その顔を待ってたという感情かそれとも国や村人への皮肉の笑みか。
「俺のやってることは正しいっつって魔導師を追い出したんだろ? で、その結果魔導師は魔物を呼び出した。暴君がそいつを討てば正義の味方に早変わり。ところが正義どころか討伐失敗。それだけじゃねぇ。逆恨みした魔導師の思いと同体になったってわけだ。離れようったって離れられねぇ。だが魔導師からすりゃ逆恨みじゃねぇ。正当な理由を持って恨みを晴らそうとし、その相手が一番近くに寄って来てくれたってことだよ。皇太子が自分の悪行に気付いて謝りゃ少しは事態は小さくなるだろうが、悪いことをしたと気付いてねぇんだろうなぁ」
悪いことをしたことに気付いてないのは皇太子ばかりではない。
魔導師にとっては間接的にその側近をはじめとする王族の者達、そして迫害した村の者達もそう。
平穏な毎日を過ごしたいのにいつ何が起こるか分からない事態になりつつある。
心が落ち着かせることが出来ない生活は苦しい辛い思いの連続であろう。
「そんな心境は、まるで地獄にいるも同然じゃねぇのかってことだよ。最後まで言わせんな」
「そんな自分らの思い込みにしがみつかず、魔導師のこれまでのいろんな恩恵に感謝する。その目的に報われないかもしれない行事をこれから取り仕切れ、と。そして我々のこれまでの魔導師に対する愚かな行為を悔い改め罪を認め罰を受け続ける、ということか」
ウルヴェスの言葉の一部である『罰を受ける』とはすなわち、心の底から感謝の意を表すこと。
被害者が加害者へ謝意を伝える事態は起きるはずがない。しかし村人達にとってはそんな認識だろう。
謝意を伝えるフリではなく、感謝の意を本心で表さなければ意味がない。なぜならその行為自体に不満を持てばその思いが巨塊が成長する養分となるのである。店主の言う通りまさしく行くも地獄、引くも地獄。
「言っとくが、ここだけの話と言う前提で俺の考えを述べただけだ。だから俺に何の責任もない。ただ口に出しただけで、あんたに提案したわけじゃないからな」
もう話すネタはない。俺にこの世界でやれることはない。
そんな感じで店主はおもむろに立ち上がり、尻についた埃を払う。
「言っておくがジジィ、いくら力を持ってるっつってもこっちの世界に来るんじゃねぇぞ。世界間で戦争起きて、それこそ地獄に変わっちまうからな。じゃ、お休み」
店主のその言葉に引き留める者はおらず、誰にも知られることのない法王との会話はこうして終わった。
イヨンダは店主の真意を問いただす。
しかし彼の問いに店主は首をかしげるだけで答えない。
「テンシュ……どういうこと……?」
「俺が聞きかじった話を元にして、筋が通るように考えた結論の一つだよ。俺の好き勝手な想像だから別に文句言われる筋合いじゃねぇな。怨み辛みの反対が感謝ならその気持ちを捧げる。討伐達成にはならねぇだろうが、隣村の連中がこれまでの生活を取り戻すにはそれで十分じゃねぇの?」
「どのみち村民は被災者だ。彼らへの救済などは」
イヨンダの言葉に、ハンと店主は鼻で笑う。
寝言は寝て言え。
店主はそう言った後に話しを続ける。
「救済? 救済が必要なのは村人じゃねえよ。国家権力から住処と生きがいを取り上げられて、その村人たちからも迫害受けて、そんな目に合う心当たりが全くなかった魔導師さんじゃねぇのか? だから自分の持ってる力で何とかしようとした。ただそれだけだぜ? 被害の余波がでかくなったのは、それを無理矢理抑え込もうとしたからなんじゃねぇの?」
しかし、とイヨンダは言い返そうとするが、ウルヴェスがそれを制する。
「……ワシらでは思いつきさえしなかった話じゃ。テンシュ殿から話を聞けて良かったと思うとる。じゃが村人達は納得出来るかの?」
ウルヴェスの問いに、店主は顔をゆがめながら口をあんぐりと開けている。しかしその目はウルブェスに問いかけている。
自分の質問の内容を、自分で理解しているのかと。
「……それも俺にしろと? ここだけの話じゃなかったのかよ? つーか、村の連中にそこんとこ言い聞かせなきゃなんねえのは俺の役目じゃねえ。そっちがすることだろうよ。それに立場を忘れりゃ肝心なことまで抜けてやがる。村人たちってのは、小さい子供に言い聞かすような事言わなきゃわからん連中だったのか? 悪い事したらごめんなさいしなさいってな感じでよ」
店長の世界と彼らの世界で、善悪の基準は違うところがあるかもしれない。
しかし善行は周りの人たちからも、周りの人たちにも推奨されることは多く、悪行は止めてもらいたいと思われることの方が多く、眉をしかめられることが多いのはどちらも同じだろう。
ならば悪いことをしたら謝罪する。罪を負ったら罰を受ける。
その実践は必須のはずである。
「村人をはじめ、多くの人たちに被害を与えた巨塊に向かって感謝するっつってたな。バカ言ってんじゃねぇよ。巨魁になってしまうまで魔導師を追い詰めた国と現地の者達がまず罪を被るべきなんじゃねぇの? 皇太子の暴走を止められなかった国の……政府って言葉が当てはまるかどうかは知らねぇが、そんな政治を許した周囲の者達と魔導師を迫害した者達の罪をはっきりと自覚すべきだ。でねぇとこの世界は地獄見んぞ」
「テ、テンシュ! げ、猊下を脅すつもり?」
その刹那店主と距離を置いたセレナの右手が腰の左側を抑える。
その動きはまるで、腰に帯刀している刀剣を構えようとする動き。脅しに抵抗する行動にも見える。
「落ち着けよ。脅しじゃねぇよ。……考えて見ろよ。今の皇太子サマの心境をよ」
「皇太子の……心境じゃと?」
いきなり話題を変えられたような気がしたのか、ウルヴェスはきょとんとしている。
店主のニヤリと笑った顔は、その顔を待ってたという感情かそれとも国や村人への皮肉の笑みか。
「俺のやってることは正しいっつって魔導師を追い出したんだろ? で、その結果魔導師は魔物を呼び出した。暴君がそいつを討てば正義の味方に早変わり。ところが正義どころか討伐失敗。それだけじゃねぇ。逆恨みした魔導師の思いと同体になったってわけだ。離れようったって離れられねぇ。だが魔導師からすりゃ逆恨みじゃねぇ。正当な理由を持って恨みを晴らそうとし、その相手が一番近くに寄って来てくれたってことだよ。皇太子が自分の悪行に気付いて謝りゃ少しは事態は小さくなるだろうが、悪いことをしたと気付いてねぇんだろうなぁ」
悪いことをしたことに気付いてないのは皇太子ばかりではない。
魔導師にとっては間接的にその側近をはじめとする王族の者達、そして迫害した村の者達もそう。
平穏な毎日を過ごしたいのにいつ何が起こるか分からない事態になりつつある。
心が落ち着かせることが出来ない生活は苦しい辛い思いの連続であろう。
「そんな心境は、まるで地獄にいるも同然じゃねぇのかってことだよ。最後まで言わせんな」
「そんな自分らの思い込みにしがみつかず、魔導師のこれまでのいろんな恩恵に感謝する。その目的に報われないかもしれない行事をこれから取り仕切れ、と。そして我々のこれまでの魔導師に対する愚かな行為を悔い改め罪を認め罰を受け続ける、ということか」
ウルヴェスの言葉の一部である『罰を受ける』とはすなわち、心の底から感謝の意を表すこと。
被害者が加害者へ謝意を伝える事態は起きるはずがない。しかし村人達にとってはそんな認識だろう。
謝意を伝えるフリではなく、感謝の意を本心で表さなければ意味がない。なぜならその行為自体に不満を持てばその思いが巨塊が成長する養分となるのである。店主の言う通りまさしく行くも地獄、引くも地獄。
「言っとくが、ここだけの話と言う前提で俺の考えを述べただけだ。だから俺に何の責任もない。ただ口に出しただけで、あんたに提案したわけじゃないからな」
もう話すネタはない。俺にこの世界でやれることはない。
そんな感じで店主はおもむろに立ち上がり、尻についた埃を払う。
「言っておくがジジィ、いくら力を持ってるっつってもこっちの世界に来るんじゃねぇぞ。世界間で戦争起きて、それこそ地獄に変わっちまうからな。じゃ、お休み」
店主のその言葉に引き留める者はおらず、誰にも知られることのない法王との会話はこうして終わった。
0
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる