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巨塊討伐編 第二章:異世界と縁を切りたい店主が、異世界に絡み始める
幕間 三:セレナの回想 1
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翌朝の『法具店アマミ』は、てんてこ舞いだった。
気持ちが落ち着いたとは言え、セレナは『ホットライン』と、昨日のもう一つの騒動の原因であるスウォードがリーダーを務めている冒険者チーム『クロムハード』の二チームに、開店前からお茶の用意をしなければならなかった。
となると、しなければならないことはお茶の葉っぱやお湯の用意ばかりではない。
セレナの住まいの二階のテーブルの位置などを変えなければ、十二人も入らないのである。
一階の店舗にはもっと多く入れるが、開店準備の邪魔になる。
「ご、ごめんね、セレナ。朝っぱらから押しかけて。で、でもほら、気持ちも紛れ……あ……」
リメリアが慌てて口を抑える。
小さい頃からの遊び相手になってもらい、幼心に憧れの思いを持ち、冒険者の先輩としても尊敬するかけがえのない存在の最期を見届けて、ようやく一日経ったばかり。
そのセレナの悲しみは如何ばかりか。
余計なことを口にして癒えることのない悲しみを呼び起こさせたかと、自分を叱責するリメリア。
「気を使わなくていいよ。もう、大丈夫だから」
そう笑うセレナの顔に、少し疲れたような表情が混ざる。
そんなことを言われても、その顔では説得力がない。
リメリアはセレナを心配そうに窺うが
「流石に開店前の時間にこの人数が一度に来たら目が回っちゃいそうになるけどね」
彼女が責任者というわけではないが、セレナにそう言われたら頭を下げるしかない。
しかし、ただ一点だけ聞きたかった。
あなたの目が赤いのは、それが原因ではないしょう?
彼女の今朝の時間を一気に忙しくした彼らの中で、この日の彼女の目をまともに見た者は、この時のリメリアが最初だった。
▽ ▽ ▽ ▽
前日、店主が帰った後に静まり返る『法具店アマミ』。
セレナの頭の中で、心の中で店主の言葉が繰り返される。
『後悔する思いが生まれるまで思い出に浸れ』
言われるがままに思い出を振り返る。
いつも見せる健康的な笑顔。冒険者の目標となるようなバランスの取れた体格と能力。
誰からも慕われた人格。
それが見る影もなかった。
なぜそうなったのか。
何が彼をそのようにしたのか。
恐らくは巨塊が原因だろう。
そういう調査委員からの話を聞いた。
彼を返せ!
誰からも慕われ、誰をも差別せず、誰にも手を差し伸べたあの人を!
たかが本能だけで動く異様な生き物によって失われた、この国の、この世界のかけがえのない存在を!
そして、幼い頃からずっと追い続けた憧れの存在を!
彼女の思いはそれしかなかった。
そんな思いしか頭になかったあの夜。
彼が見つかった。
そんなニュースが入って来る。
救護の専門家たちに支えられ、彼女の前に現れたその人物は、セレナに会うことを切望したと言う。
同郷で同種族。しかも幼馴染が近くにいるとなれば、誰もが引き合わせたくなったのだろう。
見る影もなくやせ衰えたその姿。
しかし間違いなくあの憧れのお兄ちゃんであった。
セレナはその憧れのお兄ちゃんと、ようやく期限を定められることのない面会の時間を持つことが出来た。
途中まで送られた二人。
彼を支えながら店に帰ると、店主がいつものように仕事をしていた。
いつもと変わらない店主なのに、憧れのお兄ちゃんと一緒にいられる時間を持つことが出来た喜びと、うれしさと、悲しみでいっぱいだったセレナの心と頭の中に、普段通りの店主の姿が飛び込んできた。
混乱する彼女の思考。その中で彼女は店主に何か声をかけたはずだが、何も覚えていない。
店の中に入ってからはっきりと覚えているのは、二階のベッドに横たわる彼の姿。
そして、やがて静かに目を閉じた彼。
こんなはずではなかったのに。
こうなる人ではなかったはずなのに。
その思いはさらに高まる。
いつの間にか周りに人が集まっている。
何を口にしたのかも覚えてはいない。
ただ、悲しく、そしてはらわたが煮えくり返る思いは止められず、その思いを周りにぶつけること以外考えられなかった。
気持ちが落ち着いたとは言え、セレナは『ホットライン』と、昨日のもう一つの騒動の原因であるスウォードがリーダーを務めている冒険者チーム『クロムハード』の二チームに、開店前からお茶の用意をしなければならなかった。
となると、しなければならないことはお茶の葉っぱやお湯の用意ばかりではない。
セレナの住まいの二階のテーブルの位置などを変えなければ、十二人も入らないのである。
一階の店舗にはもっと多く入れるが、開店準備の邪魔になる。
「ご、ごめんね、セレナ。朝っぱらから押しかけて。で、でもほら、気持ちも紛れ……あ……」
リメリアが慌てて口を抑える。
小さい頃からの遊び相手になってもらい、幼心に憧れの思いを持ち、冒険者の先輩としても尊敬するかけがえのない存在の最期を見届けて、ようやく一日経ったばかり。
そのセレナの悲しみは如何ばかりか。
余計なことを口にして癒えることのない悲しみを呼び起こさせたかと、自分を叱責するリメリア。
「気を使わなくていいよ。もう、大丈夫だから」
そう笑うセレナの顔に、少し疲れたような表情が混ざる。
そんなことを言われても、その顔では説得力がない。
リメリアはセレナを心配そうに窺うが
「流石に開店前の時間にこの人数が一度に来たら目が回っちゃいそうになるけどね」
彼女が責任者というわけではないが、セレナにそう言われたら頭を下げるしかない。
しかし、ただ一点だけ聞きたかった。
あなたの目が赤いのは、それが原因ではないしょう?
彼女の今朝の時間を一気に忙しくした彼らの中で、この日の彼女の目をまともに見た者は、この時のリメリアが最初だった。
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前日、店主が帰った後に静まり返る『法具店アマミ』。
セレナの頭の中で、心の中で店主の言葉が繰り返される。
『後悔する思いが生まれるまで思い出に浸れ』
言われるがままに思い出を振り返る。
いつも見せる健康的な笑顔。冒険者の目標となるようなバランスの取れた体格と能力。
誰からも慕われた人格。
それが見る影もなかった。
なぜそうなったのか。
何が彼をそのようにしたのか。
恐らくは巨塊が原因だろう。
そういう調査委員からの話を聞いた。
彼を返せ!
誰からも慕われ、誰をも差別せず、誰にも手を差し伸べたあの人を!
たかが本能だけで動く異様な生き物によって失われた、この国の、この世界のかけがえのない存在を!
そして、幼い頃からずっと追い続けた憧れの存在を!
彼女の思いはそれしかなかった。
そんな思いしか頭になかったあの夜。
彼が見つかった。
そんなニュースが入って来る。
救護の専門家たちに支えられ、彼女の前に現れたその人物は、セレナに会うことを切望したと言う。
同郷で同種族。しかも幼馴染が近くにいるとなれば、誰もが引き合わせたくなったのだろう。
見る影もなくやせ衰えたその姿。
しかし間違いなくあの憧れのお兄ちゃんであった。
セレナはその憧れのお兄ちゃんと、ようやく期限を定められることのない面会の時間を持つことが出来た。
途中まで送られた二人。
彼を支えながら店に帰ると、店主がいつものように仕事をしていた。
いつもと変わらない店主なのに、憧れのお兄ちゃんと一緒にいられる時間を持つことが出来た喜びと、うれしさと、悲しみでいっぱいだったセレナの心と頭の中に、普段通りの店主の姿が飛び込んできた。
混乱する彼女の思考。その中で彼女は店主に何か声をかけたはずだが、何も覚えていない。
店の中に入ってからはっきりと覚えているのは、二階のベッドに横たわる彼の姿。
そして、やがて静かに目を閉じた彼。
こんなはずではなかったのに。
こうなる人ではなかったはずなのに。
その思いはさらに高まる。
いつの間にか周りに人が集まっている。
何を口にしたのかも覚えてはいない。
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