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巨塊討伐編 第一章:「天美法具店」店主、未知の世界と遭遇
幕間 二:店主が仕事以外の話をしてくるんだけど…… 4
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『天美法具店』のショーウィンドウの前に置かれている宝石の塊騒動の張本人、セレナが堂々とやって来た。そのことを従業員は誰も知らないのは不幸中の幸い。それどころか初対面である。しかも素顔もまだ晒していない。
自分と初対面という設定にするか、それとも昼休みの時に話題に出た、ぬいぐるみを贈る相手であることをこの場にいる従業員に知らせるか。
店主にとっては一か八かのロングショット。
「あー、九条さん。お昼の話題覚えてる?」
店主は意を決して、贈り相手であることを紹介する方を選んだ。
メガネの奥の目と眉をひそめる九条。悪い卦が出てしまったかと、店主は自分が選んだ選択肢を後悔した。しかし。
「社長……仕事中ですよ? 覚えてますが、何か?」
「この人、その相手なんだよ、実は」
「店主から動くのは好ましくはないですが、相手から来たのであれば仕方ありませんね。大道君、私がカウンターに回ります。売り場全部任せます」
チェリムの『察しがいい奴は嫌いじゃない』の気持ちを実感する店主。そして自分が選んだ方は間違いではなかったことにも安心する。
「そのまま帰宅は勘弁してくださいよ、社長」
「帰宅も何も、自宅は二階だ!」
「それともう一つ」
「どうした?」
「勤務時間が終わっても作業場に籠って仕事するからこうなるんでしょう? プライベートにまで口挟む気はありませんし、ここまで店が成長したのはその努力の賜物であることは認めますが、勤務中にプライベート持ち込むくらいになるほど、プライベートに仕事持ち込まないでください!」
部下にこんなこと言われる上司は世間に何人いるのだろうか。
「それと、もし買い物に行くなら、おもちゃ屋の方がいいですよ。家具だと似た物しか置いてません。当たれば大きいですが外れっぱなしのケースが考えられますのでね」
セレナのことは怪しまれずに済んだ。
薄氷を踏む思いの店主は、この難局を無事に切り抜けられることに胸を撫で下ろす。
店内にはセレナが魔法を仕掛けてある。
セレナとこの世界の人間の会話に不自由はない。だが店外に出たらどうなるかはわからない。
「ちとお前と買い物をしたい。その前に社長室……俺専用の事務室に行く。……ついてきた方がいいか。店員から探りを入れられるよりはマシだ」
別に後ろめたいことをしているわけじゃないが、アクロアイトの件がある。従業員と直接接点を持つことは避けるべきと判断した店主は、一緒に社長室に向かう。
「さて、俺との会話は成立するのか?」
部屋に入るなりセレナに話しかけるが。
「※△●~☆◇」
改めて、店内以外では会話が不可能と知る。ところがである。
「テンシュ、私の言葉、分かる?」
「……意味のねぇ芝居やめろや」
サングラスを外して店主を真っ直ぐ見る。しかしまだその目に力は宿っていない。落ち込んだままであることはすぐに分かった。
「この部屋にも、店の中にかけた魔法を別式でかけたの。この部屋の中でも、誰とでも会話できる……よ……」
「……俺は向こうの店外に出ると、同じように時間が流れるんだよな。お前はどうなんだ? 問題なけりゃお前とちと買い物に行こうと思うが……いや、行くべきだ」
「時間のことは気にしない。でも私もこの世界の文字は分からないし、建物の外に出たらこのままじゃテンシュと会話できないよ?」
この世界と向こうの世界の情報が行き来して、それがこの世界で起きるトラブルの引き金になっても困る。向こうの世界からこの世界に軍事力で押し迫る可能性だってある。
スパイ行為の冤罪なんてご免被る。
意を決して店主はセレナに伝える。
「買い物の目的を伝える。はっきり言ってやるか。お前に一つだけ、お前が欲しい品物を選ばせる。品数は一つ。値段は問わない。目当てのものを見つけたら手に取るなり掴むなりしてから俺に渡せ。俺が会計通す。終わったら買った物はお前の物になる。それを持って今は何も言わず向こうに戻れ。明日の朝か昼休み前か閉店時間後のいずれか必ずそっちに行く。それと……途中ではぐれたらまずい。会社の名刺渡しとく。はぐれずに済んだら帰る直前に返せ。いいか。建物出たら声を出すなよ?」
心の慰めになる物を買うなどとは言えない。
なぜ彼女にそんなことをする必要があるのか、その説明すらつかないほど自分の心の整理ができてない。
人としてセレナを放置はできない。今の店主にはそうとしか言いようがなかった。
────────────────────
おもちゃ屋に到着した。
見た目大の大人二人がおもちゃ屋の前で棒立ち。
普通に考えれば、子供に内緒でプレゼントを買いに来た夫婦。
独身同士なら、デートか何かの途中で立ち寄ったとか、そんな風に見られるだろう。
だが店主の心境は、そんな楽しいものじゃない。
店主の友人はほとんどいない。
ましてや、日中のおもちゃ屋で偶然会う知り合いもいない。
辺りを見回し、知り合いがいなさそうと判断。実際はいないと思い込んでいただけかもしれないが、こんなところでためらって無駄に時間を使うのも得策ではない。
選ぶのはセレナ。直に自分の目で見る必要があるため、店の中に入ってからはサングラスを外させた。
そして店内のぬいぐるみのコーナーに連れていく。店主はよく知らないキャラクターや動物の大小さまざまなぬいぐるみがずらりと並んでいる。
そのぬいぐるみ達を前にして、唖然として口を半開きになってしばらく固まってたエルフの女。
「△★……」
突然その口から理解不能な声が出始める。
自分と初対面という設定にするか、それとも昼休みの時に話題に出た、ぬいぐるみを贈る相手であることをこの場にいる従業員に知らせるか。
店主にとっては一か八かのロングショット。
「あー、九条さん。お昼の話題覚えてる?」
店主は意を決して、贈り相手であることを紹介する方を選んだ。
メガネの奥の目と眉をひそめる九条。悪い卦が出てしまったかと、店主は自分が選んだ選択肢を後悔した。しかし。
「社長……仕事中ですよ? 覚えてますが、何か?」
「この人、その相手なんだよ、実は」
「店主から動くのは好ましくはないですが、相手から来たのであれば仕方ありませんね。大道君、私がカウンターに回ります。売り場全部任せます」
チェリムの『察しがいい奴は嫌いじゃない』の気持ちを実感する店主。そして自分が選んだ方は間違いではなかったことにも安心する。
「そのまま帰宅は勘弁してくださいよ、社長」
「帰宅も何も、自宅は二階だ!」
「それともう一つ」
「どうした?」
「勤務時間が終わっても作業場に籠って仕事するからこうなるんでしょう? プライベートにまで口挟む気はありませんし、ここまで店が成長したのはその努力の賜物であることは認めますが、勤務中にプライベート持ち込むくらいになるほど、プライベートに仕事持ち込まないでください!」
部下にこんなこと言われる上司は世間に何人いるのだろうか。
「それと、もし買い物に行くなら、おもちゃ屋の方がいいですよ。家具だと似た物しか置いてません。当たれば大きいですが外れっぱなしのケースが考えられますのでね」
セレナのことは怪しまれずに済んだ。
薄氷を踏む思いの店主は、この難局を無事に切り抜けられることに胸を撫で下ろす。
店内にはセレナが魔法を仕掛けてある。
セレナとこの世界の人間の会話に不自由はない。だが店外に出たらどうなるかはわからない。
「ちとお前と買い物をしたい。その前に社長室……俺専用の事務室に行く。……ついてきた方がいいか。店員から探りを入れられるよりはマシだ」
別に後ろめたいことをしているわけじゃないが、アクロアイトの件がある。従業員と直接接点を持つことは避けるべきと判断した店主は、一緒に社長室に向かう。
「さて、俺との会話は成立するのか?」
部屋に入るなりセレナに話しかけるが。
「※△●~☆◇」
改めて、店内以外では会話が不可能と知る。ところがである。
「テンシュ、私の言葉、分かる?」
「……意味のねぇ芝居やめろや」
サングラスを外して店主を真っ直ぐ見る。しかしまだその目に力は宿っていない。落ち込んだままであることはすぐに分かった。
「この部屋にも、店の中にかけた魔法を別式でかけたの。この部屋の中でも、誰とでも会話できる……よ……」
「……俺は向こうの店外に出ると、同じように時間が流れるんだよな。お前はどうなんだ? 問題なけりゃお前とちと買い物に行こうと思うが……いや、行くべきだ」
「時間のことは気にしない。でも私もこの世界の文字は分からないし、建物の外に出たらこのままじゃテンシュと会話できないよ?」
この世界と向こうの世界の情報が行き来して、それがこの世界で起きるトラブルの引き金になっても困る。向こうの世界からこの世界に軍事力で押し迫る可能性だってある。
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意を決して店主はセレナに伝える。
「買い物の目的を伝える。はっきり言ってやるか。お前に一つだけ、お前が欲しい品物を選ばせる。品数は一つ。値段は問わない。目当てのものを見つけたら手に取るなり掴むなりしてから俺に渡せ。俺が会計通す。終わったら買った物はお前の物になる。それを持って今は何も言わず向こうに戻れ。明日の朝か昼休み前か閉店時間後のいずれか必ずそっちに行く。それと……途中ではぐれたらまずい。会社の名刺渡しとく。はぐれずに済んだら帰る直前に返せ。いいか。建物出たら声を出すなよ?」
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なぜ彼女にそんなことをする必要があるのか、その説明すらつかないほど自分の心の整理ができてない。
人としてセレナを放置はできない。今の店主にはそうとしか言いようがなかった。
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独身同士なら、デートか何かの途中で立ち寄ったとか、そんな風に見られるだろう。
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選ぶのはセレナ。直に自分の目で見る必要があるため、店の中に入ってからはサングラスを外させた。
そして店内のぬいぐるみのコーナーに連れていく。店主はよく知らないキャラクターや動物の大小さまざまなぬいぐるみがずらりと並んでいる。
そのぬいぐるみ達を前にして、唖然として口を半開きになってしばらく固まってたエルフの女。
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