美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

文字の大きさ
上 下
53 / 290
巨塊討伐編 第一章:「天美法具店」店主、未知の世界と遭遇

幕間 二:店主が仕事以外の話をしてくるんだけど…… 4

しおりを挟む
 『天美法具店』のショーウィンドウの前に置かれている宝石の塊騒動の張本人、セレナが堂々とやって来た。そのことを従業員は誰も知らないのは不幸中の幸い。それどころか初対面である。しかも素顔もまだ晒していない。

 自分と初対面という設定にするか、それとも昼休みの時に話題に出た、ぬいぐるみを贈る相手であることをこの場にいる従業員に知らせるか。
 店主にとっては一か八かのロングショット。
 
「あー、九条さん。お昼の話題覚えてる?」

 店主は意を決して、贈り相手であることを紹介する方を選んだ。
 メガネの奥の目と眉をひそめる九条。悪い卦が出てしまったかと、店主は自分が選んだ選択肢を後悔した。しかし。

「社長……仕事中ですよ? 覚えてますが、何か?」
「この人、その相手なんだよ、実は」

「店主から動くのは好ましくはないですが、相手から来たのであれば仕方ありませんね。大道君、私がカウンターに回ります。売り場全部任せます」

 チェリムの『察しがいい奴は嫌いじゃない』の気持ちを実感する店主。そして自分が選んだ方は間違いではなかったことにも安心する。

「そのまま帰宅は勘弁してくださいよ、社長」
「帰宅も何も、自宅は二階だ!」

「それともう一つ」
「どうした?」

「勤務時間が終わっても作業場に籠って仕事するからこうなるんでしょう? プライベートにまで口挟む気はありませんし、ここまで店が成長したのはその努力の賜物であることは認めますが、勤務中にプライベート持ち込むくらいになるほど、プライベートに仕事持ち込まないでください!」

 部下にこんなこと言われる上司は世間に何人いるのだろうか。

「それと、もし買い物に行くなら、おもちゃ屋の方がいいですよ。家具だと似た物しか置いてません。当たれば大きいですが外れっぱなしのケースが考えられますのでね」

 セレナのことは怪しまれずに済んだ。
 薄氷を踏む思いの店主は、この難局を無事に切り抜けられることに胸を撫で下ろす。

 店内にはセレナが魔法を仕掛けてある。
 セレナとこの世界の人間の会話に不自由はない。だが店外に出たらどうなるかはわからない。
「ちとお前と買い物をしたい。その前に社長室……俺専用の事務室に行く。……ついてきた方がいいか。店員から探りを入れられるよりはマシだ」

 別に後ろめたいことをしているわけじゃないが、アクロアイトの件がある。従業員と直接接点を持つことは避けるべきと判断した店主は、一緒に社長室に向かう。

「さて、俺との会話は成立するのか?」
 部屋に入るなりセレナに話しかけるが。
「※△●~☆◇」
 改めて、店内以外では会話が不可能と知る。ところがである。

「テンシュ、私の言葉、分かる?」
「……意味のねぇ芝居やめろや」

 サングラスを外して店主を真っ直ぐ見る。しかしまだその目に力は宿っていない。落ち込んだままであることはすぐに分かった。

「この部屋にも、店の中にかけた魔法を別式でかけたの。この部屋の中でも、誰とでも会話できる……よ……」

「……俺は向こうの店外に出ると、同じように時間が流れるんだよな。お前はどうなんだ? 問題なけりゃお前とちと買い物に行こうと思うが……いや、行くべきだ」
「時間のことは気にしない。でも私もこの世界の文字は分からないし、建物の外に出たらこのままじゃテンシュと会話できないよ?」

 この世界と向こうの世界の情報が行き来して、それがこの世界で起きるトラブルの引き金になっても困る。向こうの世界からこの世界に軍事力で押し迫る可能性だってある。
 スパイ行為の冤罪なんてご免被る。
 
 意を決して店主はセレナに伝える。
「買い物の目的を伝える。はっきり言ってやるか。お前に一つだけ、お前が欲しい品物を選ばせる。品数は一つ。値段は問わない。目当てのものを見つけたら手に取るなり掴むなりしてから俺に渡せ。俺が会計通す。終わったら買った物はお前の物になる。それを持って今は何も言わず向こうに戻れ。明日の朝か昼休み前か閉店時間後のいずれか必ずそっちに行く。それと……途中ではぐれたらまずい。会社の名刺渡しとく。はぐれずに済んだら帰る直前に返せ。いいか。建物出たら声を出すなよ?」

 心の慰めになる物を買うなどとは言えない。
 なぜ彼女にそんなことをする必要があるのか、その説明すらつかないほど自分の心の整理ができてない。
 人としてセレナを放置はできない。今の店主にはそうとしか言いようがなかった。

────────────────────

 おもちゃ屋に到着した。
 見た目大の大人二人がおもちゃ屋の前で棒立ち。
 普通に考えれば、子供に内緒でプレゼントを買いに来た夫婦。
 独身同士なら、デートか何かの途中で立ち寄ったとか、そんな風に見られるだろう。

 だが店主の心境は、そんな楽しいものじゃない。
 店主の友人はほとんどいない。
 ましてや、日中のおもちゃ屋で偶然会う知り合いもいない。
 辺りを見回し、知り合いがいなさそうと判断。実際はいないと思い込んでいただけかもしれないが、こんなところでためらって無駄に時間を使うのも得策ではない。
 選ぶのはセレナ。直に自分の目で見る必要があるため、店の中に入ってからはサングラスを外させた。

 そして店内のぬいぐるみのコーナーに連れていく。店主はよく知らないキャラクターや動物の大小さまざまなぬいぐるみがずらりと並んでいる。

 そのぬいぐるみ達を前にして、唖然として口を半開きになってしばらく固まってたエルフの女。
 「△★……」
 突然その口から理解不能な声が出始める。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...