270 / 290
『法具店アマミ』再出発編 第十章 店主が背負い込んだもの
『法具店アマミ』の休暇の日 そばにいるモノ近づく者
しおりを挟む
洞窟の中では、セレナが一人洞窟から出ようともがいている。
鉱物などの採掘現場である洞窟の奥に近い場所で陣取っているウルヴェスとほかの冒険者達から、おそらく洞窟の外にいるであろう魔物の討伐を託された。
引率していた二十一人の子供達はその場で全員眠り込んでいる。その子供達を守るためセレナ以外の全員は洞窟の中に居残り、黒幕の魔物の討伐を最少人数で洞窟を抜ける作戦を立てた。
この区域に現れる魔物達は、未熟な冒険者でも退治できるような弱い魔物ばかり。
しかし今、彼らに掛けられた魔術は多種多様。
まず洞窟の中から見る外の景色は幻術がかけられている。
洞窟の入り口まで見えない壁で遮られている。
そして子供達に睡眠の魔術をかけ、ひょっとしたら目覚めても何かの魔術が重ねて掛けられている可能性がある。
名うての冒険者が揃って困惑する状況を一遍に作ってしまった存在が、そんな弱い魔物であるはずがない。
セレナですら苦戦するほどの力を持つ魔物がいることは間違いない。
そしてそんな力を持つ魔物がほかにいるかもしれない可能性があることも考えられたが、弱い魔物同士の派閥争いが起きてもおかしくはない。
しかしそのような報告は国にも斡旋所にも来ていない。
ウルヴェスの魔力を誰かに連結して使うことで魔物討伐が可能になるはずである。
しかし、ウルヴェスの膨大な魔力を受け止められる者は限定される。
そこでセレナが選ばれた。
見えない壁の中でゆっくりと進む。しかし壁も侵入者を押し返そうとする力が働くため、セレナの歩みは遅い。
そしてその壁の中は、その侵入者の体をゆっくりと締め付ける。
緩やかだがのどを締め付けられ、胸も圧迫されるため呼吸も次第に苦しくなる。体を休ませる環境ではない。
少しでも立ち止まると、それだけ苦しむ時間も長くなる。気を失うことも有り得る。
苦しさを紛らわすために、魔力がつながったついでにテレパシーでの会話ができるようになったセレナはウルヴェスに話しかける。
「……っくっ! と、ところで、魔物の正体って、何なの? ふぅ……ふぅ……。知ってる限りじゃ、大したことない魔物しかいないと、思ったんだけどっ」
目に見えない壁の中に入り込み、苦しい呼吸をしながら出口に向かうセレナ。その壁の厚さは、洞窟の入り口までの五十メートルほどの距離。
見えない壁に入り込んで抜け出すためには、単純に力業の徒歩で突破することのみ。
「ヴァンパイア、吸血鬼と呼ばれる種族じゃが、あやつはここらの魔物を統制するくらいじゃからさらに力が上回る。そやつの名前は確か、ナイアとか言ったかの」
セレナはテレパシーのみだが、ウルヴェスは声を発することでセレナにその思いは伝えられる。
だからそばにいる冒険者達の耳にも届く。
「吸血鬼っつったら、どうしても蝙蝠を連想するんだが……」
「ちょっとエンビー! 確かに蝙蝠の羽ついてるけど、私は魔物じゃないから、魔物じゃないからっ!」
「大事なことだから二回言ったということかの? 冗談を楽しむ場合じゃないが蝙蝠というのは間違いではない。報告によれば、メスの蝙蝠の姿になったり蝙蝠の羽をもつ女の姿になったりするそうじゃ」
蝙蝠の羽をもつキューリアはエルフの亜種。自分の姿を変えたり別の物に見せる能力はないし、それは誰にも分かっていることだが一応自分はこの件とは無関係のことをアピールする。
「けど吸血鬼なら噛みついたりされなきゃ被害は出ないだろ? 幻術や催眠術で近寄って行かない限り無難だと思うんだが」
「そやつが吸い取るのは血ばかりではない。我々の生気も吸い取る。吸い取られた者はもちろん死ぬか、あるいはそやつの使い魔になる。接触しなくても犠牲者が出るとか。ただその場合は条件がある」
「条件?」
苦しさを感じながらも洞窟の外を目指して歩を進めるセレナ。冒険者達との会話を聞く余裕はないが、ウルヴェスからの魔物の情報には耳を傾ける彼女は聞き返す。
「うむ。会話などで相手の心をへし折るとでも言うか、前に進もうとする者や何かに立ち向かおうとする者の気力をなくすとでも言うかの。会話などで相手の心の隙間に入り込む。そうして気力を吸い取り、生気を吸い取る。そんな手練手管じゃよ」
「……力業でこられるなら急がなきゃいけないけど」
セレナから帰ってきた反応は、ウルヴェスの話からしばらく時間が開いた。
「ん?」
「そいつがそんな方法をとるなら、少しは時間の余裕はあるわね。だって相手が悪かったもん」
「魔物の相手が悪かった? どういうことじゃ?」
「なるほど。そりゃ相手が悪かったわ」
ウルヴェスが聞き返した言葉を聞いて、彼女のそばにいる冒険者たちが次々と吹き出す。
「だって、会話で心をへし折るんでしょ?」
「うむ。左様。それがなぜそうなるんじゃ?」
「だって、その魔物が相手をしているのはテンシュだよ? 一筋縄ではいかないテンシュだもん」
「噛みつかれることがあったら一巻の終わりだろうが、普通の人間だと思ったら大間違い。テンシュだもんな」
「と言っても急いでテンシュのもとに急いでもらわないと困るけどね」
洞窟の中では店主の話題で盛り上がる。
そのきっかけになった言葉を発したセレナは、苦悶の表情を浮かべながらも前進はやめない。
全身を守っている鎧すべてを脱ぎ捨てればいくらかは苦しみも和らぐだろうが、敵はどれ程の力を持つ魔物か分からない故、そのようなことはできない。
大切な人を二度も失うような過ちは絶対にしない。
そう固く心に決めて、苦しみながらも足を常に前に進めていたセレナの目の前には、洞窟の出口が近づいてきていた。
鉱物などの採掘現場である洞窟の奥に近い場所で陣取っているウルヴェスとほかの冒険者達から、おそらく洞窟の外にいるであろう魔物の討伐を託された。
引率していた二十一人の子供達はその場で全員眠り込んでいる。その子供達を守るためセレナ以外の全員は洞窟の中に居残り、黒幕の魔物の討伐を最少人数で洞窟を抜ける作戦を立てた。
この区域に現れる魔物達は、未熟な冒険者でも退治できるような弱い魔物ばかり。
しかし今、彼らに掛けられた魔術は多種多様。
まず洞窟の中から見る外の景色は幻術がかけられている。
洞窟の入り口まで見えない壁で遮られている。
そして子供達に睡眠の魔術をかけ、ひょっとしたら目覚めても何かの魔術が重ねて掛けられている可能性がある。
名うての冒険者が揃って困惑する状況を一遍に作ってしまった存在が、そんな弱い魔物であるはずがない。
セレナですら苦戦するほどの力を持つ魔物がいることは間違いない。
そしてそんな力を持つ魔物がほかにいるかもしれない可能性があることも考えられたが、弱い魔物同士の派閥争いが起きてもおかしくはない。
しかしそのような報告は国にも斡旋所にも来ていない。
ウルヴェスの魔力を誰かに連結して使うことで魔物討伐が可能になるはずである。
しかし、ウルヴェスの膨大な魔力を受け止められる者は限定される。
そこでセレナが選ばれた。
見えない壁の中でゆっくりと進む。しかし壁も侵入者を押し返そうとする力が働くため、セレナの歩みは遅い。
そしてその壁の中は、その侵入者の体をゆっくりと締め付ける。
緩やかだがのどを締め付けられ、胸も圧迫されるため呼吸も次第に苦しくなる。体を休ませる環境ではない。
少しでも立ち止まると、それだけ苦しむ時間も長くなる。気を失うことも有り得る。
苦しさを紛らわすために、魔力がつながったついでにテレパシーでの会話ができるようになったセレナはウルヴェスに話しかける。
「……っくっ! と、ところで、魔物の正体って、何なの? ふぅ……ふぅ……。知ってる限りじゃ、大したことない魔物しかいないと、思ったんだけどっ」
目に見えない壁の中に入り込み、苦しい呼吸をしながら出口に向かうセレナ。その壁の厚さは、洞窟の入り口までの五十メートルほどの距離。
見えない壁に入り込んで抜け出すためには、単純に力業の徒歩で突破することのみ。
「ヴァンパイア、吸血鬼と呼ばれる種族じゃが、あやつはここらの魔物を統制するくらいじゃからさらに力が上回る。そやつの名前は確か、ナイアとか言ったかの」
セレナはテレパシーのみだが、ウルヴェスは声を発することでセレナにその思いは伝えられる。
だからそばにいる冒険者達の耳にも届く。
「吸血鬼っつったら、どうしても蝙蝠を連想するんだが……」
「ちょっとエンビー! 確かに蝙蝠の羽ついてるけど、私は魔物じゃないから、魔物じゃないからっ!」
「大事なことだから二回言ったということかの? 冗談を楽しむ場合じゃないが蝙蝠というのは間違いではない。報告によれば、メスの蝙蝠の姿になったり蝙蝠の羽をもつ女の姿になったりするそうじゃ」
蝙蝠の羽をもつキューリアはエルフの亜種。自分の姿を変えたり別の物に見せる能力はないし、それは誰にも分かっていることだが一応自分はこの件とは無関係のことをアピールする。
「けど吸血鬼なら噛みついたりされなきゃ被害は出ないだろ? 幻術や催眠術で近寄って行かない限り無難だと思うんだが」
「そやつが吸い取るのは血ばかりではない。我々の生気も吸い取る。吸い取られた者はもちろん死ぬか、あるいはそやつの使い魔になる。接触しなくても犠牲者が出るとか。ただその場合は条件がある」
「条件?」
苦しさを感じながらも洞窟の外を目指して歩を進めるセレナ。冒険者達との会話を聞く余裕はないが、ウルヴェスからの魔物の情報には耳を傾ける彼女は聞き返す。
「うむ。会話などで相手の心をへし折るとでも言うか、前に進もうとする者や何かに立ち向かおうとする者の気力をなくすとでも言うかの。会話などで相手の心の隙間に入り込む。そうして気力を吸い取り、生気を吸い取る。そんな手練手管じゃよ」
「……力業でこられるなら急がなきゃいけないけど」
セレナから帰ってきた反応は、ウルヴェスの話からしばらく時間が開いた。
「ん?」
「そいつがそんな方法をとるなら、少しは時間の余裕はあるわね。だって相手が悪かったもん」
「魔物の相手が悪かった? どういうことじゃ?」
「なるほど。そりゃ相手が悪かったわ」
ウルヴェスが聞き返した言葉を聞いて、彼女のそばにいる冒険者たちが次々と吹き出す。
「だって、会話で心をへし折るんでしょ?」
「うむ。左様。それがなぜそうなるんじゃ?」
「だって、その魔物が相手をしているのはテンシュだよ? 一筋縄ではいかないテンシュだもん」
「噛みつかれることがあったら一巻の終わりだろうが、普通の人間だと思ったら大間違い。テンシュだもんな」
「と言っても急いでテンシュのもとに急いでもらわないと困るけどね」
洞窟の中では店主の話題で盛り上がる。
そのきっかけになった言葉を発したセレナは、苦悶の表情を浮かべながらも前進はやめない。
全身を守っている鎧すべてを脱ぎ捨てればいくらかは苦しみも和らぐだろうが、敵はどれ程の力を持つ魔物か分からない故、そのようなことはできない。
大切な人を二度も失うような過ちは絶対にしない。
そう固く心に決めて、苦しみながらも足を常に前に進めていたセレナの目の前には、洞窟の出口が近づいてきていた。
0
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる